銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第13話:球状星団の戦雲

#02

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「………」

 レブゼブに対してノアは無言のまま、眼前に広がるアッシナ家宇宙艦隊の光景を見詰めた。惑星アデロンで機動城『センティピダス』が火口に飲み込まれる時、自分は死ぬものだと考えていたのが、このような形で生き残っている事にいまだに現実感がない。

 そこにキャビンに通じる扉が開き、オーク=オーガーがヌッと顔を覗かせる。上半身の衣服を脱いだ肥満体は、腹に大きな治癒パッドを貼っていた。『センティピダス』の内部でノヴァルナと戦った際、ボディアーマーをブラスターで撃たれた痕だ。その一方で、顔に負った感電の焼け焦げはそのままである。

「ハディールさんよ。着いたのかい?」

 そう問い掛けたオーガーは、コクピットから見えるアッシナ家宇宙艦隊の、六百近い艦船が星間ガスの雲海に浮かぶ威容に、ひゅう!と口笛を吹いた。惑星アデロンを脱出してここまでくる二日の間、オ―ガーとハディールは交代でシャトルを操縦していたのだ。

「こいつはまた、すげぇ景色だな!」

 操縦桿を握るレブゼブはオーガーの反応を、“気楽なものだ…”と内心で嘲る。

 中途で脱出したため結果は分からないが、惑星アデロンのサーナヴ溶岩台地の戦いでオーガーの一味が、本拠地である機動城『センティピダス』を失い、中枢部に大打撃を受けた事は間違いない。それに加えて惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園が焼失するのも、時間の問題となっている。つまりオーガーは手持ちの札を全て無くしたのだ。

 それでいてレブゼブの上司であるスルーガ=バルシャーが、オーガーに再び救いの手を差し伸べるとは思えない。そもそもボヌークの密売組織自体、オーガーが作ったのではなく、先代の死に乗じて他の候補者を出し抜き、首領の座を奪い取っただけなのである。そんな男に、崩壊した組織を立て直す技量があるのかも疑わしい。

 もっともレブゼブにすれば、オーガーがついて来たのは好都合だった。自分一人がバルシャーの元へ逃げ帰ったとなるとこの敗北に対し、それなりに重い責任を負わなければならないところであったからだ。

 レブゼブは腹の内を隠し、これまでと変わらぬ口調でオーガーに言い放つ。

「バルシャー様の戦艦から、収容する旨の連絡があった。せいぜい礼儀正しくしておれ」

 そしてさらにノアにも視線を移して告げた。

「貴様の素性も取り調べる…本当にサイドゥ家ゆかりの者かをな」

 そのレブゼブが操縦するシャトルを追って、ズリーザラ球状星団へ超空間転移を果たした艦があった。ノヴァルナが乗るダンティス家の工作艦『デラルガート』である。

 『デラルガート』の艦橋では、空間転移後の艦の状態を確認する声の中、センサー担当のアンドロイドが艦長席に座るカールセン=エンダーに報告した。

「シャトルからの信号を受信。探知方位036プラス18。右舷やや上方の恒星系へ向かっていると思われます」

 それにさらに別のセンサー担当アンドロイドが付け加える。

「恒星系名はタルガモゥル星系。アッシナ家領地、第二惑星に小規模な鉱山植民地を有します」

「アッシナ家の、対ダンティス軍迎撃艦隊集結地か…」

 カールセンは前方に小さく浮かんだ、星間ガスのベールに覆われた恒星系を見据えて呟くと、アンドロイド達に艦の減速を命じておいて、インターコムでノヴァルナを呼び出した。



 呼び出しを受けたノヴァルナは、ラフな私服で医務室のベッドに腰掛け、体のあちこちに貼った治癒パッドを次々と剥がしては、屑籠へ放り込んでいた。一週間ほど前に重傷を負ったルキナがすでに動けているように、この世界の医療技術ならノヴァルナの負傷は、治癒に二日もあれば充分だ。

 最後に右頬に貼っていたパッドを剥がして立ち上がると、タイミングよくカールセンの妻のルキナが、ノヴァルナの青いパイロットスーツを抱えて入って来る。レブゼブの親衛隊員やオーガーなどとの、一連の戦闘で損傷していた箇所の修理を終えたのだ。

「おう、ルキナねーさん。いいタイミングだぜ」

 するとルキナはパイロットスーツをノヴァルナに渡しながら、自分の右頬を人差し指で突き、ノヴァルナがアーミーナイフで受けた右頬の傷が、痕を残さず消えた事を口にする。

「イケメン復活ね」

「痕が残ったとしても、イケメンはイケメンだろ?」

 微笑んで軽口を言い合うノヴァルナとルキナだが、浮かべたその笑みに、ぎこちないものがあるのは否めない。それは当然の事、無理に作った微笑みだからである。

 そして分かっている。本当の笑顔を取り戻すには、ここにノアが居なければならないのを。

「カールセンが呼んでる。ちょっと行って来る」

 ルキナにそう告げると、偽物の笑顔を顔に貼り付けるのをやめ、ノヴァルナはパイロットスーツを肩にかけて、真顔で医務室をあとにした。



▶#03につづく
 
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