上 下
305 / 508
第15話:風雲児VS星帥皇

#02

しおりを挟む
 
 同じ頃、皇都惑星中心部ゴーショ地区・ファルイテ緑地域―――

 惑星のほぼ全土が都市化されたキヨウだが、それでも広大な緑地が幾つも存在していた。それは人間が生きていくうえで、今もなお自然が必要である事を、如実に示しているに他ならない。
 このファルイテ緑地もそんな場所の一つであり、一辺が10キロメートルの正確な六角形に区割り整備された人工的なものとは言え、その内側には惑星キヨウの動植物が集められて、一部数箇所が公園として市民にも開放されていた。

 そんな公園の一つに向かって反重力タクシーが走っている。タクシーの後部座席に座るのは、ノヴァルナの妹フェアン・イチ=ウォーダ。そしてその両側を、女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーに挟まれていた。

 今日のフェアンはいつも以上にお洒落だ。

 普段は赤白ピンクの庶民的な服を着ているイメージのフェアンだが、今日は濃淡二色に染め分けたすみれ色のワンピースに、白のチョーカー。亜麻色のセミロングの髪を、ポニーテールにしてローズピンクのリボンで纏め、ピアスとネックレスは金ではなく銀をチョイス。その代わり、ローヒールの色と合わせたオフホワイトの小振りなバッグには、ウォーダ家の家紋の『流星揚羽蝶』と結び付けた、揚羽蝶の金飾りが光っていた。

 さすがに星大名家の姫らしい姿と言えるが、ただタクシー内での態度はいつものフェアン…いや、いつになく緊張気味のフェアンである。

「ね、ね、ね、やっぱりこのカッコ、変じゃない? 大丈夫かな?」

 自分の衣服を見回して、両側に座るジュゼとキュエルに尋ねるフェアン。それに対し二人は、少々呆れ気味の苦笑いを浮かべて応じる。

「大丈夫ですよ、イチ姫様」

「そう何度もお訊きにならなくても、かわいいですって」

 キュエルの言葉から、フェアンがここに来るまで何度も、自分の今日の服装の是非を尋ねているのが知れた。しかしどうしてもフェアンは気になるらしい。

「でもでもでもね…」

 まだ言おうとするフェアンに可笑しくなったジュゼは、「あははっ!」と笑い声をあげて言い放った。

「もう! 私達まで、緊張するじゃありませんか!?」

「だってぇ…」

「大丈夫ですって。アーザイル様も絶対、イチコロですよ!」

「!………」

 キュエルに些かはしたない物言いを交えて、これから自分が会おうとしている若者の名を出され、フェアンは頬を染めて下を向く。その初々しさに、デートの護衛役として同行しているジュゼとキュエルは、慈しみを覚えて眼を細めた。
 
 反重力タクシーが停車したのは、公園前の広場の一角。惑星キヨウの自然史博物館の手前である。キュエルに続いてタクシーを降りたフェアンは、ジュゼが車内のモジュールパネルで支払いを済ませている間に、小走りに駆け出した。

「遅刻、ちこくー!」

「あっ、ひ…」

 姫様と呼び掛けようとして口をつぐむキュエル。広場にはそれなりの人出があるため、往来で“姫様”呼びは控えるべきだと判断したからだ。代わりにジュゼに督促の言葉をかけた。

「急ぎなよ、ジュゼ!」

「わかってるって!」

 ただ軽やかな足取りだったフェアンも、自然史博物館の門に近づくにつれ、足の運びに緊張を帯びて来る。自分を待ってくれている人の姿を、視界に捉えたからであった。
 自分と同年代の銀髪の青年が、こちらに気付いて柔らかな笑顔を見せると、フェアンの胸の鼓動はおのずと高まる。暖かな陽光のもと、風がさあと木々の葉を揺らすと、フェアンは青年の前で立ち止まり、三年ぶりに直接声をかけた。

「ナ…ナギ。遅れてごめんね」

 ぎこちない笑みで告げるフェアン。速足で追って来ていたジュゼとキュエルも、気を利かせて離れた位置で立ち止まってフェアンを見守る。

「大丈夫。久しぶり…フェアン」

 オウ・ルミル=ノーザ宙域星大名家アーザイル家次期当主、ノヴァルナ以外で唯一フェアン・イチ=ウォーダを“フェアン”と呼ぶ事を許された、ナギ・マーサスも緊張気味で応じる。「うん」と笑顔で頷くフェアンだったが、すぐに二人とも違和感を感じて笑い声を漏らした。

「久しぶり、じゃないよね」とフェアン。

「そうだね。いつもメールしてるのに」とナギ。

 とは言うものの、実際に会うのは三年ぶりのまだ二度目。そしてこのようなデートは初めての二人であるから、視線が合うとついどぎまぎとして言葉に詰まり、目を逸らそうとしてしまう。
 その様子を、離れたところから見ていたジュゼとキュエルは、“なにやってんだか…”と、じれったそうに身じろぎした。
 一方のナギにも護衛役の黒いスーツ姿の男が二人、その向こうの建物の側にさりげなく立っているが、こちらはプロらしく、フェアンとナギのもどかしいやり取りにも、なんの反応も見せてはいない。

「じ、じゃ…行こうか?」

 躊躇いがちに促すナギの言葉にフェアンは「うん」と頷いて、二人はようやく自然史博物館の門をくぐる。

「なんだろうねぇ、あの健全さ」とキュエル。

 ノヴァルナがスラム街で拾って来た『ホロウシュ』のジュゼとキュエルは、苦笑いしながら距離を置き、フェアンとナギの後を追い始めた。ジュゼも自嘲気味にそれに応じる。

「ほーんと。アタシなんて十三の時には、もう客をとってたってのにさ…」

 するとキュエルも自嘲気味な笑顔で言い放った。

「勝ったね。あたしは十二さ」
 
 フェアンとナギの出逢いは三年前の惑星サフローに遡る。ロッガ家の特殊部隊に襲われたフェアン達は、ロボット馬車でカーチェイスを演じたのだが、その際のトラブルでフェアンだけが、暴走を始めた馬車に取り残されたのである。
 そして暴走馬車が人工湖に落下する寸前、命懸けでフェアンを助けたのが、偶然通りかかったナギだったのだ。そういった点で普段はとても温和な印象のナギも、星大名家の嫡男として充分な、勇気と覇気を秘めていた。
 そんな二人はそれから三年、超空間メールのやり取りをずっと続けていたが、今回のキヨウ行きで、再び直接会う機会に恵まれたのだ。

 そういう内面もあって、ほどなくナギはいつもの自分に戻り、フェアンも自分のペースを取り戻す。

「いいね、その服。よく似合ってるよ」

「えへへ。ありがと」

 ナギの物言いには清涼感があり、誉め言葉にもいやらしさを感じさせない。褒められたフェアンも素直に喜びを表す。
 天真爛漫で奔放そうな印象のフェアンだが、実際は頭の回転が速く、誠実な性格をしていた。『ヴァンドルデン・フォース』と戦う事になった、兄のノヴァルナに先行して惑星キヨウに到着したのだが、ノヴァルナからの無事戦いを終えたという連絡があるまで、ナギとの再会を待つのを常識と弁えて我慢していたのである。そしてその連絡を受けた今、フェアンの気持ちは晴れやかだ。

「ほら見てナギ。大昔にキヨウにいた生き物…恐竜だって」

 そう言って展示場の中へ入ると、直径が二百メートルはある円形のドーム内に、所狭しと実物大の恐竜の模型が置かれている。「すごーい!」と声を上げて、中に入ろうとするフェアンは、半ば自然な形でナギの手を引いた。その当たり前さにナギは思わず顔を上気させる。そもそも浮ついた二人であれば、初めてのデートに自然史博物館のような施設には来ずに、繁華街に繰り出していた事だろう。

「僕のアーザイル家の領域にある惑星にも、確かこういった生き物が、今も棲んでる原始惑星があるよ」

「ほんとに!?」

 ナギの言葉に振り返ったフェアンは、「行ってみたいな」と朗らかに言う。無論それが本気なのかは分からない。フェアンの奔放さが、思い付きを言の葉に乗せただけかもしれない。それでもナギは「よろこんで案内するよ」と応じた。そんなナギの真面目さがフェアンには、嬉しくもあり眩しくもあり、衝動的に笑い声が口をついて出る。

「ははははっ!」

 一見すると脈絡なく笑ったようなフェアンに、ナギは“何が可笑しいのさ?”などと無粋な事は言わず、ただ笑顔を返した………




▶#03につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩
SF
時系列では「ジュ・トゥ・ヴ」のあと。 自分が、敵対していた筈の組織「SERAPH」の待たれていた党首だ、とイェ・ホゥから言われたG。 無論彼等の接触は上の知ることとなり、連絡員と同時に組織内の検察でもあるキムは裏切者の粛正を告げる。 Gは果たして何処をどうさまよい、最後に何を選択するのか。 未来史ものの「反帝国組織MM」シリーズの最終話。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

星屑のリング/わたしの海

星歩人
SF
「星屑のリング」の第二部です。 「星屑のリング/リングの導き」のサブヒロイン、カレン・バッカスの物語です。 時系列としては「星屑のリング/リングの導き」の数年前になります。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

書き出しと最後の一行だけで成る小説

音無威人
現代文学
最初の一行と最後の一行だけで成る実験小説。内容は冒頭とラストの二行のみ。その間の物語は読者の想像に委ねる。君の想像力を駆使して読んでくれ! 毎日更新中。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

Wild in Blood~episode dawning~

まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...