銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第10話:花の都へ風雲児

#07

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 ノヴァルナ達を乗せた戦闘輸送艦『クォルガルード』の航路は、まずウォーダ家のオ・ワーリ宙域とロッガ家のオウ・ルミル宙域の間に設けられている、中立宙域に入り、銀河皇国直轄直轄星系のアンソルヴァ星系第五惑星ルシナスへ寄港。そこから同じ中立宙域のキヨウ側の端にある、ミートック星系第二惑星ガヌーバへ寄港する。
 ここからオウ・ルミル宙域へ入り、レンダ星系第三惑星リスラントへ寄港したのち、皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ向かう段取りであった。

 惑星ラゴンを出発した『クォルガルード』は、イル・ワークラン家からの襲撃を警戒し、ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系艦隊が護衛。中立宙域へ入ると最初の寄港地、惑星ルシナスまではDFドライヴを繰り返して三日の距離だった。

 のんびりする…と言っても、何もしないのとは意味が異なる。航行が開始されて翌日には、ノヴァルナ達は早くも“冒険の旅”に出た。いや現実の冒険の旅ではない、ホログラムルームを使用した、VRゲームの世界での冒険の旅である。
 ゲーム名は『グランダラスR』―――剣と魔法の世界を描いた、市井でも人気のVRRPGだ。職業ジョブはノヴァルナが“勇者見習い”、ササーラが“騎士見習い”、フェアンが“白魔導士”、マリーナが“黒魔導士”、そしてキノッサが“商人”となっている。
 舞台は現実と見まがうばかりに精密な、ホログラムの洞窟内。岩盤から突き出た巨大な水晶が黄色や緑色の光を放ち、周囲を照らしていた。そして彼等の前には長く伸びた三つの頭を持つオオトカゲ型の怪物。“キングヒドラ”と呼ばれる、この迷宮洞窟の主…つまり中ボスというわけだ。

「おおおりゃあああ!」

 旅人のマントを翻し、剣を構えて“キングヒドラ”へ突進するノヴァルナ。だがその身は、“キングヒドラ”が振り回した首の一つに強かに打たれ、真後ろに吹っ飛ばされる。

「でえええええっ!!」

 足元にすっ転がって来たノヴァルナに、白いローブ姿のフェアンが声を掛ける。ただその言葉は兄を気遣うものではなく、どちらかと言えば詰るものだった。

兄様にいさま、何やってんのよぉ!!」

「いてててて…いいから回復魔法掛けろって、フェアン」

「そんなの無理だよ。あたしもう、MP残ってないもん」

「はぁ? てめ、どんだけ無駄遣いしてんだよ!?」

「むやみに突っ込んで、ダメージばかり受ける兄様のせいじゃん!」

 無駄な口喧嘩をしている間に、特殊攻撃のゲージが溜まった“キングヒドラ”は三つの口から炎を吐いて、ノヴァルナに代わって突撃したササーラを、黒焦げの丸焼きにしてしまう。

「二人共、口喧嘩してないで!」

 ノヴァルナとフェアンを窘めながら、黒いローブ姿のマリーナが前に進み出て、地面に魔導士の杖を突き立てた。攻撃魔法の呪文はすでに詠唱済みだ。

「ブーステッド・フリーズ!」

 魔法名を口にすると同時に、マリーナが突き立てた杖の先端に埋め込まれているマジックジュエルが、白い輝きを放ち、“キングヒドラ”の立つ位置の地面に青白い魔法陣が出現した。そして次の瞬間には、“キングヒドラ”の巨体は白い霜に覆われて凍結する。

 ふぅ…と息をつくマリーナ。ところが凍り付いたはずの“キングヒドラ”は、三つの頭の口の中に小さな炎を灯すと、それを飲み込み、全身から光を放った。すると体表を覆っていた霜は水蒸気となり、“キングヒドラ”は復活する。

「あらやだ…魔力レベルが、まだ低かったみたい」

 落ち着き払ってそう言ったマリーナに、“キングヒドラ”の火炎放射が容赦なく放たれた。

「どうすんの兄様、みんなやられちゃうよぉ!」

 狼狽するフェアンを傍らに、ノヴァルナは“商人”のキノッサに言い放つ。

「キノッサ! 回復薬よこせ!」

 キノッサは道具袋の中に手を入れながら応じる。

「へい。1個1000マネーになりやす」

「バカてめ、なんでかね取んだよ!?」

「あたしゃ“商人”なんで」

 ノヴァルナはキノッサの胸ぐらを掴んで怒りを露わにした。

「んな事言ってる場合じゃねーだろ! てか1個1000マネーて、相場の十倍もしてんじゃねーか!!」

「緊急時特別価格というヤツでして…」作り笑いのキノッサ。

「ふざけんな、てめ! 阿漕あこぎな商売すんな!!」

 揉めるノヴァルナ達の背後に、“キングヒドラ”が迫って来る。それに気付いたフェアンは振り返り、“キングヒドラ”の口の中に灯る炎を見ながら、引き攣った顔で苦笑するしかなかった。

