銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
241 / 508
第12話:風雲児あばれ旅

#06

しおりを挟む
 
 大型宇宙船はゆっくりとアルーマ峡谷の周りを一周し、十機の陸戦仕様の量産型BSI『ミツルギ』と四機のシャトルを、間隔を置いて降下させた。『ミツルギ』は着地寸前に、一斉にバックパックの反重力スラスターを全力放出。環状となった十機の『ミツルギ』の反転重力子放出が相互干渉を起こし、アルーマ峡谷内に猛烈なつむじ風が巻き起こる。

 この光景を見たエテルナは一瞬で青ざめた。『クォルガルード』の中でノヴァルナに対し、レバントンの息がかかった略奪集団の襲撃を、三日後と告げていたからだ。突然のつむじ風で、警備のために保証に立っていた、『クォルガルード』の保安科員達が体を背ける。
 また天光閣から見下ろす峡谷内には、数こそ少ないが他の温泉旅館の客も、辺りを散策しており、彼等もこのつむじ風に身動きが取れない状況に陥った。

「そんな…」

 窓の外を見て茫然となるエテルナの横顔の向こうで、ドタドタドタと駆けて来たササーラが、同じく窓の外を見て通信ホログラムを立ち上げ、『クォルガルード』へ緊急連絡を入れる。

「ササーラだ! ノバック様に、敵が襲撃して来たとお知らせしろ!」

 もはやノヴァルナの正体はエテルナも知るところであるのに、近くにいるという事で、このような状況でまだ偽名のノバックで主君の名を呼ぶのは、いかにも律義なササーラらしい判断だ。

 やがてつむじ風が止み、着陸を済ませていた四機のシャトルのハッチが開いた。そして中から、一機当たり二十名前後の薄汚れた、様々な種類のボディアーマーを身に着ける、人相の悪い男達が飛び出して来る。そのうちの何人かは、昨夜のネドバ台地採掘場にいた連中だった。男達は一斉に散開し、各旅館に向かう者、その他の施設を荒らしに向かう者に分かれる。

 散策中だった一般客が男達の姿に悲鳴を上げ逃げ始めたのを見て、ノヴァルナから警備の指揮を任されていたラン・マリュウ=フォレスタが、天光閣のエントランス前で、他の『ホロウシュ』や保安科員との共通回線を開いて指示を出す。

「こちらフォレスタ。総員、状況開始。繰り返す。総員、状況開始!」

 そう言ってラン自身も襲撃者に対処するため、散策路に向かって駆けて行った。彼女の視線の先には、一般客の女性二人連れを追いかけ始めている、三人の襲撃者の姿がある。

「保安科員は、一般客の保護を優先しろ。敵には『ホロウシュ』が対処する!」

 保安科員の指揮官にそう指示したのはハッチだった。ランの補佐役として天光閣の中にいた彼は、傍らのキノッサにも命じる。キノッサはネイミアと、彼女の同行者である二人の男と一緒だった。

「キーツ。てめぇはガールフレンドを守れ!」

「無論ッス!」

 ガールフレンド云々と言われても、それをどうこう言い返す余裕は、今のキノッサにはない。ただネイミアを守れと言う指示に異存など無かった。
 
 略奪集団を演じる『アクレイド傭兵団』の兵士達が、すべて出払った後の一機のシャトルから、余裕の表情で降りて来たのがレバントンであった。
 丸目ゴーグルのフレームを指で摘まんでかけ直すと、欠伸を口の中で噛み殺す。仕事は傭兵達に任せておけばいい。巨大組織の『アクレイド傭兵団』では四軍の彼等だが、これまで使っていた本物のならず者に比べれば余程頼りになる。

 レバントンは彼を待っていた兵士に、落ち着き払った声で命じた。

「各旅館の主を捕まえるように告げろ。客を捕らえて人質にしても構わん」



 傭兵達は散開して営業中の旅館へ、そして一部は閉館した旅館にも向かう。傭兵達の目的は旅館とその宿泊客からの略奪だ。

「へへへへへ! 奪え、奪え!!」

「金目のもんは全部頂け! 女もだァ!!」

 口々に叫びながらブラスターライフルを両手に抱え、解き放たれた野犬の群れのように旅館街を駆ける傭兵達。移転で閉館した旅館を銃撃し、壁を穴だらけにしたかと思えば、この襲撃に慌てて閉ざした、まだ営業している旅館の扉のロックを、ライフル射撃で破壊して内部に乱入。逃げ遅れた客や従業員を外へ引きずり出し、調度品の略奪を始めた。
 無論、外へ引きずり出された宿泊客も、ただでは済みそうにない。アルーマ峡谷の温泉と自然をただ楽しみに来ただけの老夫婦が、四人の傭兵に取り囲まれて、金品を強要される。それを止めに入る旅館従業員の中年男性。

