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第11話:銀河道中風雲児
#19
しおりを挟むその日の夜、宇宙港に停泊している『クォルガルード』の中では、ザブルナル市の行政府から入手した地下資源調査データを、フェアンをはじめ、相当数の人員で解析と解除にあたっていた。データの一部に仕掛けられている、皇国星帥皇室の高度なプロテクトが想像以上に手強く、多人数で並行処理が必要だと分かったからである。
パンケーキを八枚重ねたような構造をした、積層型多重プロテクトと呼ばれるセキュリティは、大昔の“ブロック崩しゲーム”を立体化した感じで、1ブロックずつ量子コードを解析していかなければならないのだが、フェアン達が行っているのはいわゆる“不正アクセス”であるため、これがさらに対になった4ブロックを、同時に解析解除する必要があった。
そして日が変わろうとしている今現在、『クォルガルード』の電子戦担当兵も総動員され、コンピュータールームはすし詰め状態になっている。
「…ったく、こんだけコンピューターと向き合ったの、いつ以来か思い出せねぇってもんだぜ」
フェアン達を送って来たはいいが、自分も手伝うはめになったノヴァルナは、解析コードの文字と数字がシャワーのように流れるホログラムスクリーンを見詰め、キー操作を行いながら何度目かの愚痴を零した。その隣で同じく解除作業を行っているノアが、「ねえ、知ってる?」と声をかけて来る。
「なにが?」とノヴァルナ。
「私達が解除しようとしているこのプロテクト、四百年近くも昔のだって」
「マジか?」
ノアの代わりに答えたのは、ノアの二人向こうに座るフェアンだった。
「そうだよ。だからこの艦のコンピューターの処理能力でも、解除できるの。国家機密レベルのプロテクトって、つまりは星帥皇陛下のNNL制御コードと同等って事だし、現代のクラスのプロテクトだったなら、この船だと解除するのに百年ぐらいかかっちゃうよ」
その言葉に続いて、フェアンの隣で並行処理を手伝っているマリーナが、少々冷たくノヴァルナに告げる。
「そういうわけで兄上。不平不満は控えてくださいな」
結局は自分が怒られる羽目になり、ノヴァルナは「ちぇ…」と口を尖らせる。この若き君主からすれば、弟カルツェの叛乱を防いで以来の二年間、内政に集中するため、散々コンピューターや会議の日々を過ごして来て、旅に出てまでこんな事に時間を使いたくないという、些か我儘な面が出てきていたのだ。
ただそんなノヴァルナでも、ノアの向ける眼は優しい。そもそもノヴァルナは星大名家当主であるのだから、“おまえらでやっておけ”と命じておけばよく、自ら手伝う必要などない。それを文句を言いながらでも手伝うのは、自分だけが楽をしたくはない性分に他ならない。
やがて夜明け前、流石に限界を超えたノヴァルナは、机に突っ伏した状態で眠りこけていた。意識のない指先がキーボードの数字の「3」を押したままで、ホログラムスクリーンには際限なく、33333333…の数字が並び続けている。
フェアン達を手伝う『クォルガルード』の乗員は、全員が交代し、作業を継続していた。そんな中でもフェアンとマリーナ、そしてノアは手を止めてはいない。プロテクト解除まであと少し、パンケーキ型のプロテクト構造体の最後の一枚の、さらに底の部分が破れそうだったからだ。
目頭を指で押さえ、軽く頭を振ってから作業を再開するノアに、作業速度が落ちていないフェアンが、朝の仕返しとばかりに冗談を言う。
「ノア義姉様。若い女の子の徹夜はお肌に悪いよぉ~」
その言葉に苦笑いを浮かべ、ノアはきっぱりと言い放った。
「冗談。あと少しだもの、引き下がれないわ」
すると、徹夜という状況で気分がハイになっているのか、珍しくマリーナが冗談めいた事を言う。
「あとで、三人で保湿パックでもしましょう」
それを聞いたフェアンがまじまじと見詰めてきて、マリーナはバツが悪そうに眉間に軽く皺を寄せ、「ほら、もうすぐみたいよ」と顎を微かにしゃくって解析ホログラムを指し示した。確かにマリーナの言う通りで、プロテクトはほとんど解除されて、あと32ブロックだけとなっている。これを見たフェアンは「よっしゃー、畳み掛けるぞー!」と元気よく言うと、一気にスパートをかけた。超難度の曲を弾くピアニストの如く高速でキーを叩き始める。
そして十数秒後、フェアン達の見守る前でプロテクトが解除され、隠されていたデータがホログラム化して宙に浮かんだ。同時にそれは明るく輝きだす。
「え…」
「これは…」
息をのむフェアンとマリーナ。ノアはホログラムを見詰めたまま、隣で眠りこけているノヴァルナの体を揺さぶって声をかけた。
「ちょっとノバくん、起きてっ。ほら、これ見てよ!!」
それに対しノヴァルナは目を覚ましはしたものの、完全に寝ぼけている。
「ん…んあ?…ノバくん言うな……」
一人だけ寝ておいて、文句だけ言ってまた寝ようとする身勝手なノヴァルナに、ちょっとイラついたノアは、強い口調で言い放つ。
「こらっ! 起きろノバ助!」
妙な呼ばれ方をされ、ノヴァルナもこれには目を覚まさざるを得ない。
「ノバ助たぁ、なんだ!」
するとノアはあっけらかんとした声で、すっとぼけた。
「やーね。“ねぼすけ”って言ったのよ」
まだ半分寝ぼけていたノヴァルナは、まんまと騙されて「お…そっか、ワリィ」と詫びを入れ、ノアはフェアン達の方を振り向いてペロリと舌を出す。“さすがノア義姉様”と称賛の眼を送るフェアンと、なにやってるんだか…と軽く首を振るマリーナ。
一方、頭がはっきりして来たノヴァルナは、自分のコンピューターの画面を見て、自らがやった事と知らずに首をかしげる。
「…って、なんだこの画面、3だらけじゃねーか…」
「そんなのいいから兄様、こっち見てよ。プロテクト解除出来たよ!」
フェアンの声で意識をはっきりさせたノヴァルナは、前方に浮かぶホログラムに目を見張った。星帥皇室プロテクトに隠されていたのは、正体不明の採掘場が建設されていたネドバ台地から、天光閣などの温泉旅館が集まったアルーマ峡谷付近まで伸びる、途方もない規模の金鉱脈の構造図だったのである―――
▶#20につづく
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