207 / 422
第13話:球状星団の戦雲
#02
しおりを挟む「………」
レブゼブに対してノアは無言のまま、眼前に広がるアッシナ家宇宙艦隊の光景を見詰めた。惑星アデロンで機動城『センティピダス』が火口に飲み込まれる時、自分は死ぬものだと考えていたのが、このような形で生き残っている事にいまだに現実感がない。
そこにキャビンに通じる扉が開き、オーク=オーガーがヌッと顔を覗かせる。上半身の衣服を脱いだ肥満体は、腹に大きな治癒パッドを貼っていた。『センティピダス』の内部でノヴァルナと戦った際、ボディアーマーをブラスターで撃たれた痕だ。その一方で、顔に負った感電の焼け焦げはそのままである。
「ハディールさんよ。着いたのかい?」
そう問い掛けたオーガーは、コクピットから見えるアッシナ家宇宙艦隊の、六百近い艦船が星間ガスの雲海に浮かぶ威容に、ひゅう!と口笛を吹いた。惑星アデロンを脱出してここまでくる二日の間、オ―ガーとハディールは交代でシャトルを操縦していたのだ。
「こいつはまた、すげぇ景色だな!」
操縦桿を握るレブゼブはオーガーの反応を、“気楽なものだ…”と内心で嘲る。
中途で脱出したため結果は分からないが、惑星アデロンのサーナヴ溶岩台地の戦いでオーガーの一味が、本拠地である機動城『センティピダス』を失い、中枢部に大打撃を受けた事は間違いない。それに加えて惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園が焼失するのも、時間の問題となっている。つまりオーガーは手持ちの札を全て無くしたのだ。
それでいてレブゼブの上司であるスルーガ=バルシャーが、オーガーに再び救いの手を差し伸べるとは思えない。そもそもボヌークの密売組織自体、オーガーが作ったのではなく、先代の死に乗じて他の候補者を出し抜き、首領の座を奪い取っただけなのである。そんな男に、崩壊した組織を立て直す技量があるのかも疑わしい。
もっともレブゼブにすれば、オーガーがついて来たのは好都合だった。自分一人がバルシャーの元へ逃げ帰ったとなるとこの敗北に対し、それなりに重い責任を負わなければならないところであったからだ。
レブゼブは腹の内を隠し、これまでと変わらぬ口調でオーガーに言い放つ。
「バルシャー様の戦艦から、収容する旨の連絡があった。せいぜい礼儀正しくしておれ」
そしてさらにノアにも視線を移して告げた。
「貴様の素性も取り調べる…本当にサイドゥ家ゆかりの者かをな」
そのレブゼブが操縦するシャトルを追って、ズリーザラ球状星団へ超空間転移を果たした艦があった。ノヴァルナが乗るダンティス家の工作艦『デラルガート』である。
『デラルガート』の艦橋では、空間転移後の艦の状態を確認する声の中、センサー担当のアンドロイドが艦長席に座るカールセン=エンダーに報告した。
「シャトルからの信号を受信。探知方位036プラス18。右舷やや上方の恒星系へ向かっていると思われます」
それにさらに別のセンサー担当アンドロイドが付け加える。
「恒星系名はタルガモゥル星系。アッシナ家領地、第二惑星に小規模な鉱山植民地を有します」
「アッシナ家の、対ダンティス軍迎撃艦隊集結地か…」
カールセンは前方に小さく浮かんだ、星間ガスのベールに覆われた恒星系を見据えて呟くと、アンドロイド達に艦の減速を命じておいて、インターコムでノヴァルナを呼び出した。
呼び出しを受けたノヴァルナは、ラフな私服で医務室のベッドに腰掛け、体のあちこちに貼った治癒パッドを次々と剥がしては、屑籠へ放り込んでいた。一週間ほど前に重傷を負ったルキナがすでに動けているように、この世界の医療技術ならノヴァルナの負傷は、治癒に二日もあれば充分だ。
最後に右頬に貼っていたパッドを剥がして立ち上がると、タイミングよくカールセンの妻のルキナが、ノヴァルナの青いパイロットスーツを抱えて入って来る。レブゼブの親衛隊員やオーガーなどとの、一連の戦闘で損傷していた箇所の修理を終えたのだ。
「おう、ルキナねーさん。いいタイミングだぜ」
するとルキナはパイロットスーツをノヴァルナに渡しながら、自分の右頬を人差し指で突き、ノヴァルナがアーミーナイフで受けた右頬の傷が、痕を残さず消えた事を口にする。
「イケメン復活ね」
「痕が残ったとしても、イケメンはイケメンだろ?」
微笑んで軽口を言い合うノヴァルナとルキナだが、浮かべたその笑みに、ぎこちないものがあるのは否めない。それは当然の事、無理に作った微笑みだからである。
そして分かっている。本当の笑顔を取り戻すには、ここにノアが居なければならないのを。
「カールセンが呼んでる。ちょっと行って来る」
ルキナにそう告げると、偽物の笑顔を顔に貼り付けるのをやめ、ノヴァルナはパイロットスーツを肩にかけて、真顔で医務室をあとにした。
▶#03につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる