201 / 508
第10話:花の都へ風雲児
#07
しおりを挟むノヴァルナ達を乗せた戦闘輸送艦『クォルガルード』の航路は、まずウォーダ家のオ・ワーリ宙域とロッガ家のオウ・ルミル宙域の間に設けられている、中立宙域に入り、銀河皇国直轄直轄星系のアンソルヴァ星系第五惑星ルシナスへ寄港。そこから同じ中立宙域のキヨウ側の端にある、ミートック星系第二惑星ガヌーバへ寄港する。
ここからオウ・ルミル宙域へ入り、レンダ星系第三惑星リスラントへ寄港したのち、皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ向かう段取りであった。
惑星ラゴンを出発した『クォルガルード』は、イル・ワークラン家からの襲撃を警戒し、ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系艦隊が護衛。中立宙域へ入ると最初の寄港地、惑星ルシナスまではDFドライヴを繰り返して三日の距離だった。
のんびりする…と言っても、何もしないのとは意味が異なる。航行が開始されて翌日には、ノヴァルナ達は早くも“冒険の旅”に出た。いや現実の冒険の旅ではない、ホログラムルームを使用した、VRゲームの世界での冒険の旅である。
ゲーム名は『グランダラスR』―――剣と魔法の世界を描いた、市井でも人気のVRRPGだ。職業はノヴァルナが“勇者見習い”、ササーラが“騎士見習い”、フェアンが“白魔導士”、マリーナが“黒魔導士”、そしてキノッサが“商人”となっている。
舞台は現実と見まがうばかりに精密な、ホログラムの洞窟内。岩盤から突き出た巨大な水晶が黄色や緑色の光を放ち、周囲を照らしていた。そして彼等の前には長く伸びた三つの頭を持つオオトカゲ型の怪物。“キングヒドラ”と呼ばれる、この迷宮洞窟の主…つまり中ボスというわけだ。
「おおおりゃあああ!」
旅人のマントを翻し、剣を構えて“キングヒドラ”へ突進するノヴァルナ。だがその身は、“キングヒドラ”が振り回した首の一つに強かに打たれ、真後ろに吹っ飛ばされる。
「でえええええっ!!」
足元にすっ転がって来たノヴァルナに、白いローブ姿のフェアンが声を掛ける。ただその言葉は兄を気遣うものではなく、どちらかと言えば詰るものだった。
「兄様、何やってんのよぉ!!」
「いてててて…いいから回復魔法掛けろって、フェアン」
「そんなの無理だよ。あたしもう、MP残ってないもん」
「はぁ? てめ、どんだけ無駄遣いしてんだよ!?」
「むやみに突っ込んで、ダメージばかり受ける兄様のせいじゃん!」
無駄な口喧嘩をしている間に、特殊攻撃のゲージが溜まった“キングヒドラ”は三つの口から炎を吐いて、ノヴァルナに代わって突撃したササーラを、黒焦げの丸焼きにしてしまう。
「二人共、口喧嘩してないで!」
ノヴァルナとフェアンを窘めながら、黒いローブ姿のマリーナが前に進み出て、地面に魔導士の杖を突き立てた。攻撃魔法の呪文はすでに詠唱済みだ。
「ブーステッド・フリーズ!」
魔法名を口にすると同時に、マリーナが突き立てた杖の先端に埋め込まれているマジックジュエルが、白い輝きを放ち、“キングヒドラ”の立つ位置の地面に青白い魔法陣が出現した。そして次の瞬間には、“キングヒドラ”の巨体は白い霜に覆われて凍結する。
ふぅ…と息をつくマリーナ。ところが凍り付いたはずの“キングヒドラ”は、三つの頭の口の中に小さな炎を灯すと、それを飲み込み、全身から光を放った。すると体表を覆っていた霜は水蒸気となり、“キングヒドラ”は復活する。
「あらやだ…魔力レベルが、まだ低かったみたい」
落ち着き払ってそう言ったマリーナに、“キングヒドラ”の火炎放射が容赦なく放たれた。
「どうすんの兄様、みんなやられちゃうよぉ!」
狼狽するフェアンを傍らに、ノヴァルナは“商人”のキノッサに言い放つ。
「キノッサ! 回復薬よこせ!」
キノッサは道具袋の中に手を入れながら応じる。
「へい。1個1000マネーになりやす」
「バカてめ、なんで金取んだよ!?」
「あたしゃ“商人”なんで」
ノヴァルナはキノッサの胸ぐらを掴んで怒りを露わにした。
