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第12話:風雲児あばれ旅
#10
しおりを挟む一方のノアはすでに、一機の『ミツルギ』を行動不能に陥れている。右脚と左腕を根元から失った、その『ミツルギ』が横たわる向こう、『サイウンCN』は機体を包む反転重力子の出力をさらに上げ、ポジトロンパイクを両手で握り、踊るように戦っていた。
クリムゾンレッドとジェットブラックの機体が、二機の『ミツルギ』の間でひらりひらりと身を翻し、相手の繰り出す攻撃をポジトロンパイクで打ち防ぐ。反転重力子の出力を上げると機体は身軽になるが、そのぶん機体のコントロールが難しくなる。いわゆる踏ん張りがきかない状態だ。この状態で二機の『ミツルギ』を相手にしているのであるから、ノアの操縦技術の高さが光る。
「くそ。ちょこまかと!」
悪態をついた『ミツルギ』のパイロットが、ポジトロンランスを振るう。こちらの二機はパイク(矛)ではなくランス(鑓)を装備しているタイプだ。パイクに比べて斬撃力は弱いが刺突性と打撃力が高く、パイクよりも長さがあった。
「そんなの、当たらないわよ」
二機の『ミツルギ』はノアを挟み撃ちにしようとしているのだが、こちらは反転重力子出力を通常レベルにしているため、ノアの『サイウンCN』の軽快な動きについていけないのだ。
「舐めやがって!」
パイロットの怒声交じりに突き出されるランス。しかしその穂先は、素早く動くノアの機体を捉える事はなく、虚しく惑星ガヌーバの大気を貫くだけだ。
するとそこにもう一機の『ミツルギ』が、応援に駆けつけて来た。通信回線を開いて、文句を言い合う。
「おまえら、何をもたもたしてんだ!」
「遅れて来たくせに、デカい口を叩くな!」
「今はモメてる場合じゃねぇ!」
三機になって立て直しを図ろうとするパイロット達。だがそれが逆に隙を生む。一気に間合いを詰めたノアは、『サイウンCN』が手にしていたポジトロンパイクを、動きを止めた敵機に向けて投擲させた。
「たッ!!」
短くとも裂帛の気迫を感じさせる声と共に、ノアが投げ放った『サイウンCN』のパイクは、三機いた『ミツルギ』の真ん中の一機の頭部を直撃。縦に割り砕いてしまう。そしてQブレードを起動させたノアは、そのまま突撃を仕掛けた。残った二機は慌ててポジトロンランスを突き出す。
だが遅い。
反転重力子フィールドを利用した、高速ホバー移動を行っているノアの機体は、その時にはもうポジトロンランスの内懐へ滑り込んでいた。右側の一機に狙いを定め、回り込むノア。狙われたその『ミツルギ』は長い鑓を横に薙ぎ払う。しかしノアの『サイウンCN』は跳躍してそれを回避すると、着地際にQブレードを振り向いた。『ミツルギ』のポジトロンランスを握っていた両手首が切断され、柄を掴んだまま落下する。
ノアは両手首を失った敵機に、『サイウンCN』で足払いをかけて横転させ、残る一機に立ち向かう。残った一機はあとから加わった機体だった。多少は腕が立つのか素早く後退し、間合いをとってポジトロンランスによる打撃を喰らわせようとする。
それに対するノアの反応も尋常ではない。
斬られた両手が握ったままの、地面に転がっているポジトロンランス―――先に倒した敵機の鑓の端を踏みつけ、反動で宙に跳ね上げると、片手でそれを掴み取った。そして相手からの打撃を、間一髪で打ち防ぐ。
「馬鹿な!」
