銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第15話:風雲児VS星帥皇

#18

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 翌朝、ノアが別の部屋を取ってノヴァルナと離れて滞在する事を知り、まず騒ぎだしたのは取り巻きの女性陣だった。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう。まだ結婚式も挙げてないのに、家庭内別居だよキーツ! ねぇ、どうする? どうしたらいいと思う!?」

 いつも通り朝の事務作業を始めたキノッサのところへ、ネイミアがとんで来て騒がしく意見を求める。しかしキノッサの反応は冷めたものだった。

「だからぁ、ほっときゃいいって言ってるっスよ。どうせそのうちケロッとして、またイチャつき始めるんスから」

「またそんなこと言って! そうならなかったら、どうするのよ!」

「大丈夫ですって。なんせあの二人は、“天下御免のバカップル”っスから」

 思わせぶりなキノッサの言い方に、ネイミアもつい本題を忘れて乗って来る。

「えっ、なにそれ?」

「ふっふふー。聞きたいッスかあ!?………」

 キノッサはそう言うと三年前、ノヴァルナとノアが戦場の真ん中でぶち上げた、婚約発表の話をネイミアに聞かせ始めた………



 そして当のノヴァルナのもとに直接押し掛けたのが、妹のフェアンとマリーナである。もっともマリーナの方は、フェアンに引きずられて来たようなもので、様子を見るとあまり関わりたくなさそうだった。ビシリと右腕を突き出し、ノヴァルナを指差したフェアンが強い口調で言い放つ。

兄様にいさま! ノア義姉様ねえさまに謝って!!」

 珍しく本気で怒っているフェアンに、出掛ける準備をしている最中のノヴァルナも、顔をしかめずにはいられない。

「なんだよ、いきなり」

「謝って!!」

「いやいやいや、だからなんで俺が、謝んなきゃなんねーんだよ!?」

「どうせ兄様が悪いんに、決まってるもん!!」

「はぁ!?」

 頭ごなしに言われて、ノヴァルナの口調も荒くなる。そんな妹を、後ろから進み出たマリーナが諫めた。

「イチ…。そんなふうに言っては、兄上も頑なにならざるを得ないでしょう」

 そしてノヴァルナに向き直って、マリーナは諭すように言う。

「兄上。事情は知りませんが、皆のためにも出来るだけお早く、義姉上あねうえと和解して頂かないと困ります」

 しかしこれも、今のノヴァルナには上手い言い方とは言えなかった。

「は? 他の連中が困るとか、そういう話じゃねーだろ!」

「いいえ、そういう話ですわ。兄上には星大名という、公人としての責任もあるのですから、一般市民のような―――」

「ああ。わかった、わかった!」

 大きく腕を振ってマリーナの言葉を遮るノヴァルナ。するとそこにドアがノックされ、有無を言わせない印象でカレンガミノ双子姉妹が入って来た。これにはさしものノヴァルナもたじろぐ。

「う…」

 何を言われるか、身構えるノヴァルナ。しかしカレンガミノ姉妹は抗議に来たのではなく、今日のノアの予定を告げに来たのだった。一方的に喋る姉のメイア。

「ノア姫様は今日は研究室へは向かわず。大学時代のご友人のソニア・ファフラ=マットグース様とお出かけになります。プライベートゆえ、緊急のご連絡のみ私どもがお受け致します。宜しくお願い致します」

 そして言うべき事を言い終えたカレンガミノ姉妹は、さっさと部屋を出ていく。あとに残されたノヴァルナ達は、気まずそうな表情で解散したのであった………



 
 ノアとの関係がさらにこじれて来たとは言え、マリーナが言った通り、ノヴァルナには公人としての立場がある。今日出掛ける準備をしていたのは、今回の皇都訪問を支援してくれた皇国貴族で、ノヴァルナの理解者ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナのもとを訪問するためだ。

 ゴーショ行政区の貴族居住区に建てられているゲイラの屋敷は、決して狭くはないが、周囲の貴族の屋敷に比べて質素な感じがする。“漫遊貴族”の異名があるように、ゲイラは銀河系の各宙域を旅して回る事が多いため、その出費のせいで日常の生活が、質素なものになっているのかも知れない。

