上 下
388 / 508
第18話:未来への帰還

#19

しおりを挟む
 

同じ頃、ミノネリラ宙域首都惑星バサラナルム―――

 月明かりが地表を照らす中、イースキー家本拠地のイナヴァーザン城の敷地を歩く、二つの人影がある。キヨウでノヴァルナの逆鱗に触れ、追い散らされたビーダ=ザイードとラクシャス=イルマだ。

 貨物船『ラッグランド58』でキヨウを逃げ出した彼らは、補給のため立ち寄った惑星で、役に立たないまま用済みとなった『アクレイド傭兵団』を放り出すと、スゴスゴと城へ帰って来たのであった。

 二人が目指すのは、城内の敷地に建てられているオルグターツの館である。そこは以前、ドゥ・ザン=サイドゥの実子のリカードとレヴァルが住んでいた館だ。

 これまでに述べた通り、オルグターツに命じられたノア姫の拉致作戦は、完全に失敗に終わり、当主ギルターツの方の命令であった、ノヴァルナの殺害までもが徒労に終わった。
 その責任は無論、ビーダとラクシャスにある。しかしそうかと言って他に行く当てのない二人は、オルグターツに対し申し開きをし、許しを乞うしか道は残されていなかった。それで仕方なく、オルグターツのもとへ向かっているのだ。

「どうしよう、どうしよう、どうしようラクシャス」

 縋りつくようなビーダの言葉に、ともに並んで歩くラクシャスは、前を向いたままで応じる。

「どうしようもこうしようもない。ここまで来た以上、ありのままを申し上げて、お慈悲を乞うしかない」

 するとビーダは、無駄に体をくねらせながら不安を口にする。

「きっとお仕置きよぉ! ご褒美のお仕置きじゃなくて、本物のお仕置き!…捕まえそこなったノア姫の代わりに、その辺りに居る見ず知らずの男達に、好きなようにされる事でも命じられたりしたら、あなた、どうするのよ!」

 そう言われてはラクシャスも動揺を隠せない。

「オ、オルグターツ様が、寵臣である私達にそのような事を、な…なされるはず無いだろう!」

 だがどのような処断が下されようとも、二人に他に行くアテは無い。オルグターツの傍らにいてこそ、イースキー家内で権力をいいように振るえるからだ。そしてその権力をふるう事の甘美さに酔ってしまうと、心の弱い人間ほど逃れられなくなるものである。

 恐る恐るだがオルグターツの館に着いたビーダとラクシャスは、応対に出たアンドロイドの使用人に、主君への取次ぎを頼む。アンドロイドの使用人は、内蔵している通信回線を使って、オルグターツに二人の到着を報告した。返事を聞いた使用人は、二人に向き直って告げる。

「どうぞ。オルグターツ様は、奥の院でお待ちです」
 
 奥の院とは通常、星大名などが妻や家族で暮らす場所を指す。だがこの館の場合は、些か言葉の意味合いが違っていた。オルグターツの指示によってミノネリラ宙域や、その周辺宙域の国境近くの植民惑星から、美貌の女性や少年達が集められているからだ。つまりはハーレムである。

 ただ“集められた”と言うと聞こえはいいが、実際は無理やり連れて来られた者も相当数いる。オルグターツはそこで夜な夜な酒とドラッグに塗れながら、淫靡な背徳の限りを尽くしていたのだ。無論、ビーダとラクシャスも毎夜、相伴に預かっており、案内されずとも勝手知ったる場所だった。
 さらにオルグターツはこの二人の他にも、自分に忠誠を誓ったイースキー家の重臣達に、奥の院での遊興の権利を分け与えていた。だがこのような歓心の買い方で集まる重臣など、底が知れているというものだ。

 オルグターツの館の奥の院は、そのいかがわしさに相応しく地下にあった。エレベーターやその他の自動的な昇降手段は無く、レンガに似せたセラミックタイルで出来た階段通路が、緩やかなカーブを描きながら延々と続く。照明は控え目で両側の壁に半ば埋め込まれた、黄色い発光器がその空間を照らしていた。

 その階段を下りていくにつれ、次第に若い男女の声が聞こえ始める。快感に喘ぐ切ない声だ。そしてその声は段々と大きくなって来る。
 やがて奥の院の大扉の前に辿り着いたビーダとラクシャスは、二人を案内して来たアンドロイドの使用人が、扉を開けるのを直立不動で待った。

 そして扉が開くや否や猥雑な喘ぎ声や悲鳴が大きくなり、うっすらと煙り、湿気を帯びた空気が甘ったるいような匂いと共に、ビーダとラクシャスを包む。
 奥の院の本体内部は円形になっており、中央には直径が三十メートルほどの、壁が全面曇りガラスとなった円いホールがあり、その周囲を、通路を挟んで十二の小部屋が、取り囲むように並んでいる構造である。

 ここも通路に照明は少なく薄暗いが、それがかえって、中央の曇りガラスの内側で行われている、淫靡な光景を際立たせていた―――ピンク色の関節照明の中で絡み合う裸の男と女、男と男、女と女の幾つもの姿を。しかもそれらの組み合わせは一対一もあれば、一対複数もあり、複数対複数もあった。

 一度ここへ連集められてしまった女と少年は、自ら行為を受け入れ、自分の体を使ってオルグターツに取り入るか、拒絶を続けて麻薬漬けにされ、薬欲しさに行為を受け入れるようになるかの、いずれかの運命しかない。ただいずれの道を選んでも、もてあそび尽くされた者のその後の行方は、不明だと言われている。

 これが、オルグターツ=イースキーが主として酒色放蕩に耽る…そして危うく、ノアが連れ込まれるところであった、奥の院の実態だった。
 
 ビーダとラクシャスはその中央のホールと、周囲の小部屋の一部が見えるエントランスで、オルグターツが来るのを待っていた。大理石の柱が並び、ソファーセットが置かれたそこはまるで待合室だ。

 その間にも中央のホールから出て来て、これを取り囲む小部屋に入って行く者達がいる。ひと組は首輪をつけた全裸の女性を四つん這いにさせ、首輪に繋いだ鎖を引く下着姿の中年男。女性は『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタと同種族の、美しいフォクシア星人だ。
 そしてもうひと組は細身の少年の手を引いて、小部屋に連れ込もうとしている浅黒い肌で筋肉質の大男。女性的な顔立ちをした少年はまだ十四、五歳であろうか。つまり周囲の小部屋は、中央のホールの“パーティー”で盛り上がり、個々で楽しみたい相手を連れ込むためのもの、という事だ。無論これもビーダとラクシャスにすれば、見慣れた光景である。

 すると、この二組が小部屋の中に姿を消すのと入れ替わるように、オルグターツが中央ホールの向こう側から歩いて来た。身長が2メートル以上ある、父親のギルターツほどではないが、180センチほどもある小太りの体の上半身は、汗の浮かんだ裸のままだ。サッ!…と表情を緊張させるビーダとラクシャス。

 ふぅ…と息をつきながら、ソファーの一つに腰を下ろすオルグターツ。まだ二十三歳でありながら、放蕩の限りを尽くしている眼は、歪んだ光りを湛えていた。そんな眼でビーダとラクシャスを見上げるオルグターツだが、意外にも表情に不機嫌な様子はない。

「報告は聞いた。ご苦労だったなァ」

 ノアの拉致作戦の失敗に激怒するどころか、特有の語尾を転がす物言いで口にする、労いの言葉にビーダとラクシャスは呆気にとられた。

「ん?…なんだァ、その顔はァ?」

「い…いえ。てっきり責任を問われるものと…」とラクシャス。

「ん?…ああ。ノアの事か、アレで良かったじゃねェかァ」

「は?」

 ビーダが首をかしげると、オルグターツは「へへへ…」と、下種な笑いを交えておぞましい事を言う。

「だってよォ、捕まえ損ねたおかげで、ノアは結婚したんだぜぇ!」

「はぁ?」

 反対方向にさらに首をかしげるビーダ。それに対し、オルグターツは陰湿な笑みを浮かべ、「わかんねェか?」と言い、両眼を見開いて言い放った。

「人妻だぜ人妻ァ! さらに旨そうな属性がついたじゃねェかァ!! 他人ひとのもんを奪い取る楽しみが、増えたってもんだァ。またそのうち、捕まえてやっからよォ!」

「………」

 間口が広すぎる主君に、さすがに呆れ顔のビーダとラクシャスだが、オルグターツは不意に真顔に戻り、新たな指示を口にする。

「それよかおまェらに、動向を探ってもらいてェ人間がいる」

「は…それは?」

「俺のオヤジだァ。なんかここ最近、自分で殺したドゥ・ザンの爺さんの事を、やたら思い出して気にし始めているらしくてなァ。何をしてるか探ってくれェ」

 そう言ったオルグターツはソファーから立ち上がり、「さぁて、続き続きィ…」と呟きながら、淫欲に満ちた己の世界へ戻って行った………




▶#20につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

カンブリアン・アクアリウム

みなはらつかさ
SF
 西暦・二一〇〇年。記念すべき二十二世紀に、人類は新しいテクノロジーを手にしていた。  それは、高次元に干渉して過去の情報を観測。そこから絶滅生物のDNA情報を入手し、古生物を現代に復活させるというもの。  こうして、現代に復活した古生物を愉しむ世界初の水族館、「カンブリアン・アクアリウム」が東京にオープンした。  これは、そんな「カンブリアン・アクアリウム」で働く人々の物語――。

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。

書物革命

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
ファンタジー
『私は人間が、お前が嫌い。大嫌い。』 壺中の天(こちゅうのてん)こと人間界に居る志郎 豊(しろう ゆたか)は、路地で焼かれていた本を消火したおかげで、異性界へと来てしまった。 そしてその才を見込まれて焚書士(ふんしょし)として任命されてしまう。 "焚書"とは機密データや市民にとっては不利益な本を燃やし、焼却すること。 焼却と消火…漢字や意味は違えど豊はその役目を追う羽目になったのだ。 元の世界に戻るには焚書士の最大の敵、枢要の罪(すうようのざい)と呼ばれる書物と戦い、焼却しないといけない。 そして彼の相棒(パートナー)として豊に付いたのが、傷だらけの少女、反魂(はんごん)の書を司るリィナであった。 仲良くしようとする豊ではあるが彼女は言い放つ。 『私はお前が…人間が嫌い。だってお前も、私を焼くんだろ?焼いてもがく私を見て、笑うんだ。』 彼女の衝撃的な言葉に豊は言葉が出なかった。 たとえ人間の姿としても書物を"人間"として扱えば良いのか? 日々苦悶をしながらも豊は焚書士の道を行く。

青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治
SF
現実と似た歴史を辿りながら、片方は国家と云うシステムが崩れつつ有る世界、もう一方は全体主義的な「世界政府」が地球の約半分を支配する世界。 その2つの平行世界の片方の反体制側が、もう片方から1人の「戦士」を呼び出したのだが……しかし、呼び出された戦士は呼び出した者達の予想と微妙に違っており……。 「なろう」「カクヨム」「pixiv」にも同じものを投稿しています。 同じ作者の「世界を護る者達/第一部:御当地ヒーローはじめました」と同じ世界観の約10年後の話になります。 注: 作中で「検察が警察を監視し、警察に行き過ぎが有れば、これを抑制する。裁判所が検察や警察を監視し、警察・検察にに行き過ぎが有れば、これを抑制する」と云う現実の刑事司法の有り方を否定的に描いていると解釈可能な場面が有りますが、あくまで、「現在の社会で『正しい』とされている仕組み・制度が、その『正しさ』を保証する前提が失なわれ形骸化した状態で存続したなら」と云う描写だと御理解下さい。

『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道
SF
【毎日20時更新】【完結確約】 高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。 自分の部屋であるのに妙に違っていてーー ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。 男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。 そんな美月に男は言った。 「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」 そこは未来に起こった大戦後の日本だった。 原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。 男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。 美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。 人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。 異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。 ※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。 ※挿絵は全部自分で描いています。

春空VRオンライン ~島から出ない採取生産職ののんびり体験記~

滝川 海老郎
SF
新作のフルダイブVRMMOが発売になる。 最初の舞台は「チュートリ島」という小島で正式リリースまではこの島で過ごすことになっていた。 島で釣りをしたり、スライム狩りをしたり、探険したり、干物のアルバイトをしたり、宝探しトレジャーハントをしたり、のんびり、のほほんと、過ごしていく。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

処理中です...