銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第10話:花の都へ風雲児

#09

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 それはノヴァルナに同行していた男性陣にとっては、夢のような時間であった。ショッピングモールで購入した水着に着替えた女性陣を、白い砂浜が広がるビーチで眺められるのは、眼福以外の何物でもない。

 フェアンは赤い南国の花をあしらった黄色とオレンジ色のワンピース。女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガは赤いビキニスタイル、キュエル=ヒーラーは白と水色のストライプのワンピース。キスティス=ハーシェルは紫の小さな花柄のビキニスタイル。
 さらにラン・マリュウ=フォレスタは、黒に近いダークブラウンのビキニスタイル。後ろに尻尾を通す穴が開いた、フォクシア星人仕様だ。美しい上にスタイルも良いランに、男性『ホロウシュ』達は気もそぞろだが、彼等からすればランは厳しい上官であり、モヤモヤ感が纏わりつく。

 そしてノア・ケイティ=サイドゥは、純白のビキニの腰にアクアブルーで染められた、ハーフサイズのパレオを巻いている。ノア自身からすれば、あまり目立たない控え目な印象を与えるつもりで選んだ水着だったが、可憐さが強調される結果となり、ビーチに姿を見せた途端、男性陣の眼を釘付けにしてしまった。
 自分も思わず見とれたノヴァルナだが、ハッ!と我に返ると背後の男性『ホロウシュ』達を振り返り、手の平を上向きにした右腕を突き出して、真顔で「一人千五百。撮影代別途!」と見物料を取ろうとする。
 それを見てノアは顔を赤らめ、「なに馬鹿な事やってんのよ!」とノヴァルナの頭を後ろから張り飛ばした。
 またカレンガミノ姉妹はノアの護衛役として、水着を固辞していたのだが、ノアから「命令です」と言われ、仕方なくコバルトブルー色をした、スポーツタイプのセパレート式を二人揃ってチョイスした。鍛えられた姉妹の体にこのチョイスは、これはこれで需要がありそうである。

 そんな中、マリーナだけは水着をではなく日傘を買うと、上着などを脱いでやや身軽にはなったものの、いつものゴスロリファッションでビーチへ出た。日傘をさして、砂浜に並ぶ大きなビーチパラソルの一つへ向かうと、その日陰に入って日傘を畳む。ビーチパラソルの下には木製の白いチェアが置かれてあり、それに座ったマリーナはNNLのホログラムスクリーンを立ち上げ、パラソルのコントロールパネルを呼び出した。
 このビーチパラソルの傘は上面が、カラフルな色彩を施した透光性皮膜で覆われた太陽電池パネルで、傘の内側付け根にはその電力で下側に冷風を送る、小型クーラーが取り付けられている。しかもその冷却機能は強力で、炎天下であっても25度ぐらいをキープできる、冷風エアカーテンを作り出せた。

 涼やかな風が出始めるとマリーナは、さらにNNLのメニューから読書アプリを開いて、読みかけだった古い小説を読み始める。姉のある種毅然としたマイペースぶりに、フェアンは呆れ顔でやって来ると、困惑気味に問い質した。

「マリーナ姉様。ここは海だよぉ?」

「そんな事は、言われなくても分かってるわ」

 冷静そのもののマリーナ。

「だったらもっと、海らしいことして遊ぼうよぉー」

「浜辺で読書。これほど海の遊びらしい事はないでしょ?…青い空、青い海、白い砂浜…そのような環境で読書。素敵じゃない」

 屁理屈のようなマリーナの返答だが、確かに海でキャーキャーはしゃぐ姿は、彼女には似つかわしくはない。するとマリーナは、周囲に誰もいない状況である事を尋ね返す。

「ところであなた。“あの話”は、兄上にちゃんと伝えたの?」

 途端に口元を引き攣らせ、フェアンはたじろいだ。

「ぅえ?…ん、んーと―――」

 そんな妹の反応に、マリーナは小さくため息をついて言う。

「呆れた…ちゃんとキヨウに着くまでに言うのよ。でないと、いくら私達にはお優しい兄上も、強引について来た上に、約束を破って勝手な行動したりしたら、お怒りになるに違いないわ」

