342 / 508
第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#19
しおりを挟むヴォクスデンが隠遁生活を送る惑星パルズグをノヴァルナが離れたのは、それから三時間後の事だった。
戦闘輸送艦『クォルガルード』の私室で、ノヴァルナはキヨウへ戻ってからのテルーザへの拝謁の際、何を口にすべきかをずっと考えている。いや、正確に言えば自分がこれから、銀河皇国に対してどのように臨むべきか…という、決意についてである。
自分の眼で見た銀河皇国の中心―――惑星キヨウは、あまりにも乱れている。ここへ来るまでの中立宙域で経験した事も含めて、その凋落ぶりは互いに覇権を争っている星大名達が支配する、個々の宙域国よりも悪いという体たらくだ。
“大局を見るなら…皇国中央が安定してこそ戦乱の世が鎮まり、それぞれの宙域国で争う必要もなくなるってワケだが”
イル・ワークランと縄張り争いしてるような俺達キオ・スー家が、銀河皇国中央の安定を目指して動くってのか?…冗談キツイぜ、とノヴァルナは執務机の背もたれを後ろに倒し、両腕を突き上げて背筋を伸ばした。さすがに疲れを感じる。そして間接照明が照らすベージュ系の天井を見詰め、ボソリ…と呟いた。
「ノアが…足りねぇ」
まるでノアを栄養素か何かのように言うノヴァルナ。自分にとって重要な考えが煮詰まって来た時に、ノアに意見を求めるのがすっかり慣習となっているのだ。するとノヴァルナの奇人変人、我儘ぶりが顔を覗かせる。
“なんでノア、いねーんだっけ?”
少々身勝手過ぎる自問をしたあと、ああ、俺達ケンカ中だったんだ…と思い出すノヴァルナ。キヨウの皇国大学で見た、スレイトンとかいう先輩に向けるノアの朗らかな横顔の記憶が、脳内で再生されると苛立ちが甦り、バリバリバリ…と指で頭髪を掻きむしる。
だがしかし―――
倒した背もたれから上体を起こしたノヴァルナは、少し背を丸くすると肩を揺らして、はぁ…と大きくため息をついた。そして自分自身に対して、強がりを交えて内心で呟く。
“しゃーねー。アイツの意見も聞きてぇし、ここは頭を下げてやっか…”
とは言え無論、ノアに面と向かってそんな事を言えるノヴァルナでもなかった。そんな調子で言い放てば、気の強いノアがさらに頑なになるぐらいは、これまでの生活で充分理解出来ている。
一方で前述の通り、ノアの方もそろそろノヴァルナが欠乏して来た様子で、雪解けは近いように思われた。
ところがノヴァルナがキヨウに戻ってみると、またホテルにノアが居ない。どうせまた皇国大学だろうと思い、スレイトンとかいう先輩と一緒だと考えると、苛立ちが湧き上がって来たのだが、留守居をしていたキノッサとネイミアの話では、女性の友人と出掛ける約束があったための不在らしい。
「つきましてはノア姫様から、ビデオメッセージを預かっておりますですよ」
私室の入り口でそう言うキノッサは、手にしていたデータパッドをノヴァルナに差し出した。
「お?…おう」
ビデオメッセージという、少々予想外のものを渡され、ノヴァルナは躊躇いがちにパッドを受け取る。電源を入れるとパッドの画面上に、ホログラムのメニュー画面が浮き上がった。様々なコンテンツが並ぶ中、分かり易いようにビデオメッセージのアイコンだけが、ゆっくりと赤く点滅している。
そのアイコンに指先で触れ、メッセージを再生しようとしたノヴァルナだが、はたと自分への視線を感じ、そちらを振り向いた。するとそこにはキノッサとネイミアが、メッセージを盗み見する気満々でニヤニヤしながら自分を見ている。
主君に対する不敬罪むき出しの態度に気付いたネイミアは、隣でまだニヤニヤし続けていたキノッサの頭を片手でペン!と張り飛ばし、慌ててノヴァルナに一礼すると、キノッサの二の腕を引っ掴んで、部屋から出て行った。
