銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
195 / 508
第10話:花の都へ風雲児

#01

しおりを挟む
 
 光陰矢の如し―――

 弟カルツェ・ジュ=ウォーダの謀叛を抑え、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家が一応の秩序を取り戻してから、二年と数ヵ月の月日が流れた、皇国暦1558年の初夏。

 晴天を仰ぐキオ・スー城の天守の廊下。並んで開け放たれた窓から、微かな潮の香りを風が運んで来る。

 その廊下を小走りにやって来る、一人の小柄な若者がいた。猿顔のその若者は、十七歳となっていたトゥ・キーツ=キノッサ―――ノヴァルナの事務補佐官だ。あまり背が伸びていないのが、今現在の悩みとなっている。
 しかし事務補佐官という肩書は表向きで、実際にやっているのは、相変わらずノヴァルナ直属の雑用係である。ただこの肩書は、ノヴァルナのキオ・スー城奪取後の修繕作業で、ショウス=ナイドル配下としての仕事ぶりが認められたための、言わば“正式採用の証”の意味を持っていた。
 さらにこの前年、イースキー家との小競り合いがあり、キノッサはこの時以来、ASGULのパイロットとして実戦にも出るようになっている。とはいえ、戦果はまだないのだが。

 小走りのキノッサが辿り着いたのは、ノヴァルナの執務室の前だった。扉をノックして大声で伝える。

「トゥ・キーツ=キノッサ。参上致しました!」

 すると中からノヴァルナの「おう、入れ!」という声がする。

「失礼致します!」

 直立不動で言ったキノッサは、扉を開いて中に入った。執務机には数枚のデータホログラムが浮かんでおり、その中にはどこかの都市の映像もある。椅子に座るノヴァルナは傍らに立つノア姫と共に、キノッサに顔を向けた。

 前月に誕生日を迎えたノヴァルナは二十歳になっている。身長も少し伸び178センチ、顔立ちも精悍さを増していた。
 そしてノア・ケイティ=サイドゥは二十二歳。少し伸ばした黒髪は、背中の半分ほどまで。美しさはもちろん、艶やかさも少し加わって、女性的魅力が高まって来ており、キノッサもつい見とれてしまう。

 この二年間、キオ・スー=ウォーダ家は、外交的に幾度か綱渡り的な状況になったものの、戦闘にまで至る事は無かった。そしてその分、ノヴァルナは内政に集中し、この若き君主が見せた勤勉さには、家臣の誰もが驚いたものである。
 しかし勤勉になるほど多忙さも増すものなのか、いまだノア姫は正式には婚約者のままだ。もっとも、周囲はもはや完全に夫婦扱いしており、二人が過ごす私室では、メイアとマイアの“監視役”の姿も無くなっている。

「キノッサ!」

 唐突に本題に入るノヴァルナのやり方は、二年経っても変わらない。

「皇都見物に行くぜ!」

「げっ…」

「“げっ”てなんだよ!?」

「いえ…また始まったと思って」

「は? 何が“また始まった”だ?」

 訝しげに問い質すノヴァルナだが、眼は怒っていない。そしてキノッサも、キオ・スー=ウォーダ家の当主に対して、億するふうもなく平然と言い放つ。

「いえね。そろそろ何か言い出すんじゃないかと、『ホロウシュ』の皆様と、噂していたところでして…」

「噂だと?…どんな噂だ?」

 ノヴァルナの傍らに立つノアが、“ほろ、やっぱり…”といった顔をして、婚約者の横顔を見下ろす。「いや、だって―――」とキノッサ。先程からの言葉遣いといい、主君に対して些か横柄で不敬なように見えるキノッサだが、それをノヴァルナに咎められた事は一度もない。
 ただこれは他の家臣達が『新封建主義』の常識に基づいて、ノヴァルナに対して畏まって接しているだけで、当のノヴァルナにはそういう上辺だけの権威といったものに対する、こだわりは存在していない。
 キノッサもその事に気付いているのか、こういった半ば私的な打ち合わせの場合などは、対等に近い口の利き方をする。

「あのノヴァルナ様が二年以上も大人しく、政治関係に専念してんですよ。それが一段落し、新型の戦闘輸送艦も就役した今、ボチボチまた、なんか無茶をやらかし始めるんじゃないかと…」

「あ?…なんだと? ふざけんな、てめ! “あの”とか“やらかす”とか、人聞きの悪いこと言うな!!」

 さすがにそれは言い過ぎだろうと、しかめっ面になるノヴァルナ。キノッサが口にした新型の戦闘輸送艦とは、二年前にノアが遭遇し、自爆した『アクレイド傭兵団』の戦闘輸送艦、『ザブ・ハドル』のデータを参考に、ノヴァルナが地元の造船会社に開発させた艦である。その一番艦はさらに高速化の改良を受けて、銀河皇国公用語で“駿馬”の意を持つ『クォルガルード』の名を与えられ、ノヴァルナに献上されていた。

 キノッサが言う噂とは、内政に専念していたノヴァルナだが、二年以上が経った今、大人しくしているのもそろそろ限界に達し、以前から口にしていた幾つかの、“これからやりたい事”を突拍子もなく、「やる!」とか言い出すのではないか…というものだ。
 そしてその際に一番振り回されるのが、ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』のメンバーだというわけである。もっとも、以前はノヴァルナの悪ふざけに喜んでついて来ていた彼等が、そのように考えるようになった辺りに、二年の月日の流れを感じさせたりもする。

