銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ

#03

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 宇宙港を発進した戦闘輸送艦『クォルガルード』は一旦、ゴーショ行政区の上空で待機していた。脱出したマイアを収容したシャトルと合流するためだ。シャトルベイの外部ゲートが開き、『流星揚羽蝶』の家紋が描かれたシャトルが到着する。

 昇降ハッチが開いて姿を見せたマイアは、両脇を女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガと、キスティス=ハーシェルに支えられていた。負傷しているらしく、右脚を引きずっている。ノヴァルナはそのマイアを、シャトルベイまで迎えに来ていた。自分からもマイアに歩み寄って行く。

「ノヴァルナ殿下…」

 とマイア。姉のメイアともども、普段は無表情なマイアだが、この時ばかりは心苦しそうな口調だった。

「大丈夫か、マイア」

 穏やかざる心を隠し、ノヴァルナはマイアを気遣う。

「私の事は…それより、申し訳ございません。ノア姫様をお守り出来ず、一人おめおめと戻って参りました…」

 ノヴァルナの家臣ではなくノア姫の直属であり、あえてなびこうとしないカレンガミノ姉妹のこのような物言いは、口調以上の痛々しさをノヴァルナ達に感じさせる。

「いや、よく戻った。それで状況は?」

 傷の手当より状況報告を優先させるノヴァルナ。見ようによっては冷酷そうに思えてしまうが、むしろマイアの気持ちを汲んでの事であった。マイアがノアを置いて脱出したのも、ノアを救出するための情報を出来るだけ多く、ノヴァルナに伝える事を最優先にしているからだ。

「まず、これは罠です―――」

 それがマイアの報告の第一声だった。

「敵の狙いはノヴァルナ殿下のお命…私を逃がしたのも、ノヴァルナ殿下にこの報告をさせるためです―――」

 マイアも兵士としての能力はかなり高い。彼女はクーケンの特殊部隊が、自分を故意に逃がした事。脚を負傷させて行動の自由を奪い、収容までに時間を割かせた事を見抜いていたのだ。マイアはさらに続ける。

「おそらく敵は、ノア姫様の電波発信器の存在も知っているはず。そのうえで発信器はそのままに、気付かぬ振りで彼らの望む場所へ誘導するつもりかと」

「つまり…俺を誘ってやがる、というワケかい」

 低く、どちらかといえば静かに応じるノヴァルナ。ただ傍らで主君のその声を聞いた『ホロウシュ』達は息をのむ。怒りが頂点に達したノヴァルナは、むしろ静かになるからだ。
 敵は自分へ直接、脅迫などの連絡はして来ないはずだ…ともノヴァルナは思う。下手に表沙汰にして自分に、“星大名として婚約者を見捨てる”という選択をさせないためである。無論、自分はそんな選択などする気など毛頭ないが、それだけに敵の考え方に怒りが増す。
 
 だがマイアの敵への分析は、それだけに留まらなかった。どうやら敵は、惑星ルシナスで奇襲攻撃を仕掛けて来た時より、戦力を増強させているらしいというのである。
 それは今回、こちらの戦力を把握したうえで、あからさまな待ち伏せという戦法をとっている事からの推察だった。最初の襲撃では見つからないように、光学迷彩を使っていた事と比べると、かなり大胆な戦術変更だ。

「敵はノア姫様に、すぐに危害を加える事はないはず。お気持ちはわかりますが、ここはまず、冷静に」

「む…」

 ノヴァルナはそんな言葉を告げるマイアの向こう側に、ノアの姿を見た。今の言葉はノアの言葉としてマイアが発したのだ。そしてその“冷静に”という言葉の中には、“自分を見捨てるべきだ”という意味が含まれている事も分かる。

 はぁ…と大きくため息をついたノヴァルナは、マイアに「わかった」と応じ、彼女を両脇から支えている、ジュゼとキスティスに命じた。

「医務室で彼女に手当てを」

 そのノヴァルナは、他の『ホロウシュ』達と共に、『クォルガルード』の艦橋へ戻り始める。直通のエレベーターに乗り込むと、ノヴァルナは幾分口調を和らげて口を開いた。

「ラン。敵の増援の話、どう思う?」

 ノヴァルナはランに尋ね、今のマイアの言葉を検討する。

「おそらく、間違いないでしょう。我等をどのような場所に誘い出すかで、敵の増援規模が推定できるはずです」

「なら、ノアの発信器の信号を確認するのが、先決だな」



 ノヴァルナが艦橋に上がると、この状況を心配した妹のマリーナとフェアンも、二人一緒に並んで待っていた。「兄様にいさま…」と不安そうな顔を向ける二人の妹の肩に、そっと手を置いたノヴァルナは、司令官席に腰を下ろすと問い掛ける。

「艦長。ノアの持ってる発信器…モニター出来るか?」

 『クォルガルード』の艦長マグナー大佐は「問題ございません」と応じ、通信科の士官に、「スキャンを開始しろ」と命じた。ほどなく艦橋中央の戦術状況ホログラムが、『ゴーショ行政区』の地図に切り替わって、点滅する赤いマーカーが小さく出現する。ノアの発信器の反応だ。地表より百メートルほど下を、北に向かって移動している。それを見てノヴァルナは僅かに息をついた。

「追いますか?」とマグナー大佐。

 感情に任すならノアを追いたいところだが、相手が移動しているのは、皇都惑星キヨウの地表を覆いつくす、高層建築内を縦横に走るトンネル道路であって、空を飛んでいる『クォルガルード』では、直接手を出せはしない。

「いや…どこに止まるか、見極めてからだ」

 そう言ってマップホログラムを見詰めるノヴァルナは、思考を巡らせた。敵の増援があったとして、こちらは『ホロウシュが』九名。『クォルガルード』の保安科員三十名と、自分を足しても四十名である…増援された特殊部隊を相手取るには、些か心もとない気がする。

「兵が足りねぇな…」

 ノヴァルナ側からすれば、クーケン達がどの程度の増援を受けたか、不明である事が不安材料だった。正確な数字が出せない以上、幾らあっても…足りない、と感じるのは当然の感情であはるが。
 そんなノヴァルナの、戦力不足を懸念した呟きを耳にしたランが、「ノヴァルナ様」と主君へ声を掛ける。

「なんだ? ラン」

「一つ、ご提案が」

「おう。頼む」

 普段は傍若無人、独断専行を装っているノヴァルナだが、家臣などの意見や提案は、いつでも聞く度量は持ち合わせている。そしてそれが『ホロウシュ』達の、忠誠心を高めている一因でもあった。
 提案を始めるラン。何度も頷くノヴァルナ。するとその内容に触発されたのが、ノヴァルナの妹のフェアンである。普段は無邪気なばかりのフェアンも、やはりノヴァルナと同じ星大名家の血が流れていた。大昔のスマートフォンを思わせる通信用ホログラムを、左手の上に展開すると、電話をかけるような仕草で口元へもっていく。そしてしばらく待ったフェアンは、回線が繋がった相手―――ボーイフレンドのオウ・ルミル宙域星大名嫡男、ナギ・マーサス=アーザイルに呼び掛けた。

「あ、ナギ。あたし。急にゴメンね。力を貸してほしいの―――」




▶#04につづく
 
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