「よくぞお越しくださいました。ノヴァルナ様」

 厳選された茶葉で淹れられた紅茶が用意された、ヤーシナ邸の応接室は過度な装飾を控え、主人の誠実な性格を滲ませる。

「すっかり遅くなり、申し訳ありません」

 ゲイラに対しては素の顔を見せるノヴァルナは、言葉遣いも丁寧だ。ノヴァルナの謝罪の言葉にゲイラは笑顔で返す。

「いえいえ、お気になさらず。その分、途中で立ち寄られた星系や、このキヨウで色々とご覧になられたと思いますので」

 ありがとうございます…と応じるノヴァルナに、ソファーへ背を沈めたゲイラは尋ねた。眼は細めているがその眼差しは真剣である。

「如何です?…ご自分の眼で見られて」

「………」

 少しの間を置いてから、ノヴァルナはここへ来るまでに体験した事を、順を追ってゲイラに述べた。アンソルヴァ星系の惑星ルシナスで、イースキー家の特殊部隊に襲撃されたのはノヴァルナ個人の問題だが、その次に訪れたミートック星系の惑星ガヌーバでは、温泉郷の地下に眠る金鉱脈を収奪しようとする、『アクレイド傭兵団』の暗躍。
 さらにその次に訪れたユジェンダルバ星系の惑星ザーランダでは、周辺の植民星系を恐怖政治で支配していた私兵集団、『ヴァンドルデン・フォース』との死闘。
 そしてここ、皇都惑星キヨウへ到着した途端の略奪集団との遭遇と、焼け焦げた都市部が広がるキヨウの地表。対するほぼ無傷のゴーショ行政区。異常なまでの強さを見せた、星帥皇テルーザと彼が操縦する『ライオウXX』―――

 それらを語り終えたあと、ノヴァルナは舌打ちでもしそうな口調で告げる。

「話には聞いてましたが…治安で言えば、互いに争い合っている我々星大名が支配する宙域国の方が、遥かにマシですね。ここは…腐ってる」

 ノヴァルナの感想に、ゲイラは「ふむ…」と軽く頷いた。
 
「星帥皇陛下は…お戦いになられて、如何でした?」

 ゲイラにそう尋ねられると、ノヴァルナは顔をしかめずにはいられない。

「ガツン!…とぶん殴ってヘコませといて、説教の一つもしてやろうと思ってたんですが…全く歯が立ちませんでした」

 ノヴァルナがBSHOでテルーザに命懸けの模擬戦を仕掛けたのは、テルーザを打ちのめし、略奪集団の討伐にばかり傾倒しているというテルーザに、皇国の内政を疎かにしている事に対して、説教の一つでもしてやろうと考えたからだ。ところがいざ戦ってみると、“トランサー”を発動させても完膚なきまでに叩かれ、返り討ちに遭ったのである。

「逆にお尋ねしますが、陛下のあの強さは何なのです?…単なる才能だけではないと、思うのですが」

 ノヴァルナの問い掛けにゲイラは「さよう―――」と肯定し、続けた。

「陛下はその才能を、ヴォクスデン=トゥ・カラーバ殿の指導もとで、最高点にまで高められたのです」

「ヴォクスデン=トゥ・カラーバ…」

 その名を聞いて目を見開くノヴァルナ。ヴォクスデン=トゥ・カラーバはフリーランスの伝説的BSIパイロットで、十九回の真剣勝負、三十七回の戦場、そして数百回の模擬戦闘の全てに勝利し、機体の損害は小破判定にもならない、超電磁ライフルのかすり傷が六回のみという、驚異的な記録を持っている。
 現在のヴォクスデンは高齢に差し掛かり、第一線を退いて、自分が真に才能を認めた者だけに操縦の指導を行っていると聞く。

「テルーザ陛下は十二歳からヴォクスデン殿に師事され、僅か十八歳で免許皆伝を頂戴されたのです」

「なるほど…敵わないワケだ」

 ノヴァルナがため息交じりに肩をすくめると、ゲイラは静かにティーカップを皿に置き、僅かに身を乗り出してノヴァルナを見据える。

「悔しく…思われますか?」とゲイラ。

「…そりゃあ、まあ。私もBSIパイロットの端くれですから」

「それが問題なのです」

「え?」

 眉をひそめるノヴァルナ。真顔で再び問うゲイラ。

「ノヴァルナ様。あなたという方はまず第一に、星大名という政治家ですか?…それともBSIパイロットですか?」

「それは無論、星大名ですが」

「でも戦いでは、BSIに乗って前線へ出ておられる…」

「毎回ではありません。それが最善手だと判断した時だけです」

 ノヴァルナの答えに納得顔で頷いたゲイラは、微笑みを浮かべて告げる。

「陛下に拝謁されたら、その思いをそのまま伝えて下さるが、いいでしょう」

「はぁ…」

 ゲイラの言葉の意味を考え、生返事をしながらノヴァルナはティーカップを口に運ぶ。すると不意にゲイラは話題を変え、「時にノア様はご息災ですか?」と尋ねてきたため、ノヴァルナは思わずむせ返ったのだった………




▶#19につづく
 
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