「わ、わかってるって!」

 マリーナの言葉に、フェアンはその場しのぎの態度で言い返し、逃げるように兄達のいるところへ去っていった。どうやらフェアンにはこのキヨウ行きに、別の思惑があるらしい。何食わぬ顔で後ろからノアに抱き着いていくフェアンの姿に、マリーナはもう一度、小さくため息をついた………



 再び同時刻、惑星マスラナークの交易ステーション。商談用ブースの一つでは、カーネギー=シヴァとイマーガラ家のライアン=キラルーク達の密談が、昼食を挟んで続いている。

「…それは姫様。お約束頂けるのでしょうね?」

 そう念を押して来るライアン=キラルークに、カーネギーはゆっくりと頷く。

「必ずや。わたくし…いえ、我がシヴァ家が、オ・ワーリ宙域の支配権を取り戻した暁には、皇国貴族としてギィゲルト殿の軍の、ご上京に協力致します」

 それに対し、ライアンが「ふむ…」と思案顔をすると、カーネギーは自分の思いを口にした。

「この二年…名ばかりの領主として、ノヴァルナ様に利用されるだけなのには、もう飽きました。わたくしはこのようなお飾りとなるために、ノヴァルナ様のもとに身を寄せたのではありません。皇国貴族の名門、シヴァ家の再興が亡き父の夢…それを果たさずして、我が面目の立つ瀬がありましょうか」

 カーネギーの言葉通り、現在の彼女は名目上はオ・ワーリ宙域星大名だ。だがそれはノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家が、外交に利用するためのものであり、事実上なんの権限も持たない傀儡でしかない。
 最初はそれも仕方のない事と割り切っていたカーネギーだが、鬱屈とした想いが蓄積していくのは否定できず、ついにいよいよそれを覆し、隣国イマーガラ家の力を借りて、実権を取り戻そうとしているのだった。
 
 ただそうは言うものの、カーネギーには戦力らしい戦力はない。ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家から供与されたBSIユニットで、ユーリスが指揮官を務める一個中隊が編成されているだけである。そこでノヴァルナの宿敵であるイマーガラ家から、戦力を借りようというのだ。

 現在キオ・スー=ウォーダ家は、表向きの宗主に祭り上げているカーネギーのシヴァ家が、これも名目上はミ・ガーワ宙域の領主であるキラルーク家と友好協定を結んだ事で、そのキラルーク家の後ろ盾となっているイマーガラ家とも、一応の停戦状態にあった。
 カーネギーは、この名目上のオ・ワーリ宙域の支配者という立場を逆用し、臣下であるキオ・スー=ウォーダ家の不忠を成敗するためと称し、ライアン=キラルークを通じてイマーガラ軍をオ・ワーリ宙域に呼び込む目論見だ。

 そしてこの計画をカーネギーに持ち掛けたのが、ここに同席している皇国貴族のジョルダ=イズバルトである。茶色の口髭を蓄えた、スキンヘッドのヒト種の男。この男のイズバルト家もかつては高位の貴族であったが、シヴァ家同様およそ百年前の『オーニン・ノーラ戦役』後に没落し、現在はオ・ワーリ宙域内に僅かな領有星系を所持するだけだった。この男もまた、貴族としての失われた栄光の日々の復活を企む者らしい。

「それで…どのような手筈に致しますか?」

 ライアンが切り出すと、ジョルダがオ・ワーリ宙域の星図ホログラムを、テーブル上に立ち上げて応じる。

「まず我等イズバルト家が艦隊を出し、キオ・スー=ウォーダ家の領有する植民星系を幾つか占領します。ノヴァルナ殿はその奪回のため、出撃して来るはず」

 そう言ってジョルダが指し示したのは、キオ・スー=ウォーダ家の本拠地星系、オ・ワーリ=シーモアから見て、ミ・ガーワ宙域とは反対の方角だった。つまりノヴァルナの軍をイマーガラ家とは反対方向に引き付けようと言うのだ。
 するとそのあとを、もう一人の同席者である独立管領、トルドー=ハルトリスが続ける。三十代半ばと思われる黒人男性のトルドーは、イーセ宙域との国境に近いニノージョン星系を領有している。こちらもミ・ガーワ宙域とは反対方向だ。

