銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第19話:勝利への選択

#01

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 ノヴァルナがキヨウから帰還して二週間。オ・ワーリ宙域統一に動き出そうとしていたキオ・スー=ウォーダ家の元へ、オ・ワーリ=カーミラ星系のイル・ワークラン=ウォーダ家の方から、宣戦布告がなされた。

 イル・ワークラン=ウォーダ家は25歳のカダールが三年前、父親で前当主のヤズル・イセスと、そのクローン猶子で義弟にあたるブンカーを追放し、当主の座に就いている。
 カダールはかつて、ノヴァルナとの戦いで辛酸を舐めており、イル・ワークラン家の次期当主の座を失いさえした。それ以来ノヴァルナを心底憎んでおり、謀叛を起こして当主の座を奪った今も、復讐の日に備えて戦力を蓄え、牙を研いでいたのだ。

 宣戦布告の理由は、本音となる野心を隠す事無く、オ・ワーリ宙域統一の障害となる、キオ・スー=ウォーダ家の討伐である。そして進んで降伏し、イル・ワークラン家の支配下となるための条件は、キオ・スー家が所有する植民惑星の全てを譲渡した上で、旧領主シヴァ家の姫カーネギーの引き渡しと、当主ノヴァルナの自死という到底受け入れられないものだった。つまりは最初から、戦闘ありきというわけだ。

 ちなみに現在のキオ・スー家とイル・ワークラン家の戦力比は、キオ・スー家が7個宇宙艦隊。イル・ワークラン家が9個艦隊。この三年間、キオ・スー家より戦闘回数が少なく、宗家として国力がより大きなイル・ワークラン家の方が、戦力を増強できていた。イル・ワークラン家はこれをもってキオ・スー家を打倒し、吸収してしまおうというのである。

 ただ突然の宣戦布告にも、ノヴァルナに動じる様子は無かった。即座に全軍に臨戦態勢の繰り上げを命じ、宇宙艦隊に出港準備を整えさせ始める。短かった平和の時間は、想定より早くに終わりを告げようとしていた。

 明けて翌日、皇国暦1558年11月1日。カーネギー=シヴァ姫とキオ・スー家の軍幹部を集めて、戦略会議が開かれた。アイノンザン星系からはノヴァルナの従兄弟ヴァルキス=ウォーダも招かれている。

 両家の本拠地があるカーミラ星系とシーモア星系は、約1.5光年しか離れていない。戦力比はイル・ワークラン家の方が大きいため、ノヴァルナ側にすれば敵を本拠地のシーモア星系まで引き付けるべきなのだが、当主カダールの攻撃的な性格から、一般領民にまで危害を及ぼすような戦術を仕掛けて来る可能性が高った。それに対応するには、敵を誘引して決戦を行う戦場を選定する必要がある。
 
 オ・ワーリ=カーミラ星系とオ・ワーリ=シーモア星系の、二つの恒星系周辺を描いた星図ホログラムの前で、戦場の設定を提案するのはヴァルキスだった。その指さす先には、クラゲのような形をした星雲―――ウキノー星雲がある。

 ウキノー星雲はカーミラとシーモアの二つの恒星系から、等距離で約2光年の位置にあり、二つの恒星系と二等辺三角形を描く形になっていた。さらにそこから直線距離でおよそ250光年のところには、ヴァルキスが治めているアイノンザン星系がある。
 戦略的に考えると、ここに艦隊を配置する事で、攻撃側は二方向から敵本拠地星系を攻める事が出来、防御側は攻め込んで来た敵を挟撃する事が可能となるため、押さえておきたい場所であった。そしてこれは当然、相手も同様に考えているであろうから、決戦場として敵を誘引するには最適と言える。

「ここにノヴァルナ様の艦隊を置き、イル・ワークランの主力を引き付け、戦闘を行います。そしてタイミングを見て我がアイノンザン星系二個艦隊が参加。イル・ワークラン艦隊を挟撃するのです―――」

