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第12話:風雲児あばれ旅
#06
しおりを挟む大型宇宙船はゆっくりとアルーマ峡谷の周りを一周し、十機の陸戦仕様の量産型BSI『ミツルギ』と四機のシャトルを、間隔を置いて降下させた。『ミツルギ』は着地寸前に、一斉にバックパックの反重力スラスターを全力放出。環状となった十機の『ミツルギ』の反転重力子放出が相互干渉を起こし、アルーマ峡谷内に猛烈なつむじ風が巻き起こる。
この光景を見たエテルナは一瞬で青ざめた。『クォルガルード』の中でノヴァルナに対し、レバントンの息がかかった略奪集団の襲撃を、三日後と告げていたからだ。突然のつむじ風で、警備のために保証に立っていた、『クォルガルード』の保安科員達が体を背ける。
また天光閣から見下ろす峡谷内には、数こそ少ないが他の温泉旅館の客も、辺りを散策しており、彼等もこのつむじ風に身動きが取れない状況に陥った。
「そんな…」
窓の外を見て茫然となるエテルナの横顔の向こうで、ドタドタドタと駆けて来たササーラが、同じく窓の外を見て通信ホログラムを立ち上げ、『クォルガルード』へ緊急連絡を入れる。
「ササーラだ! ノバック様に、敵が襲撃して来たとお知らせしろ!」
もはやノヴァルナの正体はエテルナも知るところであるのに、近くにいるという事で、このような状況でまだ偽名のノバックで主君の名を呼ぶのは、いかにも律義なササーラらしい判断だ。
やがてつむじ風が止み、着陸を済ませていた四機のシャトルのハッチが開いた。そして中から、一機当たり二十名前後の薄汚れた、様々な種類のボディアーマーを身に着ける、人相の悪い男達が飛び出して来る。そのうちの何人かは、昨夜のネドバ台地採掘場にいた連中だった。男達は一斉に散開し、各旅館に向かう者、その他の施設を荒らしに向かう者に分かれる。
散策中だった一般客が男達の姿に悲鳴を上げ逃げ始めたのを見て、ノヴァルナから警備の指揮を任されていたラン・マリュウ=フォレスタが、天光閣のエントランス前で、他の『ホロウシュ』や保安科員との共通回線を開いて指示を出す。
「こちらフォレスタ。総員、状況開始。繰り返す。総員、状況開始!」
そう言ってラン自身も襲撃者に対処するため、散策路に向かって駆けて行った。彼女の視線の先には、一般客の女性二人連れを追いかけ始めている、三人の襲撃者の姿がある。
「保安科員は、一般客の保護を優先しろ。敵には『ホロウシュ』が対処する!」
保安科員の指揮官にそう指示したのはハッチだった。ランの補佐役として天光閣の中にいた彼は、傍らのキノッサにも命じる。キノッサはネイミアと、彼女の同行者である二人の男と一緒だった。
「キーツ。てめぇはガールフレンドを守れ!」
「無論ッス!」
ガールフレンド云々と言われても、それをどうこう言い返す余裕は、今のキノッサにはない。ただネイミアを守れと言う指示に異存など無かった。
略奪集団を演じる『アクレイド傭兵団』の兵士達が、すべて出払った後の一機のシャトルから、余裕の表情で降りて来たのがレバントンであった。
丸目ゴーグルのフレームを指で摘まんでかけ直すと、欠伸を口の中で噛み殺す。仕事は傭兵達に任せておけばいい。巨大組織の『アクレイド傭兵団』では四軍の彼等だが、これまで使っていた本物のならず者に比べれば余程頼りになる。
レバントンは彼を待っていた兵士に、落ち着き払った声で命じた。
「各旅館の主を捕まえるように告げろ。客を捕らえて人質にしても構わん」
傭兵達は散開して営業中の旅館へ、そして一部は閉館した旅館にも向かう。傭兵達の目的は旅館とその宿泊客からの略奪だ。
「へへへへへ! 奪え、奪え!!」
「金目のもんは全部頂け! 女もだァ!!」
口々に叫びながらブラスターライフルを両手に抱え、解き放たれた野犬の群れのように旅館街を駆ける傭兵達。移転で閉館した旅館を銃撃し、壁を穴だらけにしたかと思えば、この襲撃に慌てて閉ざした、まだ営業している旅館の扉のロックを、ライフル射撃で破壊して内部に乱入。逃げ遅れた客や従業員を外へ引きずり出し、調度品の略奪を始めた。
無論、外へ引きずり出された宿泊客も、ただでは済みそうにない。アルーマ峡谷の温泉と自然をただ楽しみに来ただけの老夫婦が、四人の傭兵に取り囲まれて、金品を強要される。それを止めに入る旅館従業員の中年男性。
