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第21話:野心、矜持、覚悟…
#11
しおりを挟む普段から怒られ慣れているキノッサだったが、さすがにこのレベルのノヴァルナの怒号には、今も身を震え上がらせる。
「奴等の脅しに屈した時点でなぁ、ネイミアはアウトなんだよ!!」
「そ…そそ、それは私の命と引き換えに、脅されたからで―――」
「だったら、二人揃って死んどけや!!」
「!!!!」
まるで敵兵に対するようなノヴァルナのきつい言い方に、キノッサは半ば怯え、半ば怒りを感じて顔を青ざめさせた。しかしノヴァルナは、かつての傍若無人に振舞っていた頃のようにお構いなしだ。
「カルツェ達は、民間人のネイミアなら脅しに屈して、言う事をきくに違いねぇと踏んで、てめぇと一緒に捕まえたんだろが。その通りになりやがって!」
「それは!…」
「違うだろが!! たとえ身内を人質にされようが、血反吐を吐くような拷問を受けようが、脅迫を拒む!…星大名の傍に仕えるなら、それが正解なんだよ!!」
キノッサにもノヴァルナの言っている事は理解できる。『ホロウシュ』やカレンガミノ姉妹なら敵に捕らえられて、どのような惨い目に遭わされても、ノヴァルナやノアの命を狙えという脅迫になど、決して屈しないだろう。しかしだからといって、今のノヴァルナの冷酷な物言いは、キノッサには受け入れ難かった。
「だけど…だけど、わたくしもネイも、これまで誠心誠意お仕えして来たつもりです。わたくしはともかく、ネイにそのような言い方は―――」
ところがこういった説得の仕方は、今のノヴァルナに対して、怒りの炎に油を注ぐだけである。キノッサが言い終わる前にズカズカと歩み寄ったノヴァルナは、胸ぐらを掴んで、「いい加減にしやがれ!!!!」と手荒く突き飛ばした。
「覚悟のねぇヤツがどんなに仕えようが、雑魚でしかねーんだよ!!!!」
「そんなあんまりな…」
さらに抗議しかけるキノッサに、「うるせぇ!!!!」と怒鳴ったノヴァルナは、ぐい!…と指を差して言い放つ。
「いつまでトチ狂ってやがる!! 目ぇ覚ませ、サル!!!!」
「!!??」
そう言われてキノッサはノヴァルナの怒りの方向が、自分の考えているものと違うらしい…と気付き始めた。これはもしやネイミアの解雇は、単なる今回の不手際に対しての、自分との連帯責任ではないのではないか…キノッサの眼が、何かを考え始めたものに変わったのを見たノヴァルナは、少し口調を和らげて問う。
「ふん。ちったぁ物事を考える気になったか…じゃあ、てめぇに訊く。今回の事件で誰か、てめぇやネイミアを進んで助けようとしたヤツがいたか?」
ノヴァルナの剥き出しの言いざまに、キノッサは「ウッ…」と返す言葉に詰まった。確かにあの時、自分が助け出されたのは事件の一番最後、降伏したスェルモル城陸戦隊の兵士が、居所を告げた事によるもので、キオ・スー側の制圧行動中は誰も、キノッサの安否など気にはしなかったのだ。そしてネイミアに至っては、メイアに何の迷いも無く撃たれていた。
「………」
現実を突き付けられて、キノッサもようやく頭を冷やした。どんなにノヴァルナの側仕えで勤勉に働いても、民間人あがりの下っ端でいる限り、ノヴァルナが言った通りに自分やネイミアは“雑魚”に過ぎないのである。
理不尽なようだが、銀河皇国も宙域星大名政権も民主主義ではなく、主君を頂点とした専制・封建政体であり、ヒエラルキー構造の社会である以上、個人の価値に差があるのは当然の事なのだ。そしてこのような社会構造であるからこそ、這い上がろうとしていたのが、キノッサの野心のはずだった。
“ネイミアのクビも全部…俺っちのせいなのか”
いくらネイミアを擁護しても、自分自身にそれを訴えるだけの価値が無ければ、聞き入れられるはずも無いのだ。そう思ったキノッサは、ノヴァルナの怒りの意味が分かりかけて来た。そこへ飛んで来る、ノヴァルナの“猿呼ばわり”の声。
