銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第15話:風雲児VS星帥皇

#01

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 『ヴァンドルデン・フォース』との戦いに終止符が打たれて三日後、ノヴァルナは本来の目的地キヨウを目指して惑星ザーランダを離れた。

 戦いに良いも悪いも無いと言えばそうなのだが、勝利したノヴァルナ側も、今回は何とも言えぬ後味の悪い戦いであった。
 敵戦艦と撃ち合いを演じた『クォルガルード』は28名の戦死者を出し、『クーギス党』は駆逐艦2隻が大破。海賊船2隻、ASGUL6機、攻撃艇4機を喪失と116名の戦死者。そして、ザーランダ住民からの志願兵で運用した軽巡航艦は、3隻中2隻が完全破壊され、残る一隻も中破判定で、およそ四百名の志願兵は89名が生き残っただけである。

 一方の『ヴァンドルデン・フォース』は全艦を喪失。これは司令官ラフ・ザスの旗艦『ゴルワン』が自爆したあと、残った艦も後を追って自爆したためだ。その結果、千人規模はいたはずの彼等の中で、生存者は宇宙服を着用していて、それが破損する事無く、艦や機体の外に放り出された僅か56名。艦艇の自爆と生存者の数の少なさは、ノヴァルナの家臣達を暗澹たる気持ちにさせるに充分だった。

 そしてそんな気持ちを増幅させたのは、惑星ザーランダの住民達の反応である。『ゴルワン』の集束延伸艦砲射撃が、大気を叩いた際に起きた猛烈な稲妻の嵐で、地上施設に居た住民に、惑星規模で数百名の死傷者が出た事。さらになによりそれ以上、志願兵で運用していた三隻の軽巡航艦が出した、死者の数が気に入らなかったらしい。彼等は皆ザーランダの将来を背負う、若者ばかりだったからだ。

 このような住民の反応は、ザーランダの臨時行政府にも予想外であったようだ。勝利したノヴァルナ達を救国の英雄として、惑星総出で迎えるつもりだった行政委員の一人で、ネイミアの父のハルート=マルストスは、文字通り鬼のような形相で激怒する『ホロウシュ』のササーラを傍らに、今にも泣き出しそうな顔で他の行政委員と共に、可哀想なほどに何度もノヴァルナに頭を下げて謝罪した。

 ところが当のノヴァルナは、あっけらかんとしたものだ。

「ま。分からなくも、ねーわな」

 そう応じると、さらりと告げる。

「じゃ。俺達行くとこあっから、明後日には出発するわ。補給よろしくゥ」

 それだけ告げて席を立つと、「あ…あの…」と戸惑うハルートをよそに、執務室を後にした。無論ノヴァルナとて人の子であるから、身勝手なザーランダの住民に腹も立つし激昂もしたい。しかし執務室に入って来たハルート達を見るなり、先に言いたい事を全部吐き出したササーラのせいで、“もういいや”という気になってしまった。
 そして執務室を出たのは、今度はランが、何かを言いたそうにしていたのを眼にしたためである。普段、口数が多い方ではないランであるから、発する言葉はむしろササーラより辛辣になるの確実で、その言葉の毒気でハルート達が、精神的に死んでしまうのではないかと懸念したのだ。
 
 それにノヴァルナが今一つ、ザーランダの住民達への不満を募らせなかったのには、やはりラフ・ザス達『ヴァンドルデン・フォース』の、戦国の世に対する想いが重くのしかかっていたからだ。

 英雄譚ばかりが語られる今の戦国の世…銀河皇国のたみは、自分達も戦火に巻かれる危険性の中に身を置きながらも、どこかで非現実なものとして、そんな英雄譚を娯楽の一部のように捉えている。
 そしてそれは実際、星大名であるノヴァルナ自身も感じるところであった。名誉や誇り、権威や権力のために己が身を燃やす者が、如何に多い事か…
 そんな自分達や銀河皇国そのものに、戦争の本質―――狂気と不条理を思い出させようとしたのが、『ヴァンドルデン・フォース』だったのではないか…とノヴァルナには思えるのだ。
 無論、彼等がこれまで行って来た非道を、銀河皇国の新秩序のためだと認める事は出来ない。しかしラフ・ザスが自ら求めた狂気に触れた事で、ノヴァルナにはこれまでのもやもやとしたものが、形になろうとしているように思えた。



