銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
413 / 508
第20話:奸計、陰謀、策略…

#03

しおりを挟む
 
 “量子ゆらぎ”とは空間位相が不安定になっている状態で、DFドライヴによる超空間転移の際、出現地点に発生する時空震とも言うべきものだ。その領域内では“量子もつれ”の、集中的な空間投射が発生している。
 本来なら不可視の物理現象なのだが、ルキナのデータ処理のおかげで、惑星パグナック・ムシュの衛星軌道上に浮かぶ、“もや”として存在していた。ルキナのホログラムはさらに言葉を続ける。

「この“量子ゆらぎ”が今のこちらの世界にも存在しているという事は、分岐した向こうの世界にも同様に存在していて、なおかつこちらの世界の入り口側にある、『超空間ネゲントロピーコイル』は、まだ動いているんだと私は思うの」

「!?」

 ノヴァルナとノアが飛ばされた皇国暦1589年のムツルー宙域には、シグシーマ銀河系の中心に対し直角となる正六角形を描く、六つの恒星系の惑星に一基ずつの、直径三十キロに及ぶ強大な重力子コイルが置かれていた。
 この正六角形の中心には、当時のノヴァルナとノアが元いた、皇国暦1555年の銀河皇国中心部へ向かう事が出来る、熱力学的非エントロピーフィールドが形成されており、二人はこれを使うトランスリープ航法によって、元の世界へ戻って来たのである。

 一方コイルが置かれた惑星の周囲が、銀河中心方向からムツルー宙域へ移動する際の出口となっており、ルキアが示した“量子ゆらぎ”は、その“出口”が今でも存在し続け、なおかつ、ノヴァルナとノアの帰還によって分岐した、今のこちらの世界でも観測されている事を意味していた。
 だがそれぞれの恒星系では惑星の公転運動があり、当然ながらコイルを設置した惑星も公転している。したがって誤差として予想される範囲を含めても、『超空間ネゲントロピーコイル』が形成出来るのは、七年に一度の三カ月間だけと、期間が限定されていた。そして現在はその正六角形が構成されておらず、『超空間ネゲントロピーコイル』は解消されているはずなのだ。

 ところが惑星パグナック・ムシュの衛星軌道上に、出口である“量子ゆらぎ”が観測されているという事実は、銀河系中心側の『超空間ネゲントロピーコイル』が稼働したままだと考えられる。

 するとルキナは、可能性の一つを提示した。

「もしかすると、向こうの世界と繋がった熱力学的非エントロピーフィールドは、ムツルー宙域以外にも…例えば銀河中心を挟んで逆方向にある、リキュラやトゥ・シーマにも伸びている事も考えられるわ」

 それを聞いてノヴァルナとノアがまず頭に思い浮かべたのは、銀河中心から放射線状に伸びた、複数のトランスリープチューブである。もしこれが本当に存在し、これを使用する何者かが銀河を瞬時に行き来しているとなると、ゆゆしき事態だ。
 
 ルキナの報告はここまでであった。また新たな事実が見つかったら、メッセージに加えてくれるとの事である。それを伝え終わるとカールセンとルキナはまた、親しみを込めた眼になる。

「じゃ、また連絡するよ。無理せず頑張れよノバック、ノア」

 カールセンがそう言うと、ルキナもまた朗らかに告げる。

「二人とも元気でね。ノバくん、あまりノアちゃんに苦労させちゃダメよ」

 それを聞いて、これ見よがしに顔を覗き込んで来るノアに、ノヴァルナは肩をすくめて苦笑いしながら顔を背けた。エンダー夫妻の息子のネルヴァが手を振るうちにメッセージホログラムは終了する。
 しばらくその余韻に浸っていたノヴァルナとノアだったが、やがて真面目な表情になって、ルキナの報告の中身を検討し始める。

「―――だけどよ、どう思う? 銀河中心のネゲントロピーコイル」

「原理と構造は決まってるんだから、条件さえ揃えば、惑星上にコイルを設置しなくても建造は可能だし、常時稼働させる事も出来ると思うわ」

 ノヴァルナの問いにノアは淀みなく答えた。ムツルー宙域で惑星上にコイルを設置していたのも、膨大なエネルギー供給が問題であったからだ。ノアの推測では、惑星上のコイルはその惑星の自転によるダイナモ効果を、エネルギーに変換して使用しているという事で、逆にエネルギー源さえ確保できれば、あれほど大規模な恒星間建造物にする必要はないのである。

