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第15話:風雲児VS星帥皇
#02
しおりを挟む同じ頃、皇都惑星中心部ゴーショ地区・ファルイテ緑地域―――
惑星のほぼ全土が都市化されたキヨウだが、それでも広大な緑地が幾つも存在していた。それは人間が生きていくうえで、今もなお自然が必要である事を、如実に示しているに他ならない。
このファルイテ緑地もそんな場所の一つであり、一辺が10キロメートルの正確な六角形に区割り整備された人工的なものとは言え、その内側には惑星キヨウの動植物が集められて、一部数箇所が公園として市民にも開放されていた。
そんな公園の一つに向かって反重力タクシーが走っている。タクシーの後部座席に座るのは、ノヴァルナの妹フェアン・イチ=ウォーダ。そしてその両側を、女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーに挟まれていた。
今日のフェアンはいつも以上にお洒落だ。
普段は赤白ピンクの庶民的な服を着ているイメージのフェアンだが、今日は濃淡二色に染め分けたすみれ色のワンピースに、白のチョーカー。亜麻色のセミロングの髪を、ポニーテールにしてローズピンクのリボンで纏め、ピアスとネックレスは金ではなく銀をチョイス。その代わり、ローヒールの色と合わせたオフホワイトの小振りなバッグには、ウォーダ家の家紋の『流星揚羽蝶』と結び付けた、揚羽蝶の金飾りが光っていた。
さすがに星大名家の姫らしい姿と言えるが、ただタクシー内での態度はいつものフェアン…いや、いつになく緊張気味のフェアンである。
「ね、ね、ね、やっぱりこのカッコ、変じゃない? 大丈夫かな?」
自分の衣服を見回して、両側に座るジュゼとキュエルに尋ねるフェアン。それに対し二人は、少々呆れ気味の苦笑いを浮かべて応じる。
「大丈夫ですよ、イチ姫様」
「そう何度もお訊きにならなくても、かわいいですって」
キュエルの言葉から、フェアンがここに来るまで何度も、自分の今日の服装の是非を尋ねているのが知れた。しかしどうしてもフェアンは気になるらしい。
「でもでもでもね…」
まだ言おうとするフェアンに可笑しくなったジュゼは、「あははっ!」と笑い声をあげて言い放った。
「もう! 私達まで、緊張するじゃありませんか!?」
「だってぇ…」
「大丈夫ですって。アーザイル様も絶対、イチコロですよ!」
「!………」
キュエルに些かはしたない物言いを交えて、これから自分が会おうとしている若者の名を出され、フェアンは頬を染めて下を向く。その初々しさに、デートの護衛役として同行しているジュゼとキュエルは、慈しみを覚えて眼を細めた。
反重力タクシーが停車したのは、公園前の広場の一角。惑星キヨウの自然史博物館の手前である。キュエルに続いてタクシーを降りたフェアンは、ジュゼが車内のモジュールパネルで支払いを済ませている間に、小走りに駆け出した。
「遅刻、ちこくー!」
「あっ、ひ…」
姫様と呼び掛けようとして口をつぐむキュエル。広場にはそれなりの人出があるため、往来で“姫様”呼びは控えるべきだと判断したからだ。代わりにジュゼに督促の言葉をかけた。
「急ぎなよ、ジュゼ!」
「わかってるって!」
ただ軽やかな足取りだったフェアンも、自然史博物館の門に近づくにつれ、足の運びに緊張を帯びて来る。自分を待ってくれている人の姿を、視界に捉えたからであった。
自分と同年代の銀髪の青年が、こちらに気付いて柔らかな笑顔を見せると、フェアンの胸の鼓動はおのずと高まる。暖かな陽光のもと、風がさあと木々の葉を揺らすと、フェアンは青年の前で立ち止まり、三年ぶりに直接声をかけた。
「ナ…ナギ。遅れてごめんね」
ぎこちない笑みで告げるフェアン。速足で追って来ていたジュゼとキュエルも、気を利かせて離れた位置で立ち止まってフェアンを見守る。
「大丈夫。久しぶり…フェアン」
