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第19話:勝利への選択
#11
しおりを挟む「カダール様。これは上手くすれば、ヴァルキス様との合流地点まで、ノヴァルナどもを引き寄せられますぞ」
そう言うパクタ=アクタ。素人が素人に対して意見を具申する形だが、パクタの言葉にカダールは、何かを閃いたのか我が意を得たりとばかりに応じる。
「おお、そうだ。ヴァルキス艦隊と早く合流するのだ。そうすれば、一気に有利になる。勝てるぞ」
それでいて、カダール自身は何かをするというものでもないらしく、参謀長に振り向いて「参謀長。上手くやれ」と命じた。さらにパクタは意味ありげな視線で、カダールに告げる。
「合流したら、ヴァルキス様に存分に、活躍して頂かなければなりませんな」
パクタの言葉に、ニタリ…と笑みを浮かべたカダールは、他の参謀や各艦隊に指示を出して忙しい参謀に手招きをしてを呼び寄せた。この忙しい時に何度も…と、一瞬浮かべた怒りの表情を素早く隠し、参謀長はカダールのもとへ歩み寄る。
「参謀長…」
「は?」
司令官席を立ち上がったカダールは、参謀長の肩に気安げに手を置いて自分の近くに引き寄せた。他の参謀達にはまだ聞かせたくないのか、自分のもう一つの目論見を小声で告げる。
「おまえはなかなか見どころがある。だから先に命じておく」
「はぁ?…」
「アイノンザンのヴァルキスをな…合流したら、ヤツの艦隊を前面にして戦わせるのだ。そしてノヴァルナを討ち取ったところで、返す刀でヴァルキスの旗艦も葬り去る…」
「!!??…」
主君の思いも寄らぬ言葉に、参謀長は両眼を大きく見開いて息を呑んだ。戦闘のどさくさ紛れに味方のヴァルキスを討つなど、戦法としては卑怯の極みである。しかしカダールは意に介さない様子で続けた。
「これはこの作戦を決めた時に、すでに考えていた事でな。勝利の直後の油断を狙うのだ」
「で…ですが、そのような事…」
躊躇いを隠せない参謀長だが、その反応をカダールは誤解しているらしく、的外れな事を言う。
「心配はいらん。今の戦闘で俺達は、それなりの損害を受けてる。俺達が無傷のままでヴァルキスに戦わせると、奴も“何かある”と疑うだろうからな…これぐらいの損害は、むしろ好都合というものだ」
それを聞き、参謀長は「なるほど…」と応じはしたものの、内心では唾を吐きたい気持ちだ。どうやら自分達の主君は、悪知恵だけは働くようだが、ノヴァルナ艦隊への闇雲な攻勢で、多くの味方の兵の命が損耗した事には関心がないらしい。
やがてイル・ワークラン艦隊は、クラゲ型をした『ウキノー星雲』の、“傘”の部分まで後退を完了した。ただ後退と言っても、ノヴァルナ艦隊を振り切ったわけではなく、一定の距離を開けた砲撃戦を行いながらである。
しかしながら『ウキノー星雲』の“傘”の部分は、“触手”の部分のような暗黒物質の広がる箇所は無く、艦隊を大きく展開する事が可能だ。先に移動して来たイル・ワークラン艦隊は、早速艦隊を散開させ、あとからやって来たノヴァルナ艦隊を反包囲して、逆撃に移ろうとした。これもカダールではなく参謀長の手腕だ。
「全艦、キオ・スー艦隊が現れたら、集中砲火だ」
「接近中。砲撃用意!」
「来るぞ」
“触手”部分から“傘”部分への接合空間で、ノヴァルナ軍を待ち受けるイル・ワークラン艦隊。ところが警戒センサーはノヴァルナ軍が、その接合空間の手前で速度を急激に落とした事を感知した。
何をするつもりだ?…とイル・ワークラン艦隊の将兵が訝しんだところに、接合空間から“傘”の中に、大量に流れ込んで来るものがある。ノヴァルナ軍のBSI部隊…しかもその全機だ。今度はノヴァルナの乗った『センクウNX』も、『ホロウシュ』を引き連れて出撃している。
「なにッ!! ノヴァルナのBSHOの反応だと!?」
報告を聞いて跳ねるように立つカダール。するとそれにタイミングを合わせたかのように、星大名家当主の優先権を使った全周波数帯通信で、ノヴァルナの高笑いがカダールの『キョクコウ』の艦橋内に響いた。
「アッハハハハハ!!!!」
「ノッ…ノヴァルナぁあああ!!!!」
相手の癇に障るような言動を行うタイミングには、天性のものがあるノヴァルナである。艦橋内に響く憎むべき男の甲高い笑い声だけで、カダールは自分の血が沸騰し、頭頂部から噴き出しそうな気持ちになった。そしてさらに煽りを仕掛けるノヴァルナ。
「聞いてるか、カダール?…久しぶりだなぁ、ザコ野郎! また三年前のような恥をかきに、ノコノコ出て来やがったのかよ!? それともなんだ? 虐めて欲しい趣味でもあんのか、てめぇはよぉ!!」
まるで憎まれ口のお手本のようなセリフに、カダールの逆上も極まる。
「ぬぅおのれぇえええ!!!! 許さんぞ、ゴミがぁあああ!!!!」
これはまずいと口々に、カダールを落ち着かせにかかる参謀達。
「お落ち着き下さい!」
「どうかお鎮まりを!」
「これはカダール様を怒らせる罠です!」
しかし尊大で短気なカダールが、その程度で治まるはずがない。
「ノヴァルナを殺せぇ!! 奴の機体に集中攻撃しろぉお!!!!」
ノヴァルナ機に集中攻撃をする、しないで時間をロスしている間に、ノヴァルナ軍のBSI部隊は素早く散開。イル・ワークラン艦隊へ攻撃を仕掛ける。攻撃艇と対艦装備のBSIユニットは宇宙艦へ向かい、通常装備・強化装備のBSIユニットは、迎撃に出て来たイル・ワークランのBSIユニットへ立ち向かった。
急速接近して来るノヴァルナ軍のBSIユニット、量産型『シデン』に、防御砲火を浴びせるイル・ワークランの戦艦。コクピットで操縦桿を握る一人のパイロットの、視界の右、左、左、右、上と赤い曳光粒子を纏った眩いビームが、数え切れないほど通り過ぎて行く。
このパイロットの機体と連携しているのは、量産型BSI『シデン』が一機と、簡易型ASGUL『アヴァロン』が六機、そして攻撃艇の『バーネイト』が四機。十二機は所属する大隊こそ同じだが、中隊は違っていた。別々の隊の所属機が同じ敵艦を目標にするのは、乱戦状態の中ではよくある事である。
同じ大隊ならマシな方だ、訓練通りにやればいい…と考えるパイロット。近くのどこかに敵の強力な電子妨害艦がいるらしく、通信状態が酷く悪いため、他の味方機とはまともに連絡を取り合う事は出来ない。
「…ら『ブレー…12』……は、敵艦の右舷………する……護を……」
通信の断片から六機のASGULか、四機の攻撃艇のどちらかが、敵艦の右側から襲撃行動に入るつもりらしい。高速機動戦闘では瞬時の判断が全てだ。パイロットは自分の乗る『シデン』の、超電磁ライフルを握る右腕を、左へ二度三度大きく振り、並走する僚機の『シデン』に合図を送る。
僚機がハンドサインで“了解”を知らせて来ると、パイロットは操縦桿を左上へ操作し、スロットルを上げた。戦術状況ホログラムを素早く確認すると、六機のASUGULが通信内容通り、敵戦艦の右舷上方へ回り込もうとしている。一方の攻撃艇は二機が一組になり、敵戦艦が前面に押し出した四枚の、アクティブシールドの間を突破するつもりらしい。
無茶な連中だ…と、パイロットは四機の攻撃艇の動きを批判した。おそらく新兵達だろう。新兵は血気盛んな者か、ひどく慎重な者かのいずれかに分かれるのが、普通だからだ。
案の定、アクティブシールドの間を突き抜けたところに、敵戦艦の防御砲火を喰らって二機が爆散する。慌てて回避行動に入る生き残った二機。アクティブシールドの間が僅かに開けているのは、その間を抜けようと直線行動をした襲撃機体を、狙撃するためのものだ…と教練で習ったはずである。
戦場はそんな迂闊さを見逃してはくれない…改めて自分にそう言い聞かせるパイロットは、自分を狙って来る敵艦のビームを間一髪で躱した………
▶#12につづく
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