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第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#21
しおりを挟む皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間15:52―――
それまで、ウォーダ軍第1宇宙艦隊への狙撃を行っていた『サモンジSV』は、目標を第五惑星トランの宇宙要塞『ナガンジーマ』から発進した、別動隊へと変更した。充分に引き付けたと判断したからである。
「銃身交換完了」
十五発の耐用限界しかない、超空間転移機能を持つ『D‐ストライカー』の銃身交換を終えた、『サモンジSV』の操縦士が報告すると、ギィゲルトは「うむ」と頷いた。そこに機関士が進言を付け加える。
「銃身はあと一本にございます。御館様」
「わかっておる」
超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』の銃身は四本しかない。ただこの銃身は使い捨てではなく、戦闘終了後に内部装置の消耗パーツ交換と集中整備を行って、再使用するものであった。それでも四本とは少ない気がするが、一本当たりの製作コストが、重巡航艦一隻分に等しいとなると、艦隊整備をおざなりにしてまで、そう多く量産できるようなものではない。
「なに。この一本があれば、充分じゃ」
そう言ってギィゲルトは操縦士に命じた。
「機体を、敵別動隊の照準位置へ移動させよ」
「御意」
応答した操縦士は『サモンジSV』を、大型小惑星デーン・ガークの北極部にある、巨大クレーターの縁に沿って左方向へ移動させた。そしてまた、『サモンジSV』をひざまずかせ、『D‐ストライカー』の長大な銃身をクレーターの縁で支えさせる。
「距離は充分に引き付けたゆえ、今後は通常の照準センサーを使用する」
「はっ」
ギィゲルトが第1艦隊への無駄な狙撃を継続して、別動隊の接近を許したのは、簡単には退避出来ない距離まで、別動隊を引き込むためだった。それはつまりこの時点でもギィゲルトは、別動隊の中にこそ、ノヴァルナが潜んでいると考えていた事の証左である。
「ノヴァルナさえ葬れば、当主を失ったウォーダの艦隊主力は、物の数ではあるまい。さて、参ろうかの」
どこかに余裕を漂わせながら、ギィゲルトは『D‐ストライカー』の精密射撃照準センサーを起動させた。別方向から接近中の別動隊が、モニター画面に映し出される。照準するのは先頭を来る巡航戦艦ではなく、その後方を進む艦、戦闘輸送艦という奇妙な艦種であった。
「照準よし。『D‐ストライカー』発射!」
ノヴァルナが乗っていると思い込んでいる『クォルガルード』へ、狙撃の発砲を行う『サモンジSV』。そしてそ上空、全くの別方向から『センクウNX』と六機の『シデンSC』が、ステルスモードのまま忍び寄っていく………
超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』による、『サモンジSV』の狙撃。直接照準で放たれたその一弾は、いまだ遠距離であるため光学映像こそ得られなかったが、見事目標―――ノヴァルナの専用艦『クォルガルード』を直撃した。
「目標反応消失。破壊された模様」
長距離スキャナーでバックアップを行っていた機関士が報告すると、ギィゲルトは「ホッ!」と小さな眼を見開いて、「ホッホッホッホッ…」と笑い声を上げる。ノヴァルナの最期を、あまりにも呆気なく感じたからだ。
だがギィゲルトはすぐに思い直して表情を引き締めた。簡単すぎる…これは仕掛けがあるに違いない、と思う。あの小憎らしいウォーダの大うつけには、これまで散々煮え湯を飲まされて来たのだ。それがこんな簡単に死ぬとは思えない。その証拠に、ノヴァルナが乗る『クォルガルード』を失ったはずの別動隊は、そのままこちらに向って航行を続けている。
そこでギィゲルトは閃いた。『クォルガルード』は囮で、ノヴァルナは他の艦に乗っているに違いない…と。そこで通信封鎖を解いて回線を開き、直卒の第1艦隊へ連絡を入れた。
「ギィゲルトである。第2戦隊及び第1宙雷戦隊を早急に、敵別動隊の迎撃へ向かわせよ。BSI部隊の出撃準備も整えておけ」
ギィゲルトは、『D‐ストライカー』の狙撃を行いつつ、戦艦部隊の第2戦隊と第1宙雷戦隊を差し向け、別動隊の艦を一隻残らず、仕留めてしまおうと考えたのである。どの艦にノヴァルナが乗っているか、判然としないからだ。距離的にはまだノヴァルナがBSI部隊を発進させる距離ではないが、手間取っている間に距離を詰められ、『センクウNX』で出て来られると厄介なのも本音だった。
だがノヴァルナはすでに六機の『シデンSC』を従えて、フォルクェ=ザマの中を突き進んでいる。そしてギィゲルトが第1艦隊に発した通信が、完全に裏目に出た。『センクウNX』がその通信を傍受し、方位測定で大型小惑星デーン・ガークにいる事を、確定させてしまったのだ。
「こいつは…油断してるな」
戦術状況ホログラムに表示される、大型小惑星デーン・ガーク上からの通信波動を見詰め、ノヴァルナは小声で呟いた。ギィゲルトの本陣到達まではあと十分弱、すると今度はデーン・ガーク周辺にある、敵艦のものと思しき金属反応の一部が、移動を開始する。ギィゲルトの命令を受けた第2戦隊と第1宙雷戦隊が、ウォーダの別動隊への迎撃行動に移ったのだ。第2戦隊の戦艦七隻が動いた事で、ギィゲルトの総旗艦『ギョウビャク』は、真上がガラ空きとなった。