 さらに続いたヴァルキスの具体的な提案が終わると、ノヴァルナは一つ頷き、各基幹艦隊と各戦隊司令官を務める家臣達を見渡して命じた。

「ヴァルキス殿の案を是とし、これを基に作戦を組む」

 それを聞いた家臣達は、少々不安そうな顔をする。

 確かにヴァルキスは、二年前のノヴァルナ陣営への加入以来、政権の安定に貢献して来た。しかしそうかと言って、ひねくれものを持って鳴る主君ノヴァルナが、従兄弟とはいえ、二年前まで疎遠であったヴァルキスの作戦を、そのまま受け入れるとは思いもしなかったのだ。
 特に最も意外であったのは、ヴァルキス艦隊の役目が提案通りイル・ワークラン艦隊を時間差で挟撃するという、この作戦のかなめとなっている点である。敵攻略の要という事は、万が一、ヴァルキス艦隊がイル・ワークラン側へ寝返った場合、ノヴァルナ側は敗北の可能性が高くなる…いや、敗北するのが必至となる。

「信じて宜しいのですか?…ヴァルキス殿を」

 ヴァルキス本人がいる前でズバリと疑問を呈したのは、意外にもノヴァルナの弟カルツェであった。その構図に皮肉的なものを感じ、ノヴァルナは一瞬、不敵な笑みを浮かべる。そして弟に…それだけではなく、家臣全員に対して告げた。

「俺はヴァルキス殿を信じている。これはこの作戦の大前提だ」

 このノヴァルナの言葉にも家臣達は意外そうな顔をする。いつもの自分達の主君であれば、「いいんじゃね?」などといった適当な返事をするはずだからだ。
 
 戦略会議を終え、家臣達がそれぞれの執務室、あるいは居城などへ引き上げていく中、会議の主役となったヴァルキス=ウォーダは、一足先にキオ・スー城の敷地内にある館へ帰っていた、カーネギー=シヴァ姫の元を訪れていた。

「カーネギー様…」

 側近のキッツァート=ユーリスを伴い、エントランスに出迎えたカーネギーの手を取り、ヴァルキスはその手の甲に恭しく、そして軽く口づけをする。そしてカーネギーが「ヴァルキス…」と応じると、二人は抱擁し、キスを交わした。

「会議は上々でしたね。ヴァルキス」

 カーネギーがそう言うと、ヴァルキスは僅かに口元を歪めて応じる。

「ノヴァルナ様からのご信任も、御覧頂きました通り。つきましてはジョルダ殿、ハルトリス殿…そしてキラルーク様へご連絡頂き、手筈通りに」

 ヴァルキスが口にしたジョルダとは、オ・ワーリ宙域に荘園星系を持つ皇国貴族の、ジョルダ・カブフ=イズバルト。ハルトリスとは、同じくオ・ワーリ宙域内のニノージョン星系を領地とする、独立管領ハルトリス家の当主トルドーの事だ。両名とも、ノヴァルナの治世に不満を抱き、旧領主のシヴァ家再興を望んでおり、ノヴァルナがキヨウへの旅に出ている間に、密かに会合していた事は、以前に記した通りである。

 またキラルークとは、旧ミ・ガーワ宙域領主の皇国貴族キラルーク家の当主ライアンの事で、現在のキオ・スー=ウォーダ家とイマーガラ家の停戦協定は、ライアンとカーネギーの間で交わされたものだ。

 ヴァルキスの言葉に、カーネギーは緊張感と高揚感の合わさった表情で、ヴァルキスの端正な顔を見詰めて告げる。

「上手くいくでしょうか?…」

「カダール殿との連携も確認しておりますれば、必ず」

「ノヴァルナ様は、私を恨まれる事でしょうね…」

 裏切り…旧キオ・スー家に父親を殺害され、当時はまだナグヤ家の当主であったノヴァルナに助けを求めて、庇護下に入った自分が、その恩人たるノヴァルナを裏切る事に、躊躇いを感じないわけがない。だがこのままでは、旧領主で皇国の名門貴族という肩書を、ノヴァルナに利用されるだけの存在でしかない。

「戦国の世に、要らぬ情けは無用…というものにございます」

 カーネギーの葛藤を知ってか知らずか、ヴァルキスは何の感情も感じさせない口調で応じた。一つ頷いたカーネギーは、おもねるような声でヴァルキスに問う。

「今夜は、泊って行けるのですか?」

 しかしヴァルキスはゆっくりと首を左右に振り、その誘いを断った。

「誠に残念ですが…今夜中にラゴンを発ち、アイノンザンへ戻ります。ラゴンからカダール殿へ連絡を入れるのは危険ですので………」





▶#02につづく
 
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