驚きの声を上げる『ミツルギ』のパイロット。さらにノアは『サイウンCN』の鑓を握る腕を小さく回転させ、相手の鑓を絡め取るようにして自分の持つ鑓ごと、弾き飛ばした。バランスを崩す敵の『ミツルギ』。次の瞬間、『サイウンCN』のもう一方の手に握るQブレードが唸りを上げ、敵機の右脇腹から斜め上へ一閃。右腕と頭部をまとめて斬り上げる。そこから返す刀で左腕も切断。戦闘力を奪っておいて、こちらにも足払いをかけた。
その間にノヴァルナも四機目を行動不能にし、残るはウォドルの乗る隊長機だけとなる。地上戦であれば陸戦仕様の『ミツルギ』と、宇宙戦闘が主体のBSHOとの性能差は、それほどでもないと侮っていたウォドルは、瞬時に全滅した配下に、顔面蒼白となっていた。しかもその鬼のような強さを見せつけた二機が、揃って自分に向かって来たのであるから、パニックにもなろうというものだ。
「五機目、いただくぜ!」
「私だって!」
傘に掛かったノヴァルナとノアにとって、もはや残った隊長機は、どちらが多くの敵を倒したかの狩りの獲物でしかない。
「うわぁああ! くっ、来るなぁッ!!!!」
叫び声を上げて超電磁ライフルを構えるウォドルの機体。残ったのは自分だけであり、もう同士討ちを考える必要はない。二発、三発と撃ち放たれる銃弾。ノヴァルナとノアは左右に分かれて回避する。そのうちの一発は、温泉旅館の青雲館の至近を通過し、その衝撃波ですべての窓ガラスが砕け散った。そしてもう一発は、景観の一つとして整備されていた雑木林を、丸々抉り取る。最後の一発は峡谷に被害は出さなかったが、後方のバンクナス大火山の中腹に命中して、大量の土砂を巻き上げた。
「てめ、ふざけんな! 銃は使うなっつってんだろ!!??」
ノヴァルナの怒鳴り声と共に、『センクウNX』は走る足元にあった奇妙な形の巨岩を蹴り飛ばそうとする。それに気付いたノアが、「ノバくん、それ―――」と言いかけたが止められない。『センクウNX』が蹴った巨岩は見事に、超電磁ライフルを握るウォドルの機体の手元に命中。ライフルを落下させた。その刹那を突いて、一気に間合いを詰めるノヴァルナとノア。
「ノバくん、いま蹴った岩。観光名所の一つの奇岩よ!」
そう言いながら、『サイウンCN』でウォドル機に殴り掛かるノア。
「マジか!? てか、ノバくん言うな!」
そう応じながら、『センクウNX』でウォドル機に蹴りを入れるノヴァルナ。
「どうすんのよ!? また怒られるわよ」
「“また”ってなんだよ! 人聞きの悪ぃ」
口論しながらもピタリと息の合った連携を見せる、ノヴァルナとノア。そして二人は、全周囲モニターが映すウォドル機を睨み付けると、「そもそも―――」と声を揃えて乗機の鉄拳を放った。
「てめぇらが悪い!!」
「あなた達が悪い!!」
二機の全力パンチが直撃し、『ミツルギ』の頭部はグシャグシャに潰れる。自身の頭部が潰されたわけではないが、中にいたウォドルは、『センクウNX』と『サイウンCN』からの殴る蹴るの衝撃で、完全にのびてしまっていた。
あてにしていた陸戦仕様『ミツルギ』隊が瞬殺同然に壊滅し、慌てたのはレバントンである。ウォドルの機体が地面に無様に転がると、温泉郷を荒らすつもりだった傭兵達に交じり、シャトルに向かって逃げ出した。
ところが最初の兵士が乗り込む寸前、一機のシャトルが飛んで来た大岩に真ん中を圧し潰される。目前で逆“へ”の字にひしゃげたシャトルに、愕然と立ち尽くすレバントンの耳に、ノヴァルナの「アッハハハハハ!」という高笑いが響いた。振り返れば、超電磁ライフルを手にする『サイウンCN』を背後に置いた『センクウNX』が、右手で岩を繰り返し放り上げながら、自分達を見下ろしていた。その機体からノヴァルナのからかうような声が届く。