「しかし、そんなエネルギー源なんて、あるのか?」

 ノヴァルナがさらに問うと、ノアは少し考えてから応じた。

「もしかしたら…」

「なんだ?」

「銀河中心には超大型ブラックホールがあるでしょ?」

「ああ。それがトランスリープチューブの、出発点になってるんだろ?」

「そのブラックホール自体を、エネルギー源にしているのかも」

 確かに理屈としては合っている。銀河中心にあるブラックホールからエネルギーを取り出すなら、逆にそれはムツルー宙域にあったような六つもの恒星系を使う、大規模なものにする必要はないだろう。「なるほど…」と頷くノヴァルナ。だが疑問も湧く、シグシーマ銀河系の中心部は銀河皇国によって立入禁止とされており、その中心部のブラックホール周辺に何らかの施設を建造するのであれば、『超空間ネゲントロピーコイル』の存在に銀河皇国が関与している事になるが、自分達が調査したところ、そのような事実は今のところ無さそうだったからだ。
 
 その事をノアに述べるとノアは再び考える眼をし、ノヴァルナに言葉を返す。

「あなたが非エントロピーフィールドに飛び込んだ時に見たっていう、神殿みたいな建造物っていうのが、関係してるのかも…」

 それはミノネリラ宙域の『ナグァルラワン暗黒星団域』で、ノアと共にブラックホールに突入して超空間転移を行った際、熱力学的非エントロピーフィールド内でノヴァルナが、背後―――つまり銀河系の中心部方向に見たという、どこかから伸びるワイヤーと繋がった、神殿のような白銀色の建造物の事だ。周囲に暗黒以外の何もない世界であったため、大きさや自分達との距離は不明であったが、もしかすれば相当巨大な建造物だった可能性がある。

“テルーザなら、何か知ってるかも知れねーな…”

 内心でそう呟くノヴァルナだが、同時にこの件にテルーザを関わらせるのは、どうかとも思う。というのも、この『超空間ネゲントロピーコイル』には星帥皇室と微妙な距離がある『アクレイド傭兵団』や、今や巨大な宗教勢力となった、『イーゴン教団』が関係しているようであったからだ。

「その辺りをはっきりさせるためにも、やっぱ皇国中央に向かわなきゃな」

 ノヴァルナがそう言うと、ノアは「そうね」と応じてから、これに関連する重要な話を持ち出した。

「それとね、今のルキナさんの話で考えたんだけれど、パグナック・ムシュに“量子ゆらぎ”が存在したままなら、『ナグァルラワン暗黒星団域』にあるあのブラックホールを使えば、無人探査機ぐらいなら向こうの世界へ、送り込めるかもしれないわ」

「なに?」とノヴァルナ。

 ノアが口にした“向こうの世界”とは、かつてノヴァルナとノアがトランスリープによって飛ばされた、皇国暦1589年のムツルー宙域であり、今のノヴァルナとノアがいる世界と分岐した、いわば“並行宇宙”だ。

「私達のこの世界の現在で、惑星パグナック・ムシュに“量子ゆらぎ”が発生したままだとすると、それは非エントロピーフィールドを通して、皇国暦1589年…ああ、時間の流れが違うから今は分からないけど、向こうの世界の“今”とも、繋がっている事になるはずなの」

「でもそいつは、可能性の話だろ?」

「ええ、もちろん。だから、ルキナさん達を放り込んで、元の世界に帰そうなんて乱暴な真似は無しよ。それに無人探査機を送り込むにしても、探査結果をどうやって受け取るかを考えなきゃならないわ」

 ノアの話に「そうかぁ」と、少々残念そうに応じながらも、ノヴァルナには閃きがあった。向こうの世界にいる親友、ムツルー宙域星大名のマーシャル=ダンティスにこれを知らせれば、何か手が見つかるかもしれない…という閃きである。
 しかしそのブラックホールが存在する『ナグァルラワン暗黒星団域』は、現在は敵対勢力のイースキー家が支配するミノネリラ宙域。こちらも今は手が出せず、ノヴァルナは俄かに歯痒さを感じ、「ふん…」と小さく鼻を鳴らした………



▶#04につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...