「サル!!!!」
だが今度は怒号ではない。キノッサは「はっ…」と応じ、その場で頭を垂れて片膝をつき直した。ノヴァルナはキノッサの前で腕組みをし、説教口調で告げる。
「俺の言いてぇ事を、少しは理解したか?」
「はっ…」
「…ったくよ。頭の回転の速さが、てめぇの売りじゃなかったのかよ。オンナ絡みでのぼせ上がんのなんざ、十年早ぇってんだ」
「はっ…」
自分と三歳しか違わないノヴァルナに、“十年早い”とか言われるのはどうか、と思うが、ここはキノッサも逆らわずに聞く。
「…ったく。五年前に俺んトコに来た頃の、ギラギラとした抜け目の無さはどうした!? ネイミアと一緒に働くようになってからのてめぇは、小さく纏まろうとしてばっかじゃねーか! ひと山幾らのような奴なら、別に仕えてもらわなくてもいいんだよ!!」
これを聞いたキノッサは、うつむいたまま歯を喰いしばった。腹立たしいが正論である。ノヴァルナのような才気あふれる主君の傍で、平民から成り上がろうとするなら、凡庸である事は許されるはずもない。やはり今の自分では、ネイミアの解雇に赦しを乞う資格は無い…という事なのだ。
「サルッッッ!!!!」
一拍置いてノヴァルナは、天雷のような声で厳しくキノッサを呼びつけた。
「相分かったかッ!!!!」
「はっ…」
うなだれたままのキノッサを睨み付け、ふん…と鼻を鳴らしたノヴァルナは、口調を鎮めて淡々と告げる。
「ネイミアは明日15時キオ・スー発の、中立宙域巡回旅客船に乗せる。間に合うように見送りに行ってやれ…てなわけで用は済んだ。下がって休め」
「御意…」
失意ありありといった感じで両肩を下げ、ノヴァルナの前を辞するキノッサ。その後ろ姿にノヴァルナは再び、ふん…と鼻を鳴らした。するとノヴァルナの席の背後に提げられた、『流星揚羽蝶』紋のタペストリーの横からノアが姿を現す。そこには私室区画からこの執務室へ通じる、専用通路があるのだ。
「随分、冷たい言い方するのね」
ノヴァルナのキノッサに対する態度を、咎めるふうも無く指摘するノアは、椅子に座る夫の肩を、後ろから手で揉んでやる。別にノヴァルナの肩が凝っているというのではなく、今の“演技”の労をねぎらう意味合いだ。
「ん?…まあな」
素っ気なく返事するノヴァルナに、ノアは少しからかう口調で問い掛ける。
「昔…ムツルー宙域で、自分が星大名の次期当主だという立場も考えずに、人質のお姫様を命懸けで助けようとした、誰かさんの言える言葉だったのかしらね?」
「んなもん、人は人、俺は俺だ」
偉そうに胸を張って言うノヴァルナに、ノアは思わず吹き出した。
「それ、なんか使い方違うし」
「ばーか。そこは“私ってウォーダのイケメン殿下に、星大名の座を投げ捨てさせるぐらいのイイ女”って、喜ぶトコだろが」
「やだぁ。ホントですかぁ」
ノヴァルナの返し言葉に、いま惑星ラゴンで流行のアイドルグループ、“キオス坂44”ばりの可愛い系の反応をしてみせるノア。だがそれをジト目で見たノヴァルナは、そっぽを向いて言い放った。
「すまん。忘れてくれ」
「こら!」
という感じでイチャついておいて、ネイミアを去らせるノヴァルナの心情を慮ったノアは、静かな口調で話し掛ける。
「淋しくなるわね…」
「そうだな…」
「早く帰って来てくれたら、いいんだけど」
「そいつはキノッサ次第さ…だがまぁ、あのヤローは転んでも、タダで起きるようなヤツじゃねーからな。それが出来なきゃ、俺の目が節穴だったって事さ」
そう言ってノヴァルナは気分をがらりと変え、続けた。
「て事で、今からツーリング行こうぜ。キオ・スー湾周回道路沿いの早咲き桜が、いい感じらしいからな」
やれやれといった表情で、冗談まじりに応じるノア。
「いいけど。誰かに狙われても知らないわよ」
▶#12につづく
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