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第21話:野心、矜持、覚悟…

#09

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 主君ノヴァルナの毒殺を図った、カルツェ・ジュ=ウォーダと、その側近クラード=トゥズークの死という情報は、翌日早々にキオ・スー城から発表され、すぐにオ・ワーリ宙域…そして周辺宙域へと広がった。

 肉親の命を奪い合う事は、戦国の星大名家では珍しい事ではない。それでもやはり市井からは、自分の弟を殺害したノヴァルナを非難する声が幾つも上がった。そうしなければ、ノヴァルナの方が殺されていたのだが、理屈だけで物事は左右されないのが世の中である。
 NNL(ニューロネットライン)上でも激しい批判が起こり、『iちゃんねる』をはじめとした情報交換サイトでは、最近ようやく擁護され始めていたノヴァルナ関連のスレッドでも、一斉に非難に転じる有様だった。それには一般人の間ではいまだに、ノヴァルナを傍若無人な奇人。カルツェを頭脳明晰な人格者。と見る傾向が続いていた事も大きく関わっている。

 これはウォーダ家にとってマイナス面が大きい。なぜなら世論がイマーガラ家のオ・ワーリ侵攻を、歓迎する風潮へと移りかねないからである。というのも、この事件にタイミングを合わせたようにイマーガラ家が、“オ・ワーリ宙域に侵攻し、これの支配権を握ったのちは、領民に安定した生活を保証する”と、宣伝を始めたからだ。

 星大名家が支配する“新封建主義”とは、言ってしまえば独裁政権であり、民主主義のように世論や、政権支持率に直接左右される政治形態ではない。しかしその“独裁者”たる星大名家当主が領民に支持されない場合、他国から侵攻を受けるような事が起きた際、その他国の星大名を“解放者”として、歓迎してしまう恐れが出て来るのだ。
 そして彼等領民こそが、最前線で戦う一般兵士の家族なのであり、引いては各部隊、全軍の士気に影響する可能性がある。したがってイマーガラ家の侵攻が近いこの時期での、カルツェの処断はノヴァルナ政権にとって、非常に痛手であった。最悪の場合、イマーガラ家が侵攻して来た時、敵に寝返る部隊も出て来るだろう。

 そのカルツェの葬儀は、叛逆者という事でノヴァルナとノアだけが立ち会った、非常に質素なものであった。
 ノヴァルナとカルツェの母、トゥディラはノヴァルナと顔を合わすのを嫌い、自分の屋敷でカルツェの冥福を祈ったという。そもそもカルツェを幼少の頃から、あのように育てたのはトゥディラ自身であり、ノヴァルナにすれば言いたい事が幾つもあったはずだが、呼びつける事も訪ねる事もしなかった。

 ただ確実に感じたのはこの先もう二度と、母親と顔を合わせる事はないだろう…という予感だけである。
 
 だが…ノヴァルナに停滞は許されない。翌日になるとノヴァルナは、カルツェの居城であったスェルモル城へと飛んだ。親衛隊の『ホロウシュ』と陸戦隊一個連隊を率いて、である。

 ただし城自体はすでに、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータが率いる、第1戦隊から抽出した陸戦降下部隊が制圧を完了していた。スェルモル城を守備する陸戦隊主力が、キオ・スー城へ移動していたのであるから制圧も容易い。

 スェルモル城のシャトルポートに降下着地した専用シャトルから、ノヴァルナが降りて来る。こういう場合、いつもは不敵な笑みを浮かべているノヴァルナだが、その表情は厳しい。
 それを出迎えるはカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ。整列した第1戦隊合同陸戦隊を背後に、片膝をついて深く頭を下げた。シャトルを降り、真っ直ぐに歩いたノヴァルナは、シルバータの横で立ち止まる。

「ゴーンロッグ!!!!」

「はっ!!」

 さらに深く頭を下げるシルバータに、ノヴァルナは前を向いたまま、ありったけの怒号を浴びせた。

「馬鹿野郎ッ!!!!」

「ははっ!!」

 片膝をついた状態だったシルバータは、その場でさらに平伏し、シャトルの着陸床に頭を擦り付ける。ノヴァルナが望んだシルバータの役目は、カルツェの監視だけではない。ニ度と謀反を起こさぬよう、導く事を求めていたのだ。