「さらに我等ニノージョン星系も艦隊を出し、ノヴァルナ殿を釘付けに致します。その隙にミ・ガーワ宙域からイマーガラ軍がなだれ込み、一気にオ・ワーリ=シーモア星系を目指します」

 これを聞いて、カーネギーは“上手く行きそうだ”と感じたのであろう。やや吊り上がり気味の眼を輝かせた。ただ彼女の隣に座る側近のユーリスは、表情を崩さない。ここでライアンが、自らの懸念を口にする。

「問題はイマーガラ家が、どれぐらいの部隊を出してくれるかですね。私の予想では三個艦隊…あくまでもシヴァ家の問題として、処理したいはずでしょうし」

「で、現在のノヴァルナ殿の戦力は?」

 とジョルダが問い質すと、ユーリスが初めて発言した。

「今年になって第7艦隊が新たに編成され、現在七個艦隊です」

 この戦いのない二年間。それは同時に、戦力を拡充する期間でもあった。弟カルツェの謀叛を鎮圧したノヴァルナは、その後の二年間で艦隊の再編と、戦力増強に努めていたのだ。よく“平和とは次の戦争のための準備期間”と言われるが、まさに戦乱の今の銀河においては至言だと言える。

「七個艦隊は、少々厳しいかも知れませんな…」

 急に怖気づいたように見えるジョルダ。それもそのはずで、この男には実戦経験が無かったのだ。ただその怖気には、根拠が無いわけではない。ノヴァルナ側の戦力はこれだけでなく、ノヴァルナのいとこ、ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系艦隊も加わるからだ。しかもアイノンザン星系の恒星間打撃艦隊は二個で、通常の独立管領の持つ恒星間打撃艦隊戦力の倍となっている。つまりノヴァルナ側は実質九個艦隊というわけだった。

「いっそ、イル・ワークラン=ウォーダ家を味方に引き込むか? それならヴァルキス殿も易々とは動けぬはず」

 トルドーが提案するが、それを聞いたカーネギーは、間髪入れず拒絶した。

「駄目です。イル・ワークランは信用なりません!」

 カーネギーの拒否反応は三年前、今は各家の関係破綻で行われなくなったウォーダ家の氏族会議の際、イル・ワークランに雇われた傭兵が、会議場となったキオ・スー城を奇襲し、キオ・スー家とナグヤ家の主要人物を抹殺しようとした事があった。目前に情報を入手したノヴァルナが、フェアンとランを伴って宇宙に上がり、それを阻止したあの事件である。
 この事件でイル・ワークラン家は、カーネギーのシヴァ家が犯人と思わせるように、偽装工作を行っていたのだ。この経緯からカーネギーはイル・ワークラン家を全く信用しておらず、今回の計画でもはじめから、協力者の選択肢に存在していなかった。

「しかし背に腹は代えられぬ…とも申しますし」

 ジョルダが恐る恐るカーネギーに翻意を促そうとする。それに対し、カーネギーは睨み付けるのではなく、むしろ含み笑いらしきものを浮かべて見返した。

「アイノンザン星系については…実は懸念する必要はありません」

「?」

 ライアンらが首を傾げると、何かに気付いた様子のカーネギーは、商談ブースの外へ視線を遣る。そこへ現れるスーツ姿の若い男性。よく見るとアイノンザン星系領主、今話題に上っていたヴァルキス=ウォーダ本人である。
 驚くライアン達の前で椅子から立ち上がったカーネギーは、一礼してブースの中に入って来たヴァルキスに、右手を差し出した。その手の甲に恭しく口づけをするヴァルキス。

「ちょうど良いタイミング。貴方の事を話していたところです。ヴァルキス殿」

 これまでと違い、艶やかな眼をして告げるカーネギー。ヴァルキスはそんなカーネギーの手を取って、二人並んで着席する。そしてヴァルキスはライアン達三人をひとわたり見ると、落ち着いた口調で告げた。

「お初にお目にかかる。アイノンザン星系独立管領ヴァルキス=ウォーダでありまする。それで?…早速だがノヴァルナ様を討つお話、どの辺まで進んでおりますでしょうか………」





▶#10につづく
 
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