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第13話:球状星団の戦雲
#03
しおりを挟む『デラルガート』の艦橋に入ったノヴァルナは、カールセンから状況の説明を受けると、自分達が取るべき行動を即断した。
「ダンティス家とアッシナ家の決戦に紛れて、ノアを助け出す」
タルガモゥル星系周辺の戦術状況ホログラムを睨み付けて、いつになく真剣な表情を見せるノヴァルナだが、カールセンにそれを冷やかすような気持ちは毛頭ない。ノヴァルナの表情が真剣になる理由が分かるからだ。
戦術状況ホログラムの表示によれば、タルガモゥル星系へ向けてダンティス艦隊がすでに移動中であり、一方のアッシナ艦隊も星系外縁を覆う、星間ガスの雲海の中へ移動を開始している。
敵も警戒態勢を敷いているはずの状況を考えれば、確かに戦端が開かれたのちに機会を窺い、ノアの奪還を図る方が、状況に応じて手は幾らでも打つ事が出来る。
「だがそうなると、時間的に難しくなるぞ」
艦長席の斜め右横に立っているノヴァルナを見上げ、カールセンが問い質す。カールセンが注意を促している時間というのは、ノヴァルナ達が元の世界に帰れるまでの残り時間だった。
この皇国暦1589年のムツルー宙域と、1555年のミノネリラ宙域を繋ぐ、『熱力学的非エントロピーフィールド』―――トランスリープチューブの入口となる『恒星間ネゲントロピーコイル』が閉じるまで、あと約10時間しかないのだ。
幸いな事に、その『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心となるブラックホールは、両軍の接触が予想される場所から比較的近い、銀河基準座標76093345N付近にある。しかしその戦場となるであろう場所までは6時間ほど掛かり、ノアの奪還から『恒星間ネゲントロピーコイル』突入までは約4時間の猶予しかない。
ただノヴァルナはそんな事はお構いなしだった。カールセンを振り返ってきっぱりと言う。
「元の世界に戻るのは今じゃなくてもいい。ノアを取り返す事が最優先だ!」
「でもな。ノアは、“おまえは元の世界に戻れ”って言ったんだろ? ウォーダ家の次期当主が七年もいないままでいいのか?」
『恒星間ネゲントロピーコイル』は六つの星系のそれぞれの惑星に一つずつ、パーツが置かれており、それが七年ごとの三ヵ月間だけ、この超巨大コイルを形成する仕組みとなっている。今回の機会を逃せば、次の『恒星間ネゲントロピーコイル』の出現まで七年も、この世界に留まらなければならなくなる。
ところがノヴァルナは、そんなカールセンの心配にいつもの言葉で言い切った。
「はん。やなこった!」
「おまえ…」とカールセン。
「俺は、今そうするべきと決めた事をやる。ノアの奴の言葉なんざ、知った事か! 俺はノアと一緒に帰る!」
ノヴァルナは乱暴に言い放つ一方、内心で“なんたって、今やるべき事をやるのが俺だろって説教たれたのは、アイツなんだからな!”と付け加えた。
カールセンはノヴァルナの、口調は乱暴だが、それが逆に嘘偽りのない事を示す言葉を聞き、この若者の心が全く折れていない安堵と、それと同等の不安を抱く。
その不安とは、ここに来るまでの間に、妻のルキナと交わした言葉に根差していた。ルキナが思いの外、次元物理学や超空間転移航法に詳しいのが分かり、カールセンには確かめておきたい事があったのだ。
それは工作艦『デラルガート』が惑星アデロンの重力圏を離脱し、ノヴァルナを医務室の集中治癒シリンダーに入れたルキナが、士官用食堂でコーヒーを啜っているところに、カールセンがやって来た時の会話である。
自らもカップにサーバーからコーヒーを注いだカールセンは、テーブルを挟んで妻と語り合っていた。
「―――しかしまぁノバック…いや、ノヴァルナだな。やっこさんにとっては未来になるこの世界で、やっこさんが銀河皇国の関白になってるって事は、結果的に全部が上手くいって、無事、元の世界に帰れるって事でいいんだよな?」
普段のどこか飄々とした雰囲気を纏って尋ねる夫だが、ルキナはテーブルに両方の肘をつき、両手でコーヒーカップを抱えて、無言で夫からの視線を逸らせる。
「………」
「どうした?」とカールセン。
「…そうとも限らないわ」
間をおいて小さな声で答えるルキナに、カールセンは眉をひそめた。
「え?…どういう事だ?」
「量子学的に、未来の結果が過去を変える可能性があるのよ」
「それ、逆じゃないのか? 過去が未来を作るもんだろ」
「それはタイムスリップもののドラマとかでよくある作り話。あの子達がここへ来たのは、そういった類いのタイムスリップじゃないのは―――」
「聞いたさ。DFドライヴとは異なる時間系の、トランスリープ航法を使った疑似タイムスリップとかいう話は。それで、端的に言うと?」
「未来が確定していないように、過去も確定していないという事よ」
未来が確定していないように過去も確定していない、という妻の不思議な言葉にカールセンは戸惑いを隠せなかった。そんな夫の反応にルキナは、「こんな例え話は良くないんだけど…」と言い添えて続ける。
「もしもノバくんがこのまま元の世界に戻れず、この宙域で一生を終えたとしたら、それが確定した時点で別の未来が発生する…いえ、もう発生しているかもしれないの」
「それはつまり、並行宇宙とか多元宇宙とか呼ばれてる奴か? それだって実在が否定されてるおとぎ話じゃないのか?」
「その並行宇宙って、過去の選択が並行宇宙を発生させているという説に基づいたものね。ある事象で“○”と“×”の選択があったとして、“○”を選べば○を選んだ未来と“×”を選んだ未来に分岐するという話でしょ?…だけどそれじゃあ宇宙開闢以来、無限の並行宇宙が生まれている事になるから否定されているのよ。でも未来の結果が、過去に並行宇宙を発生させるのだとすれば、ノバくんが帰らない事で、ノバくんが関白になっていない現在の宇宙を、発生させる可能性があるという事よ。もっとも、実際に何が起きるかは分からないけど」
「だとすると、ノバックの奴がここで死ぬ可能性も、あるのか?」
無言で頷くルキナに、カールセンは顔を強張らせる。ノヴァルナがこの時代の銀河皇国関白と同一人物だと知って以来、心のどこかでは34年後の世界でノヴァルナが健在であるなら、どのような経緯を辿っても、無事に帰る事になるのだろうと思っていたのだ。それが普通に死ぬ可能性があるとなると、ノヴァルナの過剰なまでの行動力はこの若者自身にとって危険だ。
ただ今、『デラルガート』の艦橋で“ノアを助ける!”と、一点の曇りもなく言い放つノヴァルナを見ていると、カールセンはそんな不安を口にする無意味さを悟った。
そもそもそれを言ったところで、この若者がノアを助け出す事に躊躇は見せないであろうし、それに第一、最初から、関白になった自分がこの34年後の世界にいるのだから、どうせ帰れるものだという、カールセンのような考え方はしていないはずだからである。
「オーケー。なんだかんだでここまで来たんだ。最後までおまえさんの気の済むようにやりな」
あえて軽い口調で告げるカールセンに、ノヴァルナは再び前方を見据えて応じた。
「恩に着るぜ。じゃ、まずはダンティス家と連絡を取るとすっか」
▶#04につづく
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