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第14話:死線を超える風雲児
#11
しおりを挟むラフ・ザスを惑わしているのは、まずやはり、ノヴァルナの直卒戦力が、自分の座乗艦だけだとは思えないという事であった。
星大名自身が中立宙域のこの辺りまで出張って来る以上、一定数の艦を引き攣れているはずだという考えが、ラフ・ザスの思考の根幹となっているのだが、これをもって固定観念に囚われていると批判するのは、酷と言うものである。
ノヴァルナは、さも自分が惑星ザーランダの住民からの依頼で、『ヴァンドルデン・フォース』の討伐にやって来たような物言いをしているが、そもそもは皇都惑星キヨウへ向かう旅の途中で、勝手に首を突っ込んで来たようなものであるから、艦隊など引き連れているはずがない。最初から無いものを有ると思うから、思考が誤った方向へ向かうのだ。
そしてノヴァルナも口では“意味などない”、“理由は向こうが勝手に考える”などとうそぶいてはいるものの、実際は開戦直前になって、初めて自分の存在を明かし、『クーギス党』のみとの戦闘を想定していたラフ・ザスに、戦術の急遽変更を強いた。こういった場合、人は慎重になり、状況を実際より悪く見積もる事が多い。用心深いラフ・ザスであればなおさらで、戦術の常套である『クーギス党』艦隊を囮にした、キオ・スー=ウォーダ艦隊との挟撃を常に意識するようになったのである。
まだ二十歳の若者のノヴァルナだが、周辺宙域国だけでなく家中にも敵対者が存在し、それらを相手にずっとしのぎを削って来た。それゆえに心理誘導の術にも、長けていると言える。
「攻撃艇部隊を、あの別働駆逐隊へ差し向けて排除させよ」
旗艦『ゴルワン』に座乗するラフ・ザスは、キノッサが遠隔操作する五隻の駆逐艦に対する攻撃を命じた。「必要がありますか?」と尋ねる参謀に頷いて応じる。
「あの五隻はおそらく、この『ゴルワン』を直接狙う“刺客”だ」
「刺客ですか」
「うむ。これは推測だが、ノヴァルナ殿が率いて来た艦隊は、私が想定した以上に少ないのではないか…と思ってな。考えてみればここはオ・ワーリ宙域から遠い、基幹艦隊のような何十隻もの艦が移動して来れば、騒ぎになってこの辺りにも情報が届くはずだ。となれば、キオ・スー艦隊は我々と同程度かそれ以下。この『ゴルワン』を撃破するには、戦力的にあとひと押しが足りず、それをあの五隻に求めた可能性が高いように思うのだ」
恐ろしいもので、ラフ・ザスの推測は誤っていながら筋が通ている。司令官の誤判断に、参謀達も「なるほど」と同意して、駆逐艦五隻に対する攻撃を命じた。即座に、『クーギス党』の海賊船とせめぎ合っていた『ヴァンドルデン・フォース』の攻撃艇の一部が、キノッサの操る駆逐艦五隻に向かい始める。
「キーツ。赤い光の点滅! こっちへ向かって来るよ!」
シャトルの副操縦士席に座るネイミアが、接敵警戒センサーのホログラム画面を見詰め、緊張した声で告げる。無論キノッサもそれに気付いており、操縦桿を握り直してネイミアに応じた。
「ネイ。しっかり掴まっているッスよ」
キノッサは、接近して来る敵の攻撃艇部隊から五隻の駆逐艦を遠ざけながら、艦の間隔を詰め、各駆逐艦のCIWS(近接迎撃兵器システム)を起動させた。遠隔操作と自動航行しか出来ない無人駆逐艦であるから、対艦戦闘のような複雑な行動は不可能だが、至近距離まで近付いて来る小型艇に対し、迎撃用のビーム砲を撃つ程度の事は出来る。
そして先に動いたのは、キノッサのシャトルを護衛していたASGULである。六機いる『クーギス党』のASGULの中から、『ホロウシュ』のヴェール=イーテスとセゾ=イーテスの兄弟が操縦する二機が、スロットルを全開して飛び出す。
「『クーギス党』さんは、シャトルを頼む!」
兄のヴェールがそう告げ、弟のセゾがキノッサに通信を入れる。この二人は惑星ガヌーバの温泉郷での“女湯覗き作戦”以来、意気投合している様子だった。
「キノッサ! おまえはシャトルと駆逐艦の操作に集中しろ。全部は防げねぇからな。敵に駆逐艦が無人だと、見抜かれんじゃねぇぞ!」
その言葉に励まされ、キノッサは陽気な声で応じる。
「お任せあれッス!」
敵の攻撃艇は皇国軍の標準タイプ『GT-44ボーファ』が十機。『ヴァンドルデン・フォース』の二隻の重巡航艦が搭載していた部隊だ。これでラフ・ザスらは手持ちの戦力を全て投入した事になる。
「―――て事は、ここを踏ん張れば、どうにかなるって事だ、セゾ!」
戦況を正しく理解している、兄の言葉にセゾも応えた。
「わかってるって、兄貴!」
二人は接近して来る十機の攻撃艇の目前で、揃って九十度ターンをかけ、旋回式ビーム砲を連射する。ノア姫の警護役を務める一卵性双生児の、カレンガミノ姉妹ほどではないが、それでも兄弟らしい息の合った動きだった。
だが敵も大きく散開して、イーテス兄弟からの猛射を回避する。二機…最低でも一機は仕留められると踏んでいた兄弟は、同時に眉間に皺を寄せた。さらに敵のうち三機は、まるで水の上を走るジェットバイクのように、宇宙空間で横滑りのターンをかけながら、こちらも旋回式ビーム砲で反撃して来る。
「くそっ! コイツら、腕がいい!」
「油断すんな。こっちはいつもの、『シデン』じゃねぇんだ!」
敵は攻撃艇乗りであっても、相当に手強そうだった。『ヴァンドルデン・フォース』が、ただの略奪集団ではない事の証だ。加えてイーテス兄弟の機体は、専用カスタマイズ機の『シデンSC』ではない。
「ここは技量勝負…ってワケか」
口元を引き締めたイーテス兄弟は、敵の攻撃艇部隊との激しいドッグファイトへ突入して行った………
▶#12につづく
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