ったく、アイツらは…という眼で二人の姿が消えるのを見送ったノヴァルナは、変な緊張感と共に、ビデオメッセージを再生する。データパッドの画面上にノアの上半身のホログラムが出現し、少し気まずそうな笑顔を見せると、ノヴァルナも自然と同じ表情になった。そのホログラムのノアが口を開く。
「おかえりなさい、お疲れ様。申し訳ないけど留守にします。実は私の大学時代の親友が、私の従兄のミディルツと知り合いで居場所を知ってるらしくて、二人で彼の住まいを訪ねる事にしたの。ほら、あの三年前の件…直接訊けたら、話が早いでしょ?」
ノアが言った“三年前の件”とは、ノヴァルナとノアが皇国暦1589年のムツルー宙域から、トランスリープチューブを使って元の世界へ帰還した際、その転移場所を、カーズマルス=タ・キーガーを通じて『クーギス党』へ知らせた謎の人物が、ノアの従兄であるミディルツ・ヒュウム=アルケティではないか、という疑惑であった。
もしその疑惑が事実なら、どうやって転移場所を知ったのか?…いやそれ以前に誰も知り得なかった、ノヴァルナとノアが未来のムツルー宙域へ飛ばされた、おとぎ話のような出来事が真実だと、どうやって知ったのかを訊き出したかったのだ。
ただノヴァルナはこのミディルツと会うという話に、首を傾げた。じつはカーズマルスとあった時、前述のイーゴン教や『アクレイド傭兵団』についての情報を聞いた他に、ノヴァルナとノアの未来のムツルー宙域からの帰還位置を教えた人物についても、情報を得ていたのだ。そしてそれに関係する話で、現在ミディルツは皇都にはおらず、友人のファジッガ・ユーサ=ホルソミカと共に、エテューゼ宙域星大名アザン・グラン家で食客となっているらしい。
“なんかの目的があって、キヨウに来ているのか?…”
しかしノヴァルナはそれ以上の事は考えなかった。ノアのメッセージにはまだ、続きがあったからである。ホログラムのノアは、僅かに眼をを伏せて告げた。
「それとね…いろいろごめん。私も少し、調子に乗ってたみたい。セルシュ様の名前出して、あなたを批判したの…間違ってた」
「………!」
「あなたの拝謁が終わる頃には帰ってるから。一緒に晩ごはん食べて、ちゃんと話をしましょう…じゃ、頑張ってね」
顔を上げたノアのホログラムが笑顔でそう告げて消えると、ノヴァルナはネイミアがキノッサをこの場から連れ出してくれた事に感謝した。今の自分の緩んだ表情は、決して他人に見せられたものではない…という自覚があったからだ。
“畜生…俺もチョロいもんだぜ”
ついニヤけそうになる口元を、奥歯を噛み締めて堪えるノヴァルナ。これがノアの“作戦”だとしたら、あっさり陥落してしまいそうだ。だが同時に、ノアに先に謝らせた事に気まずさも感じた。
「………」
無言で立ち尽くしたノヴァルナは、しばらくすると右手で拳を作り、自分で自分の側頭部をゴン!…と殴りつける。そこへコール音と共に、小振りな通信ホログラムスクリーンが出現。画面に姿を映した副官のラン・マリュウ=フォレスタから、連絡が入った。
「ノヴァルナ様。『ゴーショ・ウルム』より、迎えの車が出たとの事です」
報告を終えたランは、「ノヴァルナ様…?」と画面の中で、不思議そうに小首を傾げる。今しがたの自分で自分を殴りつけたのが、手加減なしだったため、痛みでその場にうずくまっていたからだ。イテテテテテ…と側頭部を、殴ったその手で撫でながら立つノヴァルナ。
「お、おう…じゃ、着替える」
「すでにご用意しております」
即答したランは通信を終えてホログラムが消え去る。星帥皇テルーザへの拝謁の時間が近付き、ノヴァルナは背筋を伸ばして胸を張った。
“んじゃ、まぁ。とっとと終わらせて、今日はノアとメシ喰うか!”
▶#20につづく
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる