216 / 508
第11話:銀河道中風雲児
#04
しおりを挟むノヴァルナ一行が到着した、キノッサ曰く“穴場の温泉地”…それは、バンクナス大火山の裾野から伸びる、大きな大地の裂け目。つまり峡谷の両側に作られていた。
アルーマという名のその地は温泉旅館をはじめ、角を丸く造った独特の建築物が木造で、大昔の皇都惑星キヨウにおいて、“東洋”と呼ばれた地方の建築物を模しているらしい。
二十軒ほどの旅館が密集した、そこかしこからは白い湯気が立ち上り、峡谷の中央には流量の多い川が流れて、ノヴァルナ達がバイクと車を峡谷の中腹に設けられた共同駐車場に止めたあとは、耳障りな雑音もなく閑静な印象を与える。
共同駐車場を使用したのは、各旅館が峡谷の崖に沿って重なるように建てられており、道はその間を縫うように細く、そのうえ多数の階段があって、乗用車が入れないからであった。
「さあさあ、着きましたですよ」
真っ先に車を降りたキノッサはそう言って、早速予約を入れてある旅館へ案内しようとする。ただどうやら、それには及ばないようであった。公共駐車場の一角にいた五人組がノヴァルナに歩み寄って来て、礼儀正しく頭を下げて挨拶をしたからである。五人組はノヴァルナらが泊まる旅館の女主人と従業員だったのだ。わざわざ出迎えに来てくれたらしい。女主人は三十代後半と思われる、黒髪の上品な女性だった。
「ガルワニーシャ重工ラゴン支社、ノバック=トゥーダ様御一行様ですね?…お迎えに上がりました。アルーマ天光閣の『オ・カーミ』を務めております、エテルナ=トルクールと申します」
今回のこのアルーマ温泉地でのノヴァルナの宿泊は、キノッサの判断でいわゆる“お忍び”としていた。星大名家当主が訪れたとなると、アルーマの“穴場”という印象が壊れてしまう…と感じたからである。そこで予約の名義としたのが、以前にも中立宙域を訪問した時に使用した、ガルワニーシャ重工の重役の息子という立場と、ノヴァルナが1589年のムツルー宙域へ飛ばされた時に使用した、ノバック=トゥーダの偽名だったのだ。なおノバック=トゥーダを名乗らせたのは、一緒にムツルー宙域へ飛ばされたノアの提案だ。久しぶりに人前でノヴァルナを、“ノバック”と呼びたいのだろう。
ノヴァルナはエテルナ軽くと向き合って答礼し、「宜しく頼む―――」と言ってさらに言葉を続けた。
「初めて聞く肩書きだが、『オ・カーミ』とはどういう意味だ?」
そのノヴァルナの口調を聞いた瞬間、キノッサは“あーあ…”という顔をする。とても民間人の物言いとは思えない、武家階級『ム・シャー』の威風を感じさせるもので、ガルワニーシャ重工重役の息子だというのは偽りなのが、丸わかりだからであった。
しかしエテルナはその辺の扱いを心得ているらしく、何食わぬ顔でノヴァルナの問いに答える。
「はい。わたくし共の業界では旅館の女主人を、このような肩書きで呼ばせて頂いております。ではどうぞこちらへ。足元にご注意ください」
エテルナに導かれ、ノヴァルナ達は宿泊先に向かうため共同駐車場から、幅がそう広くない道を進み始めた。道は自然の景観になるべく手を加えないように考えられており、所々に木造の小さな橋が架けられて、時には剥き出しの大きな岩の上を歩くようにすらなっている。
ただそれだけ注意深く作られているだけあって、木造の旅館群と融合したアルーマ峡谷の景観は、まるで上質の絵画を観ているようであった。
赤茶色の切り立った岩で出来た峡谷は、所々から細い滝が白く流れ落ちており、谷底には湯が湧き出している箇所が幾つかあって、湯気が立ち上っている。二十ほどある旅館はそれぞれ、太い桁材で組んだ土台の上に建てられていた。そして崖の至る所からは、新緑も鮮やかな木々が斜めに突き出すように生えている。
滝の流れ落ちる音と川の流れる音、峡谷を渡る鳥が甲高い声を響かせると、谷風に木々の枝がざわめいた。
「きれーい!」
姉のマリーナの腕を取り、峡谷を見渡してフェアンが声を上げる。
「だから、しがみつかないでって、言ってるでしょう」
面倒臭そうに妹を押し退けようとしているマリーナの姿を背景に、ノアはエテルナに尋ねた。
「こちらの温泉保養地は、古いのですか?」
「はい。もう四百年ほどになりますか…銀河皇国の第一期入植時から、この地は温泉保養地として栄えて参りました」
エテルナの返答に、ノヴァルナは怪訝そうな眼で周囲を見る。“栄えて来た”という割には、客の数が多く無い。いや、ほとんど見掛けないと言っていい。そう言えば共同駐車場でも、自分達以外の車は数台しか駐車していなかったのだ。それにキノッサが言った“穴場”という言葉も、客がほとんどいないという意味ではないはずである。
そんなノヴァルナの気配を察したのか、エテルナは少し苦笑いを交えて、静かな口調で付け加える。
「もっとも…近年では新たな保養地が各地に作られ、お客様の選択肢も増える結果となっておりますが」
そうかぁ?…といった表情になり、手指で頭を掻くノヴァルナ。
とその時、前方の分かれ道の一方から、二十人ほどの怪しげな一団が現れた。先頭にいるのは、丸目のゴーグルを掛けた、ストライプのスーツ姿の男だ。エテルナと面識があるらしく、口元を歪めてゆっくりと声を発した。
「おぉや、これはこれは。アルーマ天光閣の『オ・カーミ』じゃ、ありませんか。相変わらずお美しい」
「………」
無言のエテルナ。丸目のゴーグルの男はそんなエテルナに構わず、彼女が案内している客、つまりノヴァルナ達に顔を向けた。
「で、こちらは?」
▶#05につづく
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
書き出しと最後の一行だけで成る小説
音無威人
現代文学
最初の一行と最後の一行だけで成る実験小説。内容は冒頭とラストの二行のみ。その間の物語は読者の想像に委ねる。君の想像力を駆使して読んでくれ!
毎日更新中。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる