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第12話:風雲児あばれ旅
#12
しおりを挟むハノーヴァという名の初老の男は再びアルーマ峡谷を一望して目を細め、ノヴァルナに親しげに語りかけた。
「風光明媚な場所ですな。時にはこういった場所に降りるのもいい…」
「あんたらが余計な真似しなきゃ、あちこち壊れる事無く、もっと風光明媚だったんだがなぁ」
不敵な笑みで、皮肉たっぷりに言い放つノヴァルナ。だがハノーヴァは動じる事無く、「ハッハッハ…」と乾いた笑い声を漏らす。
「で?…その評議会議員さんが、何の用だ?」とノヴァルナ。
「この度の不始末のお詫びと、レバントンらの引き取りに」
「………」
ふん…と鼻を鳴らすノヴァルナ。口調こそ丁重だが、ハノーヴァが言っている事は要は脅迫だ。衛星軌道上に小艦隊、上空に巨大戦艦、隣接する駐車場には陸上部隊と武装シャトル。ノヴァルナ達に逃げ場はない状況である。だがノヴァルナは怯まない。腕組みをしてハノーヴァに問い質す。
「いやだと言ったら?」
ハノーヴァはノヴァルナの問いに、僅かに笑みを浮かべた。
「なるほど。今のご自分の置かれた状況をご理解された上で、それでもなお強気な姿勢は崩されない…噂の通りの御方ですな」
「おかげさんで、いつもギリギリだがな」
お互いに穏やかな顔で言葉を交わすノヴァルナとハノーヴァだが、二人の周囲の空気には、ピリピリと張り詰めたものが流れている。ノヴァルナに寄り添うノアも、口を真一文字にしてハノーヴァを見据えていた。
「ふむ。私共としても、必要以上に事を荒げたくはありません。ここは一つ、こちらからご提案をさせて頂きましょう」
「提案だと…?」
「はい。今後『アクレイド傭兵団』は、このアルーマ峡谷にいっさい、手を出す事は致しません」
「いいのかよ? BSIで襲って来るとか無茶な手使ってまで、この峡谷の金鉱が欲しかったんだろ?」
ノヴァルナがそう言うと、ハノーヴァはあっさりとした口調で返す。
「下層部隊が行っている案件ですので、全く問題ありません。それにこの計画は本来、温泉郷の旅館経営者の方々に説得に説得を重ねて、ご了解を頂いた上で土地を買収するものだったはず。それを勝手に強引な手口に差し替えたのは、こちらのレバントンがいる部署。このような結果を招いたのは、彼等の責任であります」
「彼等の責任?…自分達には責任がねぇって言いたいのか?」
ノヴァルナの追及にも、ハノーヴァは軽く頷いて平然と告げた。
「我々は一般的な組織と違いまして、上層部と下層部は全くの別…それ以上は申せませんが、今回、私がここへ出向いたのも特例、というわけです」
「特例とはまた、ご大層な話だな」
「彼等の戦っていたのがノヴァルナ様と判明し、その情報を得た私が、今回の件を収拾すべく参った次第にございます」
「なぜだ?」
「私共『アクレイド傭兵団』は戦闘を生業にするもの。契約者もなしに戦闘する事はございません。無論、自己防衛となれば話は別ですが、今回の件はまともな交渉を行わなかった、レバントンらに落ち度がありますれば、自己防衛には該当せず。問題がこじれる前に撤収させて頂くべきと…」
「ふーん…」
ハノーヴァの言葉にはまだ裏があるような気がして、ノヴァルナは曖昧な返事をする。掴みどころのない人物だが、それゆえに警戒が必要に感じられた。
「お詫びとしまして、被害が出た旅館様には、『アクレイド傭兵団』最高評議会がその修理と補償をさせて頂きます。市長と惑星警察上層部も人事を一新させ、私共とは無関係な者を任じるように手配しましょう。さらにお望みでしたら、ノヴァルナ様のキオ・スー=ウォーダ家にも、何らかの補償を―――」
「最後のはいらねー」
ハノーヴァが全てを言い終える前に、ノヴァルナはキオ・スー家への補償の部分を断る。僅かに目を見開いたハノーヴァは、一度ノアを振り向いてから、穏やかな口調で尋ねた。
「ノヴァルナ様には二年前にも、そちらのノア様の件で、ご迷惑をお掛けしております。その分の補償も合わせてという事で―――」
「それもいらねー。それよりこの温泉郷の旅館への補償に、客足を呼び戻す宣伝活動と、移転しちまった旅館が戻る事を希望した場合は、その面倒を見る…コイツを追加だ」
つまりは『アクレイド傭兵団』最高評議会に、アルーマ峡谷温泉郷の後ろ盾になれ…というノヴァルナの大胆な要求である。
「随分と割高なご要求ですな?」
ハノーヴァが微かな苦笑いと共に言うと、ノヴァルナは胸を張った。
「ウチへの補償額を温泉郷に回すなら、それぐらいで釣り合うってもんさ」
それに対しハノーヴァは、少し間を置いて軽く息をつき、頷く。
「ご自分の価値に、自信がお有りになるのは良い事です…わかりました。それで手を打つ事にしましょう」
そこでノヴァルナは少し鎌をかけてみた。
「ついでにあんたらの事を、詳しく教えてくれ…と言ったら?」
その言葉を聞いたハノーヴァは目を細めたものの、眼光は鋭い。
「それはお断り致しましょう」
どうせそんな事だろうとノヴァルナは思った。現実的に言えば、自分達は完全包囲の状態で、このハノーヴァという人物の、許容範囲に収まるものを選択するしかないのだ。であるなら引き際が肝心となる。
「オーケー。話は以上だ」
やがてハノーヴァはレバントンらをシャトルに収容し、アルーマ峡谷を飛び立って行った。
ノヴァルナのもとへは『クォルガルード』から、『アクレイド傭兵団』の小艦隊が、砲撃で漂流していた月の中継基地から人員を収容。一旦は降伏していた大型輸送船を連れて離脱を始めた、との報告が入った。
正直なところ、最後に『アクレイド傭兵団』から、一発逆転打を喰らった形のノヴァルナだったが、特には気にするふうもない。
「さぁーて、終わった、終わった」
立ち去り際のハノーヴァに、「約束は守れよ。時々ここへ、家臣を見に来させるからな」と念を押して見送ったノヴァルナは、清々した様子でノアと共に、天光閣の前で待つエテルナら旅館主達のところへ向かった。『ホロウシュ』と『クォルガルード』の保安科員は分散し、荒れてしまった温泉郷の片づけに早くも取り掛かっている。
エテルナ達はノヴァルナとノアが近付いて来るのを待って、一斉に頭を深く下げると、大きな声で感謝の言葉を口にした。
「ノヴァルナ殿下。本当にありがとうございました!!」
それに対するノヴァルナの反応は、口調こそ砕けたものだったが、態度は普段見せるような横柄なものではない。
「ああ。気にすんな。俺らが勝手にやった事だ。それより温泉郷、荒らして悪かった。すぐに俺らの船を呼んで、作業員の数を増やさせるからな」
「そんな…何から何まで、勿体のうございます。せめて片づけだけでも、私達でやらせて頂きますので…」
恐縮するばかりのエテルナに、ノヴァルナは苦笑いして応じた。
「いやだからいいって。しかしまぁ、『オ・カーミ』の気が済まねぇってんなら、そうだな…ここの片づけをさせる俺の船の連中に、作業を終えたあとで温泉おごってやってくれねーか?」
戦闘の後片づけを行うため、ノヴァルナに呼び寄せられた『クォルガルード』が降下を始めた頃、バルハート=ハノーヴァの小艦隊は惑星ガヌーバを離れ、第六惑星の傍らを航行していた。
「わかりました…全ては御意のままに」
全長千メートルを超える旗艦の内部。黒で統一した部屋で、ハノーヴァは楔形文字に似た文字のみが並ぶ、七枚の巨大な通信ホログラムに恭しく一礼する。
「うむ。宜しく頼むぞ、ハノーヴァ…」
重くのしかかるように響く男の声が、どこからともなく聞こえ、七枚の通信ホログラムは一枚ずつ、僅かに差を置いて消滅した。緊張を解くため、僅かに身じろぎをするハノーヴァのもとへ、通信が終わるのを待っていたらしいタイミングで、副官と思しき女性がやって来る。
「閣下…」
「レバントンやウォドルは、集めてあるか?」
「はい。今回の計画に参加した者は全員、BSI格納庫に集めています」
副官の報告にハノーヴァは、何の感情の起伏も感じさせない声で命じた。
「よろしい。では格納庫を開放。全員を宇宙へ捨てたまえ………」
▶#13につづく
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