「おやめください! お客様に手を出すのだけは!!」

「うるせぇ!!」

 傭兵の一人がその従業員を突き飛ばし、一方の手で自分の懐からデータパッドを取り出して、もう一方の手で老夫婦の夫の胸ぐらを鷲掴みにする。

「おい、爺さん! ケガしたくなかったら、NNLの口座の金を、このパッドに全部移しな!!」

「そ、そんなご無体な…」

「ああ!? ジジイ、逆らおうってんのか!!」

 激昂した傭兵は老夫を地面に放り出し、底厚の軍靴で踏みつけようとした。夫に縋りついて庇おうとする妻。薄笑いを浮かべる仲間の傭兵。
 とその時、麻痺モードにセットされた複数のビームが一斉に放たれ、四人の傭兵は全員がもんどりうって倒れ伏した。駆け付けて来たのは、女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーに、キスティス=ハーシェルだ。

「大丈夫ですか!?」

 ジュゼは老夫婦に手を貸して立ち上がらせると、従業員達と合わせて「早く逃げて!」と退避を促す。この光景を見た他の傭兵が、こっちへ向かって来たからだ。

「抜かるんじゃないよ!」

 と銃を構えるキュエルに、同じく銃を構えたキスティスが応じる。

「あったり前っしょ!」
 
 それぞれが並みの兵士以上の能力を持つ『ホロウシュ』達の反撃に、これを予想していなかったレバントンは、次第に表情を強張らせ始めた。
 峡谷の中央を流れる川の上流、峡谷を見下ろす場所に立つレバントンだが、その手にした通信ホログラムからは、略奪に突入した傭兵達の、悲鳴や絶叫が聞こえるようになったからだ。

「ウァアッ!」

「ぐえ!」

「なんだ、コイツら!!」

 眉間に深い皺を寄せたレバントンは、峡谷を包囲している陸戦仕様『ミツルギ』の一機に搭乗している、隊長のウォドルへ通信回線を開く。

「隊長。何が起きている!?」

 隊長機に乗るウォドルは、ヘルメットを脱いでシートに座り、コクピット内にいくつも並べた、峡谷内の映像を映すホログラムスクリーンを眺めていた。黒い無精髭の生える顎を指で撫でながら、レバントンの問いに応じる。

「レバントンさんよ。こいつら…どう見ても民間人じゃねぇぞ」

 そう言うウォドルの視線の先にある二つのスクリーンには、旅館同士を繋ぐ隘路の出口に待ち伏せし、ブラスターを放って傭兵の前進を阻止しているイーテス兄弟と、小さな滝のある広場で襲い掛かる傭兵達相手に格闘し、次々に地面に打ち倒すジュゼ達三人の女性『ホロウシュ』の姿が映し出されていた。
 さらにウォドルは、メインのスクリーンを戦術状況ホログラムに切り替え、傭兵と『ホロウシュ』達の位置情報を、温泉郷の地図と合成して表示させる。

「ふぅむ…」

 小さく唸るウォドル。戦術状況ホログラムによると、こちらの傭兵達の妨害に出て来た連中は、一部(ホロウシュ)が旅館と継承箇所を巡る動線の要害と言える箇所に陣取って、銃撃で傭兵達の前進を遅らせていた。さらにその足止めの間に残りの連中(『クォルガルード』の保安科員)が、客や旅館従業員の退避を援護している。これはまさに、訓練された兵士の動きだ。

“客と従業員が集まっているのは…天光閣とかいう旅館か”

 ウォドルは退避していく人間達が、天光閣に集められようとしている事に気付いて、配下の九機の『ミツルギ』に命じた。

「全機、行動開始だ。少し早いが、旅館街を限定破壊する」

 どうも雲行きが怪しい…『ホロウシュ』達の予想外の抵抗に、ウォドルは予定を前倒しし、BSIで温泉郷を踏み荒らす破壊活動を開始しようと考えた。十機ものBSIユニットが相手では、少数の人間が抵抗しても無駄なあがきというものだ。

「レバントン。抵抗してる奴等と逃げてる連中を、BSIでひとまとめに天光閣へ追い詰める。地上の傭兵を一旦後退させろ、邪魔だ」

 レバントンに指示しながら、自らの『ミツルギ』を動かし始めるウォドル。それに合わせて峡谷を包囲していた残りの九機も、超電磁ライフルを手に歩行を開始した。

「BSIが動き出したぞ!」

 峡谷の中へ降りて来始める『ミツルギ』を指差し、モ・リーラが叫ぶ。傭兵に膝蹴りを喰らわしてダウンさせたランは、その声を聞いていち早く『ホロウシュ』達に指示を出した。

「総員、天光閣へ撤退!」




▶#07につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...