「あちゃー。だめだぁ、こりゃあ…」



 当然パーティーは全滅し、周囲の景色と衣服、それに装備品も消え去って、ノヴァルナ達は“元の世界”に戻って来た。殺風景な部屋の中でノヴァルナが開口一番、不平を言う。

「おまえら、序盤から何度も全滅とか、やる気あんのか!?」

 すかさず言い返すフェアン。

「だって兄様が悪いんじゃん」

「んだとぉ!?」

「イチの言う通りですわ―――」

 妹に賛同してマリーナが冷たく言う。

「兄上がちゃんとレベル上げせずに、先に先に行こうとされるから、結果的に行き詰るのです。領国経営や軍略も同じですよ…いつも兄上は―――」

 マリーナの話が現実に傾いて説教臭くなって来たため、ノヴァルナは慌てて両手を振りながら謝罪する。

「う…わかった、わかった。悪かったって!」



 そうこうするうちに『クォルガルード』は最初の寄港地、アンソルヴァ星系第五惑星ルシナスへ到着した。

 惑星ルシナスは、二重になった細いリングを持ち、表面の九割を海洋が占める青く美しい星である。太古の昔は陸地面積ももう少し広かったようだが、公転軌道が何らかの理由でズレたため、南北両極の氷が融解して海面が上昇したらしい。
 また二重のリングは、それまでに存在したルシナスの衛星が、軌道がズレた際に砕けたものと考えられた。その事からもこの惑星はかつて、かなりの天変地異に見舞われたのが窺い知れる。

 現在のルシナスを含むアンソルヴァ星系は、王国貴族の荘園星系となっており、第四惑星の鉱物資源と、このルシナスの観光資源が主要な収入源であった。
 観光資源とは無論、海と自然の美しさとマリンスポーツ。ルシナスは赤道付近は年間平均気温が六十度もあり、人類の生活には向かない環境だが、極地付近でも二十度程で、少ない陸地でもほぼ惑星全体を居住圏に出来ている。
 戦国の世ではあるが、この星系は中立宙域に位置しているため、周辺宙域からの訪問客も多く賑わっていた。

 大気圏に進入した『クォルガルード』は、この惑星の南半球にある最大の島、キラメルラへ向かった。キラメルラはやや歪んだ“X”字型をした島で、人口はおよそ百万人。この惑星ルシナスの政治・経済の中心となっている。海面上昇前は山に囲まれた高地だったと思われ、緑の木々に覆われた山あいの間を縫うように、都市が造られており、その山間の開口部に海上都市が扇状に広がる。

 ルシナス宇宙港はその扇状の海上都市にあった。白い雲を抜け、視界一杯の海原の上に出た『クォルガルード』は、その宇宙港を目指した。

「綺麗な海ー! 着いたら泳ごう、マリーナ姉様」

 エメラルドグリーンの海を、ラウンジの窓から眺めてはしゃぐフェアンに、姉のマリーナは大して興味無さそうに応じる。

「海ならラゴンにもあるではないの」

「わかってないなぁ、姉様。こういうのはノリなんだよー」

「わからなくて結構よ」

 すまし顔で言うマリーナに対し、不満そうに唇を尖らせて「もー」と声を上げたたフェアンは、それならば…とノアに声を掛ける。

「ね、ノア義姉様ねえさま。泳ごうよぉ」

 ノアは傍らのノヴァルナに顔を向けた。ノヴァルナが頷くのを見たノアは、フェアンを振り返って、「ええ。いいわよ」と笑顔を見せた。「やったー!」と喜んだフェアンは、さらにランにも声を掛ける。

「ランも、他の『ホロウシュ』の女の子もみんな、海で遊ぼう!」

 それを聞いて途端にニヤニヤし始める、ヨリューダッカ=ハッチをはじめとした『ホロウシュ』の男達。どうせ女性陣の水着姿を頭に描いての事なのは、明白であった………




▶#08につづく
 
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