「ここは温泉郷だぜ。まぁ、ゆっくりしていけや…」
そして戦闘輸送艦『クォルガルード』は、アルーマ峡谷上空から逃走を図ったレバントンの母船を追って、宇宙へ上がっていた。
「停船せよ。従わざれば攻撃する! 停船せよ。従わざれば攻撃する!」
通信オペレーターが繰り返し呼び掛ける艦橋の中、指揮を執るマグナー大佐は敵船と慎重に距離を詰めていた。敵の大型輸送船は武装していないようだが、万が一それが罠だった場合に備えてだ。なにぶんこの艦には主君ノヴァルナの、大切な二人の妹が乗り込んでいるからである。
「あの船…この惑星の月に、向かっているようです」
センサー画面を見る副長が敵船の予想針路を報告する。
「月…あの奇妙な形の衛星か」
そう呟いて艦橋の窓の右斜め前方に浮かぶ、三日月型の衛星に目を遣るマグナー大佐。その時、電探科の士官が緊迫した声で報告する。
「射撃センサーからの照射を受けました。あの月からです」
報告を受けたマグナー大佐は即座に命令を下す。
「エネルギーシールドを展開。衛星をスキャンせよ」
程なく入るスキャンの結果。艦橋中央の戦術状況ホログラムが、解析した衛星の情報を映し出した。例のワイヤーを張り巡らせた中継基地がある。
「敵の基地ですな」と副長。
するとその直後、こちらからのスキャンを知ったのか、敵の基地が発砲した。オペレーターが強い口調で警報を発する。
「被弾警報! 着弾まで十秒。マーク!」
「左舷マイナス回避。急げ!」
間髪入れず指示を出すマグナー大佐。
「敵基地さらに発砲。着弾まで十二秒。マーク!」
「回避運動継続。コースは任せる!」
砲撃はなおも連続し、立体的に蛇行した『クォルガルード』の転回位置となった宇宙空間を、中継基地からのビームが切り裂く。艦体表面にエネルギーシールドを張っているため、数発の直撃には耐えられるであろうが、遠隔操作式のアクティブシールドを四枚とも、天光閣のガードに残して来ており、艦に乗せているノヴァルナの妹達の安全を考えれば、本格的な応戦を行うかは悩ましいところだ。
ただ回避ばかりを続ける艦のこのような空気は、ノヴァルナの妹達にも伝わったらしい。マグナーの座る艦長席のインターコムが呼出音を鳴らし、小さな通信ホログラムが立ち上がる。そのスクリーンに映ったのは、マリーナ姫だった。
「姫様」とマグナー。
「マグナー艦長。私達に気遣いは無用です。敵の基地へ応戦してください」
凛とした口調で告げるマリーナ。彼女の背後にいる妹のフェアンの方は、少し怖がっているようだが、それでも姉の言葉に頷いて、同意である事を示す。
「これは、我が兄上のお決めになった戦い。それならば、私達も命を懸ける事に、躊躇いはありません」
マリーナがそう続けると、マグナーは目を細めて頷いた。彼は元はサイドゥ家に仕えていた士官であり、そのサイドゥ家の姫であったノアと、似たものを感じ取ったからだ。そしてそのノア姫は実際、BSHOに乗って地上で戦っている。
「御意にございます」
恭しく応じたマグナーは、マリーナが通信を終えるのを待ち、姿勢を正して戦闘を発令した。
「全艦右砲戦。目標、敵基地。距離を詰めろ!」
起動した連装ブラストキャノンの砲塔。それぞれが獲物を狙う一匹の獣のように右を向く。『クォルガルード』が本格的の撃ち合いを演じるのは、これが始めてである。
「撃ち方はじめ!」
砲術長の命令と共に、主砲が一斉に火を噴き、『クォルガルード』の艦体はまるで武者震いを起こしたように揺れた………
▶#11につづく
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