「もっ!…申し訳ございません!!!!」

「そんな言葉だけで、済むかぁあッッ!!!!」

 天に向かって咆えるノヴァルナ。地に頭を擦り付けるシルバータ。ノヴァルナは大きく息を吐き出し、口調を落としてシルバータへ呼び掛けた。

「ゴーンロッグ」

「はっ…」

「てめぇで死ぬ事は、許さねーぞ」

「!!!!」

 ギクリと肩を震わせるシルバータは、この騒乱が終息したのを見計らって、自分に与えられた責務を果たせず、カルツェを死なせてしまった事への詫びとして、カルツェのあとを追い、自害の道を辿ろうと考えていたのだ。そのカルツェに殺されかけたシルバータだったが、愚直なこの男に、もはや恨む気持ちなど皆無だった。

「てめぇには謹慎を命じる。だがそれが明けたのちは、カルツェの分も合わせて、俺の役に立て!」

 そんなノヴァルナの言葉を聞いた途端、シルバータは平伏したまま、獣のような声を上げて号泣し始める。ノヴァルナはシルバータが泣くに任せ、スェルモル城の中へと足を踏み入れて行った。


 
 スェルモル城にはノヴァルナの二人の妹、マリーナとフェアンが暮らしている。マリーナはカルツェの二卵性双生児の姉であり、この事態に臨時で城代を務めていた。玉座の間でマリーナと対面したノヴァルナだが、さすがに緊張は隠せない。カルツェの処断を命じたのは、他ならぬ自分だからだ。

 しかし、マリーナはウォーダの一族の女性でも有数の、気丈な女性であった。双子の弟の処断を下した兄ノヴァルナを、礼節をもって迎え入れたのである。

 玉座に座っていたマリーナは、ノヴァルナの姿を認めると席を立ち、玉座を空けて傍らに片膝をついた。それに対しノヴァルナは、真っ直ぐ歩きながらマリーナに告げる。

「座らねぇから、膝をつかなくていいぞ」

「はい…」

 そう言って静かに立ち上がるマリーナ。背筋を伸ばしたマリーナに、歩み寄ったノヴァルナは、下手な冗談を口にした。

「俺の顔を見るなり駆けて来て、頬っぺたを引っ叩くと思ってたんだがな」

「それをお望みでしたら、思いきりそうさせて頂きますわ」

 マリーナの言葉にノヴァルナは「ハハハ…」と、乾いた笑いを発する。そしてそのまま向き合って無言の間を置き、「マリーナ」と呼び掛けた。だがマリーナはその先を読み、兄に言わせない。

「兄上。謝らないでくださいまし」

 マリーナは、ノヴァルナがナグヤ=ウォーダ家の嫡男であった時代から、兄弟とクローン猶子が揃った食事会などを催して、カルツェとの隔絶した距離を少しでも縮めようと努力していたのだが、それもすべて水泡に帰した。ここでノヴァルナが謝罪の言葉を口にしてしまうと、マリーナにとっては、傷口に塩を塗られるようなものだ。

「わかった」

 ノヴァルナは頷いて、玉座の間にある大窓へと歩を進めた。マリーナはそれについて行く。

「フェアンは?」

 問いかけるノヴァルナに、マリーナは軽く頭を振った。

「自室で塞ぎ込んでいます」

「だろうな…」

 フェアンとカルツェの仲は、ノヴァルナとの間ほど親密では無かった。だたそうであっても、肉親の死がフェアンにとって痛ましくないはずがない。
 もしかすると…いや、もしかしなくとも、フェアンの奴は俺を許したりなんか、しないだろうな、と思うノヴァルナ。そんな兄の気持ちを察したのか、マリーナはノヴァルナの左の二の腕に手を触れて、優しく告げた。

「あの子はあの子なりに、今の世の星大名がどんな定めにあるかを、理解しております。わたくしと同じく、兄上の苦しい心の内も知っておりますゆえ、今しばらくの時間だけ、お与え下さい………」





▶#10につづく
 
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