「…ったく、ノリの悪いヤツらだぜ」

 ノヴァルナがぼやくと、傍らのノアがすかさずツッコミを入れる。

「あなたが、変わらなさ過ぎなんでしょ」

「うるせー」

 そう言って反撃に脇腹を擽ろうと伸ばしたノヴァルナの手を、ノアは「なにすんのよ!」と、自分の手でピシャリと叩く。これはこれで仲の良さを見せつけられ、キノッサは些か辟易した顔になった。それに気づいて、ノヴァルナはやや居住まいを正し、皇都へ行く目的を告げる。

「…ま、ともかくだ。皇都の状況を一度、自分の眼で確かめときたくてな。モルタナ姐さんから定期的に、報告を聞きはしているが、カーズマルスやマーディンとも直接会って、話をしてぇし」

 ノヴァルナが気になっているのは、二年も経っていながら、新たな星帥皇となったテルーザ・シスラウェラ=アスルーガの銀河皇国政権が、全くと言っていいほど政治活動を行っていない事であった。
 およそ三年前、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家奪取と同時期に、星帥皇の座に就いたテルーザだが、それは叛乱を起こしたアーワーガ宙域星大名、ナーグ・ヨッグ=ミョルジの軍門に下った結果である。言うなれば傀儡だ。

 ただそうであっても、表向きはテルーザの名でとするか、或いはナーグ・ヨッグ=ミョルジを名代として、各星大名間の交戦停止を促し、今の戦国の世の鎮静化を訴えるなりしてもいいはずだった。それが今の星帥皇室に求められる、第一の事案だからである。
 しかしそれが他の政策も含めて何も見えて来ない。昨年は一応、各星大名に“戦闘行動停止要請”なるデータ通信が送られたのだが、何の効力もないまま、一度きりで終わってしまった。

 皇国中央に動きがなければ、戦国の世がいつまでも続く事になる。

 皇国は、どこへ向かうのか―――領国を経営する身となったノヴァルナは、その辺りを自分の眼で確かめたかったのである。
 女海賊モルタナが副首領を務める『クーギス党』から、ヤヴァルト皇都宙域の情報を入手する事は可能だが、皇都キヨウに長期に渡り潜入させている協力者、カーズマルス=タ・キーガーや、前『ホロウシュ』筆頭のトゥ・シェイ=マーディンとも会いたい。それがノヴァルナがキヨウへ行く理由だ。

「はぁ。なるほど…」

 ノヴァルナが理由を告げると、キノッサは難しい話はわからない、といった顔で曖昧な返事をし、それからノアにも尋ねた。

「ノア姫様もご同行されますので?」

「ええ。私も調べたい事があるので」

 ノアの目的は休学中のキヨウ皇国大学を、一度訪問する事だ。皇国暦1589年のムツルー宙域で発見した。『超空間ネゲントロピーコイル』と、それが発生させる『トランスリープチューブ』…今の銀河皇国の技術では実現不可能とされれているものが実在していた、その手掛かりを得るためである。
 
「そういうわけで、キノッサ。旅行の段取りはナイドルの爺には言ってあっから、てめーも手伝ってやれ。それからキヨウには、てめーも連れてってやる」

「わたくしめも、でございますか!?」

 ノヴァルナの最後の言葉に、キノッサは目を輝かせた。

「おう。てめー、皇都は初めてだろ?」

「はい!…はいはい! ありがとうございます!!」

 何がそんなに嬉しいかねぇ…といった顔で頷き、ノヴァルナは「んじゃ、急いで準備を始めろ」と命じる。キノッサは「はいっ!」と威勢よく返事をすると、来た時と同じように、小走りで執務室から去っていった。

「ね。『アクレイド傭兵団』の事も調べてみる?」

 ノヴァルナと二人になったノアは、もう一つの懸案もノヴァルナに尋ねる。二年前のカルツェの謀叛で、ノアを誘拐しようとしていた『アクレイド傭兵団』は、皇都のあるヤヴァルトと、その周辺宙域を勢力圏としている。規模の大きな組織でありながら、中心部分の実態が掴めない彼等だが、キヨウに行けば少しは何か分かるかもしれない。

 ただこれについては、あまり深入りするのもどうかと…と、ノヴァルナは思っていた。

 大切なノアを危険な目に遭わせた落とし前は、たとえ実行者だったハドル=ガランジェットが死んでも、完全にはついていないと考えているノヴァルナだ。
 しかし彼等の最大の雇い主が、星帥皇室をも支配下に置いているミョルジ家であり、その勢力圏へ向かうとなると、今回は必要以上に揉め事を起こしたくない。

 そして機会があれば、星帥皇のテルーザにも直接会ってみたい、と考えていればなおさらだった。テルーザはこの時二十三歳。ノヴァルナはと同世代であり、腹蔵なく話をして、本音を聞く事が出来れば話は早い。

「まぁ。場合によっては…だな」

 ノヴァルナがそう応じると、ノアもこれに関しては異論なく、「そうね」と短く言葉を返す。だがそこで、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべると、ノアを見上げてあっけらかんと言い放った。

「ちなみに、向こうから因縁吹っ掛けて来た時ゃあ、遠慮なくぶっ飛ばさせてもらうのは、当たり前だかんな」

 それを聞いてノアは肩を大きく揺らし、一つため息をついて言い返す。

「ほんと…あなたって、変わらなさ過ぎなんだから」

 こうしてノアを連れたノヴァルナの、皇都キヨウへの旅が決定したのは、皇国暦1558年9月9日の事であった………




▶#02につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...