あまりの偶然に、この情報表示を見ていたノヴァルナは一瞬、“こいつは罠じゃないのか?”と疑いの眼になる。まるでこの空いた場所から攻撃してくれ…と、言わんばかりだ。
罠か、それとも天祐か…しかし状況は躊躇いを見せている場合ではない。いずれにしても後戻りはできない。ノヴァルナは操縦桿を引き、『センクウNX』を上昇させていった。
ただこの天祐を引き当てたのは、偶然ばかりではない。別動隊の行動が関係していた。別動隊は臨時編成されたもので、巡航戦艦4隻と重巡航艦4隻、軽巡航艦2隻、駆逐艦14隻を二等分し、スェーダ=セシアとマーゼス=ササーラの二人の司令官が指揮を執っている。
そしてギィゲルトが『サモンジSV』の『D‐ストライカー』で狙撃したのは、『クォルガルード』ではなく似た形をした、遠隔操作の無人貨物船であった。
ノヴァルナは予め宇宙要塞『ナガンジーマ』に、この『クォルガルード』と似た型の貨物船を、三隻停泊させており、別動隊の出撃時に入れ替えさせていたのだ。
理由は無論、別動隊そのものが囮であり、敵がこの囮に喰いついた場合、あっという間に壊滅させられる可能性が高く、本格的な艦隊戦に不向きな『クォルガルード』型を帯同させて、むやみに乗員を危険に晒したくないからである。
その『クォルガルード』に見立てた貨物船が、ギィゲルトの狙撃によって破壊されたからには、別動隊には撤退の選択肢も生まれていた。密かに先行したノヴァルナの貨物船団は、すでにBSI決死隊を発艦させた頃であり、謎の遠距離射撃を受け続けるのは危険だったからだ。それに事実ノヴァルナからも、無理な攻勢は仕掛けなくてもよいと、命じられている。
ところが別動隊の二人の指揮官は、撤退など考えはしなかった。それぞれが旗艦としている巡航戦艦から連絡を取り合う。
「このまま前進、で宜しいかな。セシア殿」
そう尋ねるのマーゼスはノヴァルナの『ホロウシュ』、ナルマルザ=ササーラの兄である。浅黒い肌のガロム星人は、白い歯を見せて笑顔を浮かべた。対するヒト種のセシアは瓜実顔に、こちらも笑顔を浮かべて応じる。
「そうする事で、ノヴァルナ様は『クォルガルード』を囮にして、他の艦に乗っておられると、相手に思わせる事ができましょう。引き付ければ引き付けるほど良いという話にて」
「まこと。武人とは因果な商売ですな」
マーゼスがそう告げ、二人の指揮官は揃って軽い笑い声を上げた。敵を引き付ければ引き付けるほど、自分達も開かれた死の顎に近づく。だが命令を発するその表情に恐れはなかった。
「全艦。このまま前進!」
「ササーラ殿に後れをとるな。敵本陣を目指せ!」
この二人の司令官による進軍続行の決定がギィゲルトに、ノヴァルナは『クォルガルード』ではなく、別動隊の他の艦に乗っているのだろう…という、誤った推測を呼び込んだのであった。
「撤退を開始した敵艦は、潜宙艦に待ち伏せさせよ。一隻たりとも逃がすでない。よいな!」
ギィゲルトはそう命じておいて、『D‐ストライカー』のトリガーを引く。距離が近くなったため、通常の射撃照準センサーによる狙撃であって、回避はほぼ不可能である。一瞬後、ズシン!…と大きな衝撃に襲われたのは、スェーダ=セシアの座乗する巡航戦艦だった。砲戦能力は戦艦並みだが、速力を重視して防御力は巡航艦並みの艦は、『D‐ストライカー』の超空間転移弾一発で、メリメリメリ…と艦体が引き裂かれていく。
「馬鹿な!! アクティブシールドは―――」
遠隔操作の無人貨物船と違い、それなりに耐久力はあるはずと考えていたセシアは、驚きの叫び声を上げるが、その言葉を言い終える前に、セシアの体は艦橋の床にまで達した裂け目から噴き出した、炎の壁に飲み込まれた。そのままセシアの巡航戦艦は爆発を起こし、宇宙空間に砕け散る。
「セシア殿!」
セシアの巡航戦艦が爆散する光景を、並走する自分の艦の艦橋で見据えたマーゼス=ササーラは、奥歯をギリリ…と噛み鳴らした。だがすぐに気を取り直して、セシア艦隊の残存艦に、「これより我が両部隊の指揮を執る」と告げる。しかしものの三分も経たぬうちに、マーゼスの艦も対消滅反応炉に直撃を受け、爆発の閃光に包まれた。
「敵本陣に向け、主砲一斉射撃!!」
咄嗟の判断で命じるマーゼス。座乗艦の全主砲が放たれた直後、艦は大爆発。冥界の門が開かれる直前、マーゼスは弟に対する呟きを残した。
「ナルマルザ! ノヴァルナ様によく尽くせ………」
そして砕け散るマーゼス=ササーラの巡航戦艦。機械的に次の超空間転移弾を装填するギィゲルト。ところが艦隊司令を二人とも失っても、別動隊の残存艦は止まらない。司令官だけでなく個々の艦を指揮する艦長も、自分達の行動がこの決戦の勝敗を左右するのだという、同様の覚悟でいたからだ。
「ふん。ノヴァルナめ、まだ死んでおらぬか…」
ギィゲルトは少々苛立った様子で次の標的を、新たな巡航戦艦へ定めようとしていた。照準センサーがその艦影を捕捉し、照準用の数値データをコクピットのモニターへ表示する。だがそれは、『サモンジSV』の後方やや上空に留まる総旗艦、『ギョウビャク』からの緊急警報で途切れる事となった。
「敵機直上! 急降下ぁーーー!!!!」
▶#22につづく
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