オウ・ルミル=ノーザ宙域星大名家アーザイル家次期当主、ノヴァルナ以外で唯一フェアン・イチ=ウォーダを“フェアン”と呼ぶ事を許された、ナギ・マーサスも緊張気味で応じる。「うん」と笑顔で頷くフェアンだったが、すぐに二人とも違和感を感じて笑い声を漏らした。
「久しぶり、じゃないよね」とフェアン。
「そうだね。いつもメールしてるのに」とナギ。
とは言うものの、実際に会うのは三年ぶりのまだ二度目。そしてこのようなデートは初めての二人であるから、視線が合うとついどぎまぎとして言葉に詰まり、目を逸らそうとしてしまう。
その様子を、離れたところから見ていたジュゼとキュエルは、“なにやってんだか…”と、じれったそうに身じろぎした。
一方のナギにも護衛役の黒いスーツ姿の男が二人、その向こうの建物の側にさりげなく立っているが、こちらはプロらしく、フェアンとナギのもどかしいやり取りにも、なんの反応も見せてはいない。
「じ、じゃ…行こうか?」
躊躇いがちに促すナギの言葉にフェアンは「うん」と頷いて、二人はようやく自然史博物館の門をくぐる。
「なんだろうねぇ、あの健全さ」とキュエル。
ノヴァルナがスラム街で拾って来た『ホロウシュ』のジュゼとキュエルは、苦笑いしながら距離を置き、フェアンとナギの後を追い始めた。ジュゼも自嘲気味にそれに応じる。
「ほーんと。アタシなんて十三の時には、もう客をとってたってのにさ…」
するとキュエルも自嘲気味な笑顔で言い放った。
「勝ったね。あたしは十二さ」
フェアンとナギの出逢いは三年前の惑星サフローに遡る。ロッガ家の特殊部隊に襲われたフェアン達は、ロボット馬車でカーチェイスを演じたのだが、その際のトラブルでフェアンだけが、暴走を始めた馬車に取り残されたのである。
そして暴走馬車が人工湖に落下する寸前、命懸けでフェアンを助けたのが、偶然通りかかったナギだったのだ。そういった点で普段はとても温和な印象のナギも、星大名家の嫡男として充分な、勇気と覇気を秘めていた。
そんな二人はそれから三年、超空間メールのやり取りをずっと続けていたが、今回のキヨウ行きで、再び直接会う機会に恵まれたのだ。
そういう内面もあって、ほどなくナギはいつもの自分に戻り、フェアンも自分のペースを取り戻す。
「いいね、その服。よく似合ってるよ」
「えへへ。ありがと」
ナギの物言いには清涼感があり、誉め言葉にもいやらしさを感じさせない。褒められたフェアンも素直に喜びを表す。
天真爛漫で奔放そうな印象のフェアンだが、実際は頭の回転が速く、誠実な性格をしていた。『ヴァンドルデン・フォース』と戦う事になった、兄のノヴァルナに先行して惑星キヨウに到着したのだが、ノヴァルナからの無事戦いを終えたという連絡があるまで、ナギとの再会を待つのを常識と弁えて我慢していたのである。そしてその連絡を受けた今、フェアンの気持ちは晴れやかだ。
「ほら見てナギ。大昔にキヨウにいた生き物…恐竜だって」
そう言って展示場の中へ入ると、直径が二百メートルはある円形のドーム内に、所狭しと実物大の恐竜の模型が置かれている。「すごーい!」と声を上げて、中に入ろうとするフェアンは、半ば自然な形でナギの手を引いた。その当たり前さにナギは思わず顔を上気させる。そもそも浮ついた二人であれば、初めてのデートに自然史博物館のような施設には来ずに、繁華街に繰り出していた事だろう。
「僕のアーザイル家の領域にある惑星にも、確かこういった生き物が、今も棲んでる原始惑星があるよ」
「ほんとに!?」
ナギの言葉に振り返ったフェアンは、「行ってみたいな」と朗らかに言う。無論それが本気なのかは分からない。フェアンの奔放さが、思い付きを言の葉に乗せただけかもしれない。それでもナギは「よろこんで案内するよ」と応じた。そんなナギの真面目さがフェアンには、嬉しくもあり眩しくもあり、衝動的に笑い声が口をついて出る。
「ははははっ!」
一見すると脈絡なく笑ったようなフェアンに、ナギは“何が可笑しいのさ?”などと無粋な事は言わず、ただ笑顔を返した………
▶#03につづく
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