“ノアに会って、話がしてーな………”



 ノヴァルナが早々にザーランダを離れた真意の一つがこれである。先行して皇都惑星キヨウへ向かった婚約者のノアと早く再会し、『ヴァンドルデン・フォース』と戦って感じたこの想いや、これからの事を思う存分話し合いたい…それがノヴァルナの今の偽らざる気持ちだった。

 専用艦『クォルガルード』の執務室で椅子に座りながら、珍しく真剣な眼差しでノアの事を考えているノヴァルナに、紅茶と手作りのクッキーを持って来たネイミアが、恐る恐る尋ねる。

「あの…ノヴァルナ様。まだご機嫌斜めですか?」

 惑星ザーランダでノヴァルナの家臣となったネイミアは、住民達の冷淡な反応にひどく腹を立て、そのままノヴァルナの旅に同行したいと申し出たのだ。自分が苦労して星々を巡り、ようやく探し出した救国の英雄の対するぞんざいな扱いに、我慢がならなかったのである。

 ただネイミアの今の物言いに、同じ執務室の一画で書類データの整理を手伝っていたキノッサは眉をひそめた。身も蓋もない彼女の言い方では、ノヴァルナの不興を買うように思ったからだ。ところがノヴァルナは怒りもせず「んー?…そんな事もねーぜぇ…」と、どこか惚けたような声で応じた。

 その口調でキノッサは、自分の主君が婚約者の事を考えていて、頭が一杯だった事を見抜く。少々…いや、結構下衆な想像付きではあるが。

“なーんだ、ノア姫の柔肌待ちッスか…”

 ところがその直後、うっかりネイミアが口を滑らせた事で、キノッサは一瞬で窮地に追いやられた。
 
「…なら、安心しました。ノヴァルナ様、聞いていたよりずっと、優しいお方たったんですね」

 そう言って胸を撫で下ろす感のあるネイミアに、ノアの事から我に返ったノヴァルナは、執務机の上に展開した書類ホログラムの、フォルダを開いて問い質す。

「ん?…なんの話だ?」

 ノアの事を頭に思い描いていたため、いつになく穏やかな口調のノヴァルナに、ネイミアもついつられて、余計な事を口にしてしまった。惑星ガヌーバの温泉郷で初めてノヴァルナ達に逢った際、本人である事を知らないまま、キノッサにウォーダ家の殿様がどんな人か尋ねた時の話だ。

「いえ、キーツが前にノヴァルナ様の事を、お調子者とか面倒臭いとか、意地悪な人だとか、いろいろ―――」

 そこまで言って失言に気付くネイミアだが、後の祭りである。

「あ!」と口元を手の先で隠すネイミア。

「あっ…」と顔を引き攣らせるキノッサ。

「あぁ!?」と目尻を吊り上げるノヴァルナ。

「てめ、俺のいねーところで、いい度胸じゃねーか。サル…」

 攻撃的な薄ら笑いを浮かべ、ノヴァルナはゆっくりと椅子から立ち上がった。それに合わせ、キノッサも後ずさり気味にゆっくり席を立ちかける。その様子はまるで獰猛な動物に遭遇した時の動きだ。

「ま、まぁ…まずは落ち着きましょうよ、ノヴァルナ達」

「落ち着けだぁ?…」

「そうッスよ。物事にはなんでも理由があるッス。それを今、事細かく…丁寧に…着実に…順を追って…理論的に説明させて頂くッスから…」

 右手を突き出して言葉を並べながら、キノッサはこの状況をどう切り抜けるか、必死に頭を回転させていた。すると渡りに船、机のインターコムが軽やかな呼び出し音を鳴らす。タタッ!…と駆け寄って応答したのはネイミアだ。そして用件を聞くと、キノッサを捕まえて、強めのヘッドロックに入っていたノヴァルナに対し大きな声で告げる。

「ノヴァルナ様。『クーギス党』のモルタナ様が、お見えになりました!」

 それを聞いてノヴァルナは「チッ!…」と舌打ちし、「イテテテテテ…」と言いながら腕をタップして来るキノッサを、床に放り出してネイミアに命じた。

「おう。通せ」

 着ている軍装の乱れを直しながら、ノヴァルナは自分の机の所へ戻った。それにタイミングを合わせたように執務室のドアがノックされ、馴染みのモルタナが二人の部下の男を引き連れて「邪魔するよ」と入って来る。現在の『クォルガルード』と『クーギス党』部隊は、惑星ザーランダのあるユジェンダルバ星系最外縁部に到達し、皇都惑星キヨウ方面への超空間転移航行を開始するところだ。
 
 『ヴァンドルデン・フォース』との戦いを終え、戦後処理を慌ただしく済ましてザーランダを離れたノヴァルナは、ここまでモルタナと直接会って、じっくりと話をする時間が取れなかったのだ。

 モルタナはわがもの顔で、二人の部下と共に、部屋の中央のソファーに腰を下ろした。海賊らしく振舞っているという事なのだろう。ただ今日はいつもの露出度の高い着衣にの上に、目立たないオリーブ色のローブを着ていた。
 こっち来いと手招きするモルタナに、ノヴァルナは、やれやれ…といった表情をして片手で頭を掻きながら歩み寄ると、モルタナ達の反対側に座る。同じ部屋の中にはランとササーラもいるが、二人にモルタナの無作法を咎める様子は無い。

「ったく、ねーさんには敵わねーな…」

 いつもと変わらない態度は、モルタナの方が一枚上手なのかもしれない。家族意識の強い『クーギス党』は、今回の戦いで114名の戦死者を出しており、その悲しみようがどのようなものかは、以前の共闘でノヴァルナも良く知っている。それを早々に、いつもの陽気さを取り戻して…いや、そのように装っている気丈さは、内心では弱い部分もあるモルタナも、この二年で成長した証だった。

「で? 話の前にコーヒーと紅茶。どっちがいい?」

 ノヴァルナがそう尋ねると、注文取りのウェイトレス宜しく、ネイミアがすかさず傍らにやって来る。ところがモルタナはノヴァルナの言葉に、お株を奪うような不敵な笑みをニヤリと浮かべ、「ジャジャーーン!!」と大きな声を上げた。そしてローブの中から取り出した両腕には、手指の間に挟んだウイスキーのボトルが、四本も光っている。

「げげ!」

 真顔で顔を引き攣らせ、ソファーの背もたれに背中を押し付けるノヴァルナ。アルコールがからきし駄目なこの若者からすれば、真顔にならざるを得ない。モルタナが普段身に着けていないようなローブを着ていたのは、このボトルを隠すためであったのだ。しかも二人の部下もそれぞれ四本のウイスキーを隠しており、全部で十二本ものボトルが登場した。

「あんた。グラスと氷、水割りのセット、用意しな!」

 完全にこの場を仕切る空気を身に纏っているモルタナに、ピシャリと言われて、ネイミアは思わず「はいっ!」と背筋を伸ばして返答し、小走りに駆けて行く。

「いやいやいやいや。ちょ待てや、ねーさん!…俺ぁ―――」

 翻意を促そうとするノヴァルナだが、モルタナは不意に真剣な眼差しとなって、ノヴァルナにきっぱりと言い放つ。

「ウチの死んだ連中の弔い酒だよ。付き合えない、なんて言ったら…あんたを一生恨むからね!」

「!………」

 そう言われてしまっては、拒否できないノヴァルナだった。そしてモルタナはさらに続ける。

「ヴァンドルデンの連中と戦う前に、あたいの部下と飲んでた時さ…みんなが言ったんだ。“お嬢。キオ・スーの若殿様をもっと飲めるように鍛えて、俺らと飲み明かせるぐらいにしてやってくだせぇ”ってね―――」

 それを聞いてノヴァルナが心を動かさないはずはない。おそらくその発言をした者は、すでにこの世にいないのだろう…こちらも真顔になったノヴァルナは、「わかったぜ…」と応じた。





▶#02につづく
 
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