銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第11話:銀河道中風雲児

#15

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「更新記録?」とノヴァルナ。

 ノアの指摘に即座に反応したのはフェアンだった。更新データを解析して、その箇所を知らせる。

「兄様。更新されたの、ちょうど話をしてる部分だよ」

「更新?…何を更新したってんだ?」

「なんか…鉱床のデータを上書きしたみたい」

「なに?」

 片眉をピクリと動かすノヴァルナ。鉱床データが上書きとは気になる話だ。それに同調したのか、マリーナがフェアンに問い掛ける。

「イチ。更新前のデータ…出せる?」

「たぶんね。やってみる」

 言うが早いか、フェアンは猛然とキー操作を始めた。この辺りの手際の良さは、日頃の無邪気な立ち居振る舞いとはまるで別人だ。幾つかのホログラムスクリーンがさらに出現し、プログラムコードが表示される。ところがすぐにフェアンは手を止め、眉をひそめて「あれ?…」と呟いた。

「どうかしたの?」とマリーナ。

「なんか…これ、変」

「何が?」とノヴァルナ。

「ここだけ、違うタイプのプロテクトが掛かってるの」

「違うって、市の行政府のとは、違うって事?」とノア。

「うん…それも、もっと強固なタイプ」

 フェアンの言葉にノヴァルナは腕組みをし、椅子の背もたれに上体を預けると、胡散臭げな表情になる。

「別の誰かが…何かを隠してるってのか…」

 そして再び解析を始めるフェアン。だが今度はその指を動かす勢いが鈍い。何度か侵入用のインベイドコードを打ち込むが、悉くが弾かれる。「むー」と不満そうな声を漏らしたフェアンは、このプロテクトが一体どういった構造なのかを知ろうと、別方向から解析を開始した。すると構造図自体はすぐにホログラムで立体的に表示される。それはパンケーキを何枚も重ねたような、奇妙な形だった。

「うわ…これ、積層式多重プロテクトコードじゃん」

 目を見開くフェアンは、「でもこんなに重なったの、初めて見た」と、困惑した口調で続ける。積層式多重プロテクトコードは、国家や軍の重要情報に使用される第一級の保護防壁で、例えばこのパンケーキのような防壁層一枚を突破するのに、大昔のスーパーコンピューターでは、約千年もかかるほどだ。それが今回は八枚も重ねられていた。ここまでの厚さとなると、銀河皇国の国家機密か、それに準じた情報が隠されているに違いない。

「これだけの大物だと、ここじゃ破れないよ」

 お手上げ、とばかりに両手を挙げるフェアン。しかしそれで降参したわけではなかった。ノヴァルナの目を見詰めて提案する。

「ね、兄様。あたしを『クォルガルード』まで送って。あのふねのメインコンピューターに直接接続して、何人かで並行処理したら、何とかなるかも」

「おう。やる気満々じゃねーか」

 上機嫌のノヴァルナ。ただフェアンはさらに何か言いたそうに、少しうつむいて肩をもじもじさせた。
 
「ん。どした、フェアン?」

 オープンな性格の妹にしては珍しい態度に、ノヴァルナは問い掛ける。

「う、うん…」

 それでも煮え切らないフェアンの肩に、姉のマリーナが後押ししてやるように、片手を添えた。そして静かに「ほら、イチ」と促す。この旅について来たいと言い出したフェアンの、本当の理由だ。頷いたフェアンは大きな目を何度も瞬きさせ、「あのね…」と切り出した。

「………?」

 無言で待ってやるノヴァルナに、フェアンは告げる。

「もし、今回のこの解析が上手くやれたらね、この前のルシナスの時と合わせて…ご褒美が欲しいんだ」

「ご褒美?」

 フェアンは惑星ルシナスの海中タワーで敵に襲われた際、脱出に使用した旧時代の潜水艦を動かすために、大きく貢献してくれていた。ノヴァルナもその事について、帰ったら何か褒美をやろうと考えていたのだが、自分から言って来るとは意外に思う。

「えっとね…あのね…えと…あの…キヨウに着いたらね………」

 皇都に?…なんか皇都の珍しいモンを買えってのか?…と、一瞬思ったノヴァルナだが、フェアンの性格上そんな事なら今のような躊躇いなど見せず、遠慮なしに言って来るはずだ。なんだコイツ?…と首を傾げたその時、フェアンは勇気を出して訴えた。

「キヨウに着いたら、ナギに会わせて欲しいの!」

「は?」

 ポカン…としたノヴァルナだったが、すぐにナギが誰か思いつく。ナギ・マーサス=アーザイル―――オウ・ルミル宙域星大名家アーザイル家の嫡男で、次期当主の若者だ。三年前の惑星サフローでロボット馬車の暴走により、死ぬところであったフェアンを救った、命の恩人である。その後ノヴァルナも会っていて、誠実そうな人柄には好印象を持っていた。フェアンとナギはその時以来、ずっと超空間メールのやり取りをしているらしい。

