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第14話:死線を超える風雲児
#13
しおりを挟むノヴァルナの高笑いを通信回線を通して聞いた、ラン・マリュウ=フォレスタの脳裏に、植民惑星キイラでのあの日が蘇る―――
赤い夕陽の照らす下、立ちすくんで動かないノヴァルナの『センクウNX』…その先には、死屍累々と横たわる大地…赤ん坊を抱えたまま焼け死んだ母親の、息絶えてなお見開いた眼が、自分に語り掛けていた―――
“これはみんな、あなた達のせいよ………”
とその時、母子の焼死体が動き出した。無論、生き返ったわけではない。その下の地面の中に潜んでいた、イマーガラ軍の陸戦仕様BSI『トリュウ』の部隊が、ノヴァルナを捕らえるために行動を開始したのである。当時の『ホロウシュ』の一人が叫ぶ。
「若を守れ!!」
そしておよそ三十分後―――
廃墟と化した中央行政府に身を隠すノヴァルナの『センクウNX』と、それを守る自分達。周囲には四十機以上の敵BSI。しかし、もう自分も…マーディンも…ササーラも…カージェスも…機体の損傷が激しく、まともに動ける者はいない。超電磁ライフルの弾は尽き、酷使したポジトロンパイクは出力が落ちて、切れ味もかなり落ちている。
そして自分達には、もはや味方はいない。
筆頭のレガ・サモン=アログルをはじめ、自分達四人以外の『ホロウシュ』は全て、すでにこの世に存在しておらず、全員が最後の一撃で敵の一機と刺し違えるという、壮絶な死を迎えていた。
“ここまでか………”
そう思って操縦桿を握り締める、自分のヘルメットに、マーディンか「みんな、分かってるな…」通信が入る。覚悟を決めろ、という意味だ。そんなもの、若君の護衛役に任命された時から、とうに出来ている。だが「無論だ」と応答した直後の事だ。ここまでまるで心を失ったような状況だった若君が…ノヴァルナ様が突然、大きく笑った。
「アッハハハハハ!!!!」
割れんばかりの大声で笑い声を上げたノヴァルナ様は、『センクウNX』を瞬時に加速。自分達が引き留める暇も無く、敵機の群れの中へ飛び込んでいった。その後のノヴァルナ様が見せた、鬼神のような戦いには、恐怖すら覚えたものだった。
敵の『トリュウ』が自ら、ノヴァルナ様の振るうパイクの軌道に、斬撃を浴びるために機体を差し出すように…突き出した銃口の射線に、機体を貫かれるように…次々と撃破されていく。
その時と同じ笑いで、ノヴァルナは『センクウNX』の機体を翻し、ポジトロンパイクを構えてドフの『リュウガDC』へ挑みかかって行った。
ポジトロンパイクを手に、吶喊して来る『センクウNX』に対し、ドフもポジトロンランスの二股の穂先を輝かせて、受けて立つ。
「シャシャシャシャシャーーー!!!!」
間合いを詰めて来たノヴァルナに、ドフが先に仕掛けた。繰り出すのは、先ほどノヴァルナを防戦一方に陥れた、ポジトロンランスの素早い連続突きだ。ところが今度は勝手が違う。『センクウNX』はドフの連続突きを、パイクで受けるのではなく、全て回避だけで躱したのである。それはドフの視覚では、まるで『センクウNX』が分身したかのように見えた。コクピットのノヴァルナが、すぅ…と静かに息を吸い込む。その目は驚くほどに冷静だ。
そして次の瞬間、その分身したように見える『センクウNX』が、一斉にポジトロンパイクの斬撃を放った。しかもその速度はドフの連続突きを上回っている。
「むがァッ!!!!」
逆に自分が防戦一方となったドフは、獣のような声を上げた。防ぎきれない斬撃が、『リュウガDC』の外部装甲板を複数個所、切り裂いてゆく。これも先ほどとは全く逆の展開だ。すると、深く斬り込んだ『センクウNX』の一撃が、『リュウガDC』の胸元の装甲板を引き裂いて、内部機構にダメージを及ぼした。コクピット上部に爆発が発生し、ドフのヘルメットの前面を吹き飛ばす。シートに背中を叩きつけられたドフは、怒声交じりに叫んだ。
「ごぉおッッ!!!!」
これにはドフもたまらず、ノヴァルナの連撃を、力任せのポジトロンランスの一振りで、ひとまとめに打ち払った。そこで両者は次の一手が相討ちとなる事を感じ取って、ピタリと動きを止めて対峙する。
「バハ…バハ…バハ…」
割れたヘルメット前面の破片で、傷だらけの血まみれ顔となったドフ。しかし肩で息をしながらも、表情には歪んだ愉悦の表情がある。その直後、ドフは胸を反らして大きな笑い声を上げた。
「バァッハ!…バァッハハハハハハ!!!!」
「………」
無言で『リュウガDC』を見据えるノヴァルナ。ドフは構わず、一人勝手に喋り始める。
「素晴らしい、素晴らしいでありますな、ノヴァルナ様!! まさかご貴殿も、“あの力”をお持ちとは!?」
「“あの力”…だと?」とノヴァルナ。
「さよう…ウェルズーギ家のケイン・ディン殿。タ・クェルダ家のシーゲン殿をはじめとする、当代一流のBSI戦士のみが至る事の出来る境地。BSHOの深々度サイバーリンクと完全に融合出来る才を持つ、“トランサー”の力であります!」
「“トランサー”?…これが?」
ノヴァルナも“トランサー”という言葉は耳にした事はあった。ただそれは銀河皇国を統べる星帥皇や高位貴族など、銀河皇国に張り巡らされた、NNL(ニューロネットライン)の最深部までサイバーリンクし、NNLを制御する能力を持つ者を示す言葉としてである。
次の瞬間、ドフの機体が超電磁ライフルを放った。だがノヴァルナは半ば無意識のうちに、すでに宇宙空間で『センクウNX』を横滑りさせており、ドフの銃弾は虚空を通過しただけである。
「今のそれが!―――」
どこか嬉しそうな声で告げながら、ドフは第二弾、第三弾を放つが、『センクウNX』はその悉くを回避する。
「それが戦闘における“トランサー”の能力! ノヴァルナ様のサイバーリンクは今、NNLを通してこのわたくしの乗る『リュウガDC』の、照準システムにまで達しているのであります!」
そう言ってドフは急加速し、ポジトロンランスの連続突きを繰り出す。しかし当初はノヴァルナを苦しめたこの技も、今の『センクウNX』には掠りもしない。逆に隙を突いて降り抜いた、『センクウNX』のポジトロンパイクの斬撃が、『リュウガDC』の右のショルダーアーマーを割り砕いた。技が通用しないというのに笑うドフ。
「バッハハハハ!」
機体を一旦後退させたドフは、血まみれの顔を拭おうともせず、両手でガシリ…と操縦桿を握り直した。
「さて、解説はここまで。“トランサー”についてさらに知りたければ、わたくしめを斃してからにして頂きましょう。無論、それができればの話ですが―――」
ノヴァルナは通信機の向こうで、ドフの気配―――殺気が変わったのを感じ、警戒感を高める。
「なぜならば―――」
ドフの笑顔が禍々しさを増したその時、“四つ目の虎”の異名を持つ『リュウガDC』の、四つのセンサーアイの帯びる緑の光が赤色に変化して鋭く輝いた。
「わたくしめも、“トランサー”だからであります!!!!」
ノヴァルナの眼前から『リュウガDC』の姿が消え去る。だが近接警戒センサーは警告音を発したままだ。危険を察知したノヴァルナは、機体を翻しながら急発進する。
背後に衝撃!―――
飛び散る破片!―――
一瞬で後背を取った『リュウガDC』の放った突きが、バックパックの上部を貫いたのだ。咄嗟に回避行動に入らなければ、危うく心臓部の小型対消滅反応炉が破壊されるところであった。そして再び始まるドフの大笑い。
「バァッハハハハハハ!!!!」
▶#14につづく
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