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第18話:未来への帰還
#13
しおりを挟む翌日の惑星ラゴンのメディアは、ノヴァルナのキヨウからの帰還以上に、その帰り道でノヴァルナとノアが、結婚式を挙げて来てしまった事に話題が集中した。
特にノア姫はその美しさから、キオ・スー家領域ではノヴァルナの妹のマリーナと、フェアンに比肩するほどの人気を持ち、NNLの情報サイトでは、ほぼ独身男性ばかりの、ファンクラブも存在するほどである。そしてそのファンクラブサイトがこの式の報道で、阿鼻叫喚の地獄絵図となったのも無理からぬ事であった。ノアのファンの間では、彼女がまだノヴァルナの婚約者でとどまっていた事が、唯一の救いだったからだ。
ただその一方で当然ながら、三年近く婚約したままであった二人の、ようやくの正式な結婚式に、祝福の声を上げる人々もいる。元来、キオ・スー家に仕える一般兵士の間では、ノヴァルナの無駄に兵を死なせないという指揮方針は、人気があったため、自分達の主君の慶事は素直に受け入れていた。
また経済界でもこの二年のノヴァルナの、内政への専念を評価する動きが起きており、株式市場も安定し始めていた事に加え、主君ノヴァルナ自身も落ち着くとの判断で、二人の正式な結婚を歓迎した。
無論、身勝手な突然の挙式を非難する声も多い。しかし翌日にはもう、ノア姫自らが各メディアのインタビューに応じるとともに、ノヴァルナが口にした結婚式の映像がキオ・スー家から配信されると、その映像美に、女性を中心に評価も覆り始めたのである。
ノヴァルナとノアが結婚式を挙げたのは、キヨウからの帰還途中に立ち寄った、頭部に蟻のそれに似た触角を生やした異星人、アントニア星人の母星アントナーレアだった。
アントナーレアは、巨大な樹木が大陸のほぼ全土を覆う惑星で、アントニア星人はその巨木の森林に中に木造の都市を作って生活している。彼等の頭部の触角は、地磁気を感じる機能を持っており、この森林の惑星で方向感覚を維持するためのものだ。
ノヴァルナとノアがなぜ、この惑星で結婚式を挙げる事を決めたかといえば、惹かれ合うようになった二人が、それぞれの家を抜け出して密会した星―――アントニア星人の植民惑星である、サイロベルダ星系第五惑星のシルスエルタの環境と似ていたからであった。
その時も敵に狙われたのだが、二人で力を合わせて切り抜け、それが結果的に、二人の絆をより深いものにしたのである。そんな思い出を彷彿とさせる、森林の惑星が、二人の結婚式の舞台だった。
しかも惑星アントナーレアは、シルスエルタ以上に幻想的であった。
二人の結婚式の映像はまず、白い霧が立ち込める巨大樹の森が映し出される。その幹は、太いものではおよそ50メートルはあろうか。この種の樹木は寿命が三万年以上とされ、発芽から何万年経っているかも分からない。幹の表皮は岩のようになっていて、別種の中小様々な植物が生えており、そこに生きる昆虫や小動物とで一本一本の巨大樹それぞれに、一つの生態系が営まれていた。
アントニア星人の街は、その巨大樹の間を埋め尽くすように、地上数キロの高さにまで立体的に作られている。
建築素材にはシルスエルタでも行っていた、木材を特殊加工して金属並みの強度を持たせたものを使用。それを細長くして、複雑な曲線を描くように組み合わせた立体都市は、遠くから見ると細木細工のようて、優しく柔らかな印象を与える。
無論、アントニア星人も銀河皇国に加わっている以上、恒星間航行能力を有する高度な科学と、それに類する施設を持っていた。だがそれらは全てアントナーレアの海上と海浜部、そして衛星軌道に置かれていて、巨大樹が覆う大陸部にはほとんど手を付けていない。それは彼等アントニア星人の、巨大樹を信仰の対象とした自然崇拝によるものだった。彼等が暮らす巨大樹の森と、木で作られた立体都市そのものが、彼等にとって神聖な場所なのである。
そのような場所での結婚式であるから、アントニア星人のしきたりに則った式は殊更厳かだった。
場所は、この惑星を覆う森に幾つかある聖地。すでに命脈が付きて枯れ果て、途中で折れた幹が化石化した“原初の樹”。現在のアントナーレアを覆う森の元となったされる、巨木の化石である。
ノヴァルナとノアはその“原初の樹”へ通じる、橋のたもとに立っていた。橋も当然木製で、強化加工された時の生木の色が、そのまま保たれていて美しい。“原初の樹”までの両側には、神職の女官が十二人ずつ並ぶ。
二人の着ている衣装は純白。別の世界で言う“和装”に似たそれには、派手な飾り付けは一切ない。だがさりとて質素というわけではなく、“余計なものは何もない”といった印象を与える。唯一、飾りに近いものと言えば、二人の衣装の襟に銀糸で刺繍された家紋。ノヴァルナにはウォーダ家の『流星揚羽蝶』、ノアにはサイドゥ家の『打波五光星』ぐらいだ。
そんな二人の背後には、ノヴァルナの二人の妹やキノッサとネイミアなど、この旅に同行して来た人々が集まっている。周囲の白い霧の中に浮かアントナーレアの街の明かりが、蝋燭の光のように優しい。
▶#14につづく
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