「ああ…おまえがいつもメールしてるアイツか。なんでキヨウにいるんだ?」

「先月からね…キヨウで各貴族の家を回ってるの。表敬訪問だって」

 ふーん…と声を漏らすノヴァルナ。次期当主のナギがこの時期にキヨウの各貴族を回るという事は、当主継承が近いのかも知れない。ただ確か年齢はまだ、十八歳かそこらのはずだ。しかしそれはともかく、このフェアンが男と会わせろだとは…と、ノヴァルナは何とも複雑な気持ちになった。ノアは興味深そうな眼で、ノヴァルナとフェアンの顔を見比べている。

「…んで、褒美にオトコと会わせろってか?」

 わざと下品な言い方をするノヴァルナに、フェアンは困り顔になり、傍らで妹を応援する立場をとっていたマリーナは、意地悪な兄を咎めるような、物凄い眼を返した。するとその直後、胸を反らしたノヴァルナはいつもの高笑いを発する。

「アッハハハハハ!」
 
 いきなり高笑いを浴びせられ、目を丸くするフェアンとマリーナに、ノヴァルナは陽気な声で言い放った。

「やるじゃねーか、フェアン!」

「に、兄様?」

「よっし分かった! 上手くプロテクトが解除出来たら、会ってもいーぜ」

「ホントに!?」

 目を輝かせるフェアンに、ノヴァルナは「おうよ」とキッパリ応じる。

「やったー。兄様、大好き!」

「おう、任せとけ」

 いつも通りのやり取りだが、傍らでその様子を見るノアは、ノヴァルナの口調が微妙に、普段の同じやり取りのものとは違う事を感じ取って苦笑いを浮かべた。

「ひと休みしたら、宇宙港へ乗せてってやる。とりあえずフェアンは寝てねーんだし、少し寝ておけ」

「うん。わかった!」

 嬉しそうな顔で、ぴょんと椅子から立ったフェアンは、背もたれに両手を置いて軽快に身を翻し、姉のマリーナに「行こ!」と声をかける。

「だから、無駄に疲れるような事は、おやめなさいって…」

 冷静な性格そのまま静かに席を立ったマリーナは、ひらひらと手を振って出ていくフェアンと対照的に、ノヴァルナとノアに丁寧に一礼して部屋を去った。

「………」

 姉妹が去ると、ノヴァルナは再び腕組みをして黙り込んだ。口が真一文字になって難しい表情である。ノアは小首を傾げ、下から覗き込むようにしてノヴァルナに問いかけた。

「気になるんでしょ?」

「んー?…ああ。レバントンとかいうヤツの真の狙いは、そのプロテクトのかかった何かだろうからな」

 前を向いたまま応じるノヴァルナに、ノアは「ふふっ…」と微かに笑い声を漏らし、悪戯っぽい口調で問い直す。

「嘘つき。そうじゃなくて…イチちゃんの事が気になるんでしょ? お兄様にいさま

「う…」

 図星を突かれてたじろぐノヴァルナ。

 兄様大好きっ子だったフェアンが異性の事で、これほど積極的な行動を見せるなど初めてである。ノヴァルナも人の子であって、妹のこういった変化が気にならないわけがない。気まずそうに手で頭を掻くノヴァルナに、ノアは優しく説いた。

「大丈夫よ。イチちゃん、あなたと同じで本当は真面目な子だもの。だからちゃんと、あなたに許可をもらってから会おうとしてるんだし」

「でも、“ご褒美”に会わせろって、真面目な奴の言う事かぁ?」

「それはたぶん、許可をもらうのに、有利な交渉材料が見つかったからよ」

「交渉材料ねぇ…」

「そりゃ、この旅に強引について来ておいて、実は目的が、キヨウで彼氏と会う事だった…って、言い難いでしょ? 大好きな兄様に嫌われるかも知れない、と思ったら、なおさらハードルは高いわよ。それとも、そもそもそのナギって人と会うのは反対?」

「いや…俺も面識はあるけど、真面目でいい奴さ。初対面なのに、フェアンを命がけで助けてくれたしな。度胸もある」

「じゃ、なにがご不満?」

 するとノヴァルナは渋面を作って、気まずそうに打ち明けた。

「…さっき勢いで“プロテクト解除に成功したら”って、条件つけちまった。フェアンの奴がもし失敗したら可哀想だと、後悔して来てな…」

 それを聞いたノアは「ハハハハ!」と笑い声を上げる。そして自分の人差し指と中指を揃えて先端に口づけし、その指を向かい側に座るノヴァルナの唇に押し当てる“間接キス”をすると、「真面目か」と愛おしそうな眼で告げた………




▶#16につづく
 
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