「おやめください! お客様に手を出すのだけは!!」
「うるせぇ!!」
傭兵の一人がその従業員を突き飛ばし、一方の手で自分の懐からデータパッドを取り出して、もう一方の手で老夫婦の夫の胸ぐらを鷲掴みにする。
「おい、爺さん! ケガしたくなかったら、NNLの口座の金を、このパッドに全部移しな!!」
「そ、そんなご無体な…」
「ああ!? ジジイ、逆らおうってんのか!!」
激昂した傭兵は老夫を地面に放り出し、底厚の軍靴で踏みつけようとした。夫に縋りついて庇おうとする妻。薄笑いを浮かべる仲間の傭兵。
とその時、麻痺モードにセットされた複数のビームが一斉に放たれ、四人の傭兵は全員がもんどりうって倒れ伏した。駆け付けて来たのは、女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーに、キスティス=ハーシェルだ。
「大丈夫ですか!?」
ジュゼは老夫婦に手を貸して立ち上がらせると、従業員達と合わせて「早く逃げて!」と退避を促す。この光景を見た他の傭兵が、こっちへ向かって来たからだ。
「抜かるんじゃないよ!」
と銃を構えるキュエルに、同じく銃を構えたキスティスが応じる。
「あったり前っしょ!」
それぞれが並みの兵士以上の能力を持つ『ホロウシュ』達の反撃に、これを予想していなかったレバントンは、次第に表情を強張らせ始めた。
峡谷の中央を流れる川の上流、峡谷を見下ろす場所に立つレバントンだが、その手にした通信ホログラムからは、略奪に突入した傭兵達の、悲鳴や絶叫が聞こえるようになったからだ。
「ウァアッ!」
「ぐえ!」
「なんだ、コイツら!!」
眉間に深い皺を寄せたレバントンは、峡谷を包囲している陸戦仕様『ミツルギ』の一機に搭乗している、隊長のウォドルへ通信回線を開く。
「隊長。何が起きている!?」
隊長機に乗るウォドルは、ヘルメットを脱いでシートに座り、コクピット内にいくつも並べた、峡谷内の映像を映すホログラムスクリーンを眺めていた。黒い無精髭の生える顎を指で撫でながら、レバントンの問いに応じる。
「レバントンさんよ。こいつら…どう見ても民間人じゃねぇぞ」
そう言うウォドルの視線の先にある二つのスクリーンには、旅館同士を繋ぐ隘路の出口に待ち伏せし、ブラスターを放って傭兵の前進を阻止しているイーテス兄弟と、小さな滝のある広場で襲い掛かる傭兵達相手に格闘し、次々に地面に打ち倒すジュゼ達三人の女性『ホロウシュ』の姿が映し出されていた。
さらにウォドルは、メインのスクリーンを戦術状況ホログラムに切り替え、傭兵と『ホロウシュ』達の位置情報を、温泉郷の地図と合成して表示させる。
「ふぅむ…」
小さく唸るウォドル。戦術状況ホログラムによると、こちらの傭兵達の妨害に出て来た連中は、一部(ホロウシュ)が旅館と継承箇所を巡る動線の要害と言える箇所に陣取って、銃撃で傭兵達の前進を遅らせていた。さらにその足止めの間に残りの連中(『クォルガルード』の保安科員)が、客や旅館従業員の退避を援護している。これはまさに、訓練された兵士の動きだ。
“客と従業員が集まっているのは…天光閣とかいう旅館か”
ウォドルは退避していく人間達が、天光閣に集められようとしている事に気付いて、配下の九機の『ミツルギ』に命じた。
「全機、行動開始だ。少し早いが、旅館街を限定破壊する」
どうも雲行きが怪しい…『ホロウシュ』達の予想外の抵抗に、ウォドルは予定を前倒しし、BSIで温泉郷を踏み荒らす破壊活動を開始しようと考えた。十機ものBSIユニットが相手では、少数の人間が抵抗しても無駄なあがきというものだ。
「レバントン。抵抗してる奴等と逃げてる連中を、BSIでひとまとめに天光閣へ追い詰める。地上の傭兵を一旦後退させろ、邪魔だ」
レバントンに指示しながら、自らの『ミツルギ』を動かし始めるウォドル。それに合わせて峡谷を包囲していた残りの九機も、超電磁ライフルを手に歩行を開始した。
「BSIが動き出したぞ!」
峡谷の中へ降りて来始める『ミツルギ』を指差し、モ・リーラが叫ぶ。傭兵に膝蹴りを喰らわしてダウンさせたランは、その声を聞いていち早く『ホロウシュ』達に指示を出した。
「総員、天光閣へ撤退!」
▶#07につづく
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