「んな事言ってる場合じゃねーだろ! てか1個1000マネーて、相場の十倍もしてんじゃねーか!!」
「緊急時特別価格というヤツでして…」作り笑いのキノッサ。
「ふざけんな、てめ! 阿漕な商売すんな!!」
揉めるノヴァルナ達の背後に、“キングヒドラ”が迫って来る。それに気付いたフェアンは振り返り、“キングヒドラ”の口の中に灯る炎を見ながら、引き攣った顔で苦笑するしかなかった。
「あちゃー。だめだぁ、こりゃあ…」
当然パーティーは全滅し、周囲の景色と衣服、それに装備品も消え去って、ノヴァルナ達は“元の世界”に戻って来た。殺風景な部屋の中でノヴァルナが開口一番、不平を言う。
「おまえら、序盤から何度も全滅とか、やる気あんのか!?」
すかさず言い返すフェアン。
「だって兄様が悪いんじゃん」
「んだとぉ!?」
「イチの言う通りですわ―――」
妹に賛同してマリーナが冷たく言う。
「兄上がちゃんとレベル上げせずに、先に先に行こうとされるから、結果的に行き詰るのです。領国経営や軍略も同じですよ…いつも兄上は―――」
マリーナの話が現実に傾いて説教臭くなって来たため、ノヴァルナは慌てて両手を振りながら謝罪する。
「う…わかった、わかった。悪かったって!」
そうこうするうちに『クォルガルード』は最初の寄港地、アンソルヴァ星系第五惑星ルシナスへ到着した。
惑星ルシナスは、二重になった細いリングを持ち、表面の九割を海洋が占める青く美しい星である。太古の昔は陸地面積ももう少し広かったようだが、公転軌道が何らかの理由でズレたため、南北両極の氷が融解して海面が上昇したらしい。
また二重のリングは、それまでに存在したルシナスの衛星が、軌道がズレた際に砕けたものと考えられた。その事からもこの惑星はかつて、かなりの天変地異に見舞われたのが窺い知れる。
現在のルシナスを含むアンソルヴァ星系は、王国貴族の荘園星系となっており、第四惑星の鉱物資源と、このルシナスの観光資源が主要な収入源であった。
観光資源とは無論、海と自然の美しさとマリンスポーツ。ルシナスは赤道付近は年間平均気温が六十度もあり、人類の生活には向かない環境だが、極地付近でも二十度程で、少ない陸地でもほぼ惑星全体を居住圏に出来ている。
戦国の世ではあるが、この星系は中立宙域に位置しているため、周辺宙域からの訪問客も多く賑わっていた。
大気圏に進入した『クォルガルード』は、この惑星の南半球にある最大の島、キラメルラへ向かった。キラメルラはやや歪んだ“X”字型をした島で、人口はおよそ百万人。この惑星ルシナスの政治・経済の中心となっている。海面上昇前は山に囲まれた高地だったと思われ、緑の木々に覆われた山あいの間を縫うように、都市が造られており、その山間の開口部に海上都市が扇状に広がる。
ルシナス宇宙港はその扇状の海上都市にあった。白い雲を抜け、視界一杯の海原の上に出た『クォルガルード』は、その宇宙港を目指した。
「綺麗な海ー! 着いたら泳ごう、マリーナ姉様」
エメラルドグリーンの海を、ラウンジの窓から眺めてはしゃぐフェアンに、姉のマリーナは大して興味無さそうに応じる。
「海ならラゴンにもあるではないの」
「わかってないなぁ、姉様。こういうのはノリなんだよー」
「わからなくて結構よ」
すまし顔で言うマリーナに対し、不満そうに唇を尖らせて「もー」と声を上げたたフェアンは、それならば…とノアに声を掛ける。
「ね、ノア義姉様。泳ごうよぉ」
ノアは傍らのノヴァルナに顔を向けた。ノヴァルナが頷くのを見たノアは、フェアンを振り返って、「ええ。いいわよ」と笑顔を見せた。「やったー!」と喜んだフェアンは、さらにランにも声を掛ける。
「ランも、他の『ホロウシュ』の女の子もみんな、海で遊ぼう!」
それを聞いて途端にニヤニヤし始める、ヨリューダッカ=ハッチをはじめとした『ホロウシュ』の男達。どうせ女性陣の水着姿を頭に描いての事なのは、明白であった………
▶#08につづく
0
あなたにおすすめの小説
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる