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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す

#12

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 ヴォクスデンの作業車に後続し、ノヴァルナと彼に従うササーラにランは、麦畑から十分ほど走って、質素な家屋の前に到着した。

 敷地こそ広いが、建物としてあるのは初期移住者用の平屋建て簡易住宅に、その住宅より大きなサイロ状の円柱形の倉庫。それに作業車用の車庫とそれほど大きくない物置が幾つかだけである。バイクから降りたノヴァルナはヘルメットを外し、それらの建物を見渡した。とても伝説のパイロットが住む地とは思えない…そんなノヴァルナの眼だ。

「さぁ、どうぞ。こちらへ」

 作業車を降りたヴォクスデンは、ノヴァルナ達を住居へと案内した。作業車の方は同乗して来た人型ロボットが運転を代わり、車庫へ向かう。

「星大名のご当主をお迎えするには、些か質素が過ぎて恐縮です」

「いや。前触れもなくいきなり押しかけ、こちらこそ申し訳ない」

 BSIパイロットであれば知らぬ者はいない“レジェンド”を前に、さすがのノヴァルナも腰が低い。とは言え、アポなし突撃ですでに充分失礼ではある。

「いえいえ。毎日ヒマしておりますので、客人はいつでも歓迎です」

 そう言いながら先を行くヴォクスデンの背中を、ノヴァルナは見詰めた。初めて対面する伝説のBSIパイロットは、痩せて下がった肩と、やや前屈みの背中で隙だらけに見える。もし自分達が刺客だった場合、命を奪うのは容易いだろう。
 しかし同時に、そんな命の奪い方をしても、暗殺者は汚名以外に何も得られはしない。そしてそのような汚名を、武人は求めない。もし名誉を得るために倒すのであれば、BSIの戦闘でなければ意味がないのだ。

 扉が開けられ住居の中に入ると、そこは住居の外観と同じく質素なものだった。生活に必要なものは揃ってはいるが、高級そうなものは全く見当たらない。リビングにもソファーなどは無く、円形のリビングに合わせた円形のラグに、丸い厚手のシートが幾つか置かれていた。

「靴を脱いでお入りください。適当に座って頂ければ…」

「邪魔をする」

 軽く頭を下げたノヴァルナは、靴を脱いでラグの上に上がる。足触りは良く、質素ではあるが、品質は注意深く選ばれているのが分かった。シートの一つに腰を下ろしたノヴァルナは、ササーラとランにも「おまえらも座らせてもらえ」と告げて座らせた。そこに上着を片付けたヴォクスデンもやって来る。

 ノヴァルナ達の体面に座って背筋を伸ばしたヴォクスデンが、「さて、今日はどのような御用で?」と尋ねると、ノヴァルナは彼らしい物言いで、単刀直入に言い放った。

「俺は、強くなりたい」

 ノヴァルナの“強くなりたい”という発言を聞いたヴォクスデンは、「ほう…」と声を漏らしながら真っ直ぐ、ノヴァルナを見据える。すると次の瞬間、穏やかな老人のそれであったヴォクスデンの双眸が、まるで猛禽類のようにギラりと輝く。その輝きの鋭さは、さしものノヴァルナもたじろぐほどであった。
 と当時に、一人の男を思い起こす。それはドゥ・ザン=サイドゥ。梟雄きょうゆうと恐れられ、“マムシのドゥ・ザン”と呼ばれた、かつてのミノネリラ宙域星大名である。

「強くなりたい…と仰せになる。それはどのように?」

 そう問い掛けるヴォクスデンの声は、重々しくはあるが詰問調ではない。一方のノヴァルナは、伝説のパイロットの鋭い眼光に射すくめられたように、躊躇いがちに告げた。

「テルーザ陛下と、もうちょいマシに戦えるぐらいに…」

 これを聞いて、傍らに控えるササーラとランが眼を見合わせる。自分達の主君の言葉が、いつになく弱気だったからだ。普段であれば、たとえ相手が伝説のBSIパイロットであろうが、「テルーザ陛下を、ブッとばせるぐらい!」とか、大見栄切って言い放つはずである。

“我等が思っている以上に、陛下に負けた事が堪えているんだわ…”

 ノヴァルナの横顔に視線を移して、ランはそう思った。態度こそ普段と変わらないが、やはりBSHOの模擬戦で“トランサー”と呼ばれるあの力を発動しても、手も足も出なかった事が相当ショックだったに違いない。だからこそ、カーズマルスがヴォクスデンの居場所を知っていると聞いて、居ても立っても居られなくなったのだろう。

「テルーザ陛下と戦われたのですか?」

 ヴォクスデンの問いに、ノヴァルナは無言で深く頷いた。そしてそのノヴァルナに対するヴォクスデンの回答はにべもない。

「無理ですな」

 この言いように、ササーラが「そっ!―――」と、何か言いながら腰を浮かす。おそらく抗議の言葉だろう。それをランはササーラの背中に手を遣って制止した。ノヴァルナの方はと言えば、そう言われると思っていた…という顔である。ヴォクスデンは構わず言葉を続けた。

「テルーザ陛下は私の教え子でも史上最強。私のもとを離れてもご研鑽を続けられた陛下は、今や天下無双にて、もはや私でも敵いますまい。その陛下と互角に戦えるのは…これも我が教え子の、キルバルター家がご当主のトールボルト様ぐらいでありましょうや」

 無言のままのノヴァルナ。すると老いた伝説のパイロットは、遠くを見る眼をして独り言ちるように言った。



「陛下はお強くなられた…強すぎるほどに。しかしそれが、陛下にとって仇となってしもうた………」





▶#13につづく
 
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