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第13話:球状星団の戦雲
#01
しおりを挟む密集した恒星の放つ光で、黒いはずの宇宙空間が明るい。そこにさらに色とりどりの星間ガスが漂う―――それが、『ズリーザラ球状星団』の風景であった。平和な時代であれば、辺境宙域の開拓が進んだのちに、観光地にもなりそうな美しさだと言える。
その美しい球状星団の中を進んで来る多数の宇宙艦艇。655隻のそれらはマーシャル率いる星大名ダンティス家の宇宙艦隊であった。40隻程度の宇宙艦で1個艦隊を編成するダンティス軍は、魚鱗陣形で進軍している。
総旗艦『リュウジョウ』の艦橋では、ズリーザラ球状星団の全体図を映し出した戦術状況ホログラムを眺め、司令官席に座るマーシャル=ダンティスがグスリと鼻を鳴らした。
ナヴァロン星系側から球状星団の中へ進出して丸一日、大量に放った偵察艇が、球状星団の反対側から進入したはずのアッシナ家艦隊を、そろそろ発見してもいい頃合いだが、いまだ敵艦隊発見の報告が届かない。
そこにオペレーターが、第2艦隊を指揮する副司令官のセシル=ダンティスから、ホログラム通信が入った事を知らせる。苗字から分かる通り、マーシャルの親戚筋にあたる人物だ。
「繋げ」
マーシャルが命じると、豊かな茶色の髪を赤いリボンで巻き留めた、美しい女性将官の実物大立体映像が、ズリーザラ球状星団の映像の傍らに現れた。セシルも自分の艦の艦橋で、マーシャルが見ているのと同じ球状星団の画像を見ているらしく、自然な動きで覗き込む。
「アッシナの連中…見つからないわね。向こうの偵察艇ぐらい、現れてもいいはずだけど」
「たぶん、俺達の針路を予想して、待ち伏せてるんだろうな」
「あなたもそう思う?…ズリーザラ球状星団の中は、針路がある程度限定されるものね」
「ああ。それに奴等の方からは、あまりこの球状星団の奥深くまで入りたくないはずだ」
マーシャルの考えでは、アッシナ軍はダンティス軍の別動隊の可能性を恐れ、こちらの進軍を待ち構える作戦に出るに違いなかった。ダンティス軍には元アッシナ家家臣で、ズリーザラ球状星団が庭先同然の、モルック=ナヴァロンが寝返っていたからだ。この球状星団の地理に明るいモルックがいるとなると、別動隊を編成して、奇襲攻撃を仕掛けるのも充分有り得る話である。
「じゃあ、あなたが敵の大将なり参謀だったら、どこで待ち構える?」
セシルは試すような目でマーシャルに尋ねた。
「そうだな…」
マーシャルはセシルの問いに腕組みをして、球状星団のホログラムを見渡した。そしてある個所に視線を留めると、腕組みを解き、ゆっくりと指差す。
「タルガモゥル星系」
マーシャルが指差した先に表示された文字を読み上げ、セシルはズリーザラ球状星団のホログラムを回り込んでその近くに立つ。セシル自身もホログラムなのだが、おそらく向こうの艦橋でも同様に動いているのだろう。固有名詞の名称を持つ星系という事は有人植民惑星か、それに準じた惑星を持つ恒星系だ。
セシルが見たところ、タルガモゥル星系は濃密な星間ガスがその周囲の大部分を、分厚いカーテンのように覆い隠し、さらにその先にブラックホールの類いと思われる重力特異点が存在している。このような環境だと、攻め込む側からすれば確かに進攻方向が制限され、別動隊による迂回奇襲も仕掛けにくい。
「そうね…いい線いってると思うわ」
セシルの評価の言葉に、マーシャルはやれやれといった顔をする。
「素直じゃねえな。おまえにしちゃ珍しく、見落としてたんだろ?」
「さぁ?」
セシルは右肩から下ろしている、リボンで巻いた豊かな髪の束を右手で弄びながら、可愛い子ぶってとぼけて見せた。マーシャルはふぅ…と小さなため息をつく。強がってはいるが、セシルが疲労を蓄積させているのは否めない事実だ。
実際、セシルはダンティス家に対し、よくやってくれていた。
軍の副司令官としてだけでなく、領域を統治する政治家としての手腕も優れている。しかしそれ故に、マーシャルがダンティス家の家督を継いで以来、ヒルドルテ会戦の大敗と麻薬のボヌークの蔓延に疲弊した軍を立て直し、領地をまとめ、国力を回復するために無理をさせて来た。それこそ休みなしに。その疲労がこのところの外征で、一気に顔を覗かせて来たのに違いない。
「それならタルガモゥル星系周辺への、偵察艇の数を増やすべきじゃない?」
「いや。それで変に感づかれて警戒されるのもなぁ…と言うより、俺的には威力偵察部隊を派遣したいんだがな」
セシルは自分の質問に答えたマーシャルの、内心を読む事が出来た。その威力偵察に出すような人材が不足しているのだ。無論、配下の武将連中はみな、優秀な者が集まっている。忠誠心も不足ない。しかしそれでも、陣形を組む各艦隊の指揮を任せる事で精一杯の人数だった。
「あたしが行こうか?…威力偵察」
と茶化すセシルに、マーシャルは「冗談言うな」と苦笑する。セシルは副司令官であり、マーシャルが専用BSHO『ゲッコウVF』で飛び出したあとは、ダンティス家全軍の指揮を委ねられる立場だからだ。
するとそこへ通信士官が駆け寄って来た。
「マーシャル様。偵察艇の一つが、タルガモゥル星系へ向かうシャトルを1機、発見しました」
「シャトルだと?」
隻眼をキラリと光らせるマーシャル。
「は。恒星間ブースターを装着しており、ズリーザラ球状星団の外から来たものと思われます」
「識別信号は出しているの?」そう尋ねたのはセシルである。
「いいえ。ただ進行方向のタルガモゥル星系に向け、何らかの通信を送っているようです」
「ふむ…わかった」
通信士官を下がらせて、マーシャルは考える目をしてセシルに視線を移す。
「どう思う?…何かの罠だと思うか?」
「わからないわね。だけど罠にしては、恒星間ブースター付きシャトルなんて、手が込み過ぎてる気がするわ」
「つまりは、何かのイレギュラーの可能性の方が高い…か」
「ええ…」
もしこのシャトルが何らかの理由で、アッシナ家艦隊と合流しようとしているなら、自分の考えが正しかった事になる…マーシャルはそう思って一層、威力偵察部隊を出したい衝動に駆られた。単なる偵察ではなく、敵を発見した場合は、独自の判断で足止めを喰らわせられるような、いわゆる“懐刀”と呼べる武将が率いる威力偵察部隊だ。ただやはり前述した通り、今は回せるだけの武将の人数がない。
“チッ!…こうなるんなら、アイツを無理矢理にでも引き止めとくんだったぜ”
マーシャルは胸の内でノヴァルナの顔を思い起こした。あのクソ生意気なガキなら、敵を見つけてひと暴れして来る、このような任務は最適だ。しかし居ないものを望んでも仕方がない。
「よし、決めた。全艦、針路をタルガモゥル星系方向だ」
そう言いながらマーシャルは、解除されたばかりのNNL(ニューロネットライン)を使い、艦隊針路をズリーザラ球状星団のホログラム上に、脳波で連動させた。やはりNNLが使えるのは便利に感じる。ただその表示させた針路を見て、セシルは眉をひそめて問い質した。
「ブラックホールに近すぎない?」
マーシャルの設定した針路は、タルガモゥル星系を包む星間ガスのカーテンの裏側と、ブラックホールの間を抜けてアッシナ家の本拠地、アイーズン恒星群へ向かう形になっていた。ただそのコースは銀河基準座標76093345N近くにある、大型ブラックホールに接近し過ぎているように、セシルには感じられたのだ。
「背水の陣。分かり易くていいだろ?」
「簡単に言ってくれるわね」
あっけらかんと言い放つマーシャルに、セシルは渋い顔を向けた。それに対しマーシャルは、「冗談だ」と言葉を返す。
「このコースなら、アッシナの連中も接近コースが限られて来る。正面から殴り合うにはもってこいってもんだ」
「だけど、背水の陣であることは確かじゃない。負けたら退路が限定されて、損害が拡大する恐れがあるわ」
「はん。ここで負けたら、どのみちダンティス家は終わりさ」
「え?」
「負けて逃げ帰っても、待ってるのはモルガミス家やオー・ザンキ家による、ウチの領地の切り取り…次はねえ」
ダンティス家に対立しているのはアッシナ家だけではない。隣国デワッガ宙域の星大名モルガミス家や、ダンティス家と同じムツルー宙域に領域を持つ星大名オー・ザンキ家なども、現在は和睦しているとは言え、ダンティス家がこの戦いに敗北すれば、水に落ちた犬を叩くが如く、侵攻を開始するのは目に見えていた。あとがない事に違いはない。マーシャルは自分を奮い立たせるように、努めて明るく言い放った。
「なぁに、勝ちゃあいいのさ。勝ちゃあな!」
マーシャルへの報告にあった、そのタルガモゥル星系へ向かうシャトルとは、惑星アデロンを脱出したレブゼブ=ハディールとオーク=オーガー、そして捕らえられたノア・ケイティ=サイドゥが乗る、恒星間ブースターを装着したシャトルである。ムカデ型巨大ロボットの機動城『センティピダス』に搭載されていたものだ。
シャトルは黄色と乳白色の入り混じった星間ガスの雲を抜け、小惑星帯の下をくぐり、タルガモゥル星系外縁部に達した。するとその先には四段構えの陣を組む、586隻の宇宙艦が整然と並んでいる光景が広がる。隣国のセターク家からの援軍を含むアッシナ家宇宙艦隊だ。その陣形は奇しくもダンティス軍と同様、魚鱗陣形だ。
「着いたぞ」
シャトルを操縦するレブゼブは、手錠をされて副操縦士席に座るノアに語り掛けた。
▶#02につづく
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