銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第9話:退くべからざるもの

#19

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 ヴァルキス=ウォーダらが、ノヴァルナとノアの夕食の相伴にあずかっているその頃―――

 暗黒の宇宙を背景に、青白い光を輝かせる若い恒星が大小四個、たなびく紫のガス雲の中に浮かぶ。『ミラヒュート星団』と呼ばれるその恒星群の光を外殻に反射させ、遊弋している三百五十隻ほどの大規模宇宙艦隊がいた。

 ここはカゥ=アーチ、セッツー、イズンミの、三つの宙域が国境を接する位置に存在するザーカ・イー星系の外縁部。
 ザーカ・イーは一つの恒星系でありながら、宙域ひとつに匹敵するほどの莫大な経済力を持ち、企業連合による自治をヤヴァルト銀河皇国から認められていた。
 そして常備軍を持たないザーカ・イーの防衛を担っているのが、企業連合に雇われた『アクレイド傭兵団本営艦隊』である。

 その大規模艦隊の中央にいる名称不明の超大型宇宙戦艦。ノヴァルナ軍の総旗艦『ヒテン』より、二回りほども巨大なその艦の内部では、グレーの軍装に身を包んだ六十歳前後の男が、控え目な照明の執務室らしき部屋の中で、部下と思われる一組の男女から報告を受けていた。男のオールバックの白髪に鋭い眼は、怜悧さを強く感じさせる。

「そうか…ハドル=ガランジェットは死んだか」

 白髪の男の言葉に、女性の部下が小さく頷いた。

「はい。ノア・ケイティ=サイドゥのBSHOと戦って…」

「モルンゴールの『マガツ』を与えてやったというのに…口ほどにもない」

 白髪の男はガランジェットを悼む様子もなく、淡々と言い捨ててさらに部下へ問いかける。

「それで、あやつの艦はどうした?…まさか、ウォーダ家に鹵獲されたりは、していないだろうな?」

「規定通り、メインコンピューターのデータバンクの完全焼却と同時に、自爆装置が作動。武装輸送艦『ザブ・ハドル』は粉々に砕け散りました」

 女性の部下の返答に白髪の男は「よろしい…」と応じる。

「あの輸送艦は、以前はオ・ザーカ星系との輸送路に就いていたからな。田舎大名のウォーダ家とは言え、我々とイシャー・ホーガンとの関係を疑われるのは、避けねばならん」

 イシャー・ホーガンとは、オ・ザーカ星系第四惑星ガルシナにある、イーゴン教団の本部―――いわゆる“総本山”の名称だった。強力な新興宗教のイーゴン教団は、銀河皇国中で勢力を伸ばしており、ザーカ・イー星系が企業連合による自治権を得ているように、オ・ザーカ星系はこのイーゴン教団による自治が皇国から認められていた。

 すると今度は男の部下が口を開く。

「つきましては、イースキー家のギルターツ様と、その嫡子オルグターツ様から、別々に抗議が入っておりますが…」

「前金を払い戻してやれ―――」と白髪の男。

「どうせ、はした金だ。我々も少なくない犠牲を出したのだから、それ以上の保証は不要だ。それにそもそも、ギルターツとの話を聞きつけたオルグターツとガランジェットが、勝手に話をこじれさせたのだろう。文句は言わせるな」

「は…かしこまりました」

 白髪の男の言葉に、男の部下は頭を下げる。白髪の男はやや口調を和らげて、半ば独り言のように言った。

「だが…まあいい。評議会はノア姫とリージュ=トキの政略結婚を、良くは思っていなかったからな。これで諦めてくれれば良かろう」

「昨年はノア姫を暗殺しようとしておられましたのが、今度は捕らえて引き渡せ…ギルターツ様の変節には、呆れるばかりです」

 女性の部下がそう言うと、白髪の男は視線を大窓の外へ向け、青白く輝く『ミラヒュート星団』を瞳に映しながら述べる。

「星大名とはそういうものだ。一見、頑ななようであっても、その時々で主義主張を変える…我々は我々の目的に見合うように、駒として彼等を仕向けるのだ」

 それに対し、背後で女性の部下が冷静に告げる。

「その最大の駒が、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ…」

 正体不明の白髪の男はノヴァルナの名を聞くと、『ミラヒュート星団』を見据えたまま、深く、ゆっくりと頷いた………





 夜明けを目前にした海岸線―――


 そこから望む濃紺の空と海の間に、一直線に黄金色の光が走る。

 夜明けだ。

 その海岸線に沿って伸びる道路を、二台のバイクがタイヤ走行モードで走っていた。ノヴァルナとノアのバイクだ。水平線から昇る一つ目の太陽、タユタの光が、二人の被るフルフェイスのヘルメットのバイザーを煌めかせる。
 さらに二つ目の太陽ユユタが水平線から顔を出すと、周囲は一段と明るさを増幅した。空に浮かぶ雲と、波が打つ海岸の岩と、山を覆う木々に陰影が濃い。

 ノヴァルナのバイクが速度を上げると、ノアのバイクも負けじとついて来る。Rのきついカーブもなんのそのだった。ノアはまた運転の腕を上げたらしい。

「なあ!」

 ヘルメットに装備されている通信機で、ノヴァルナはノアに呼びかける。

「なに?」とノア。

「あのさ…国内の事が落ち着いて来たら、一度キヨウに行ってみねーか?」

「皇都に?」

「おう…少し調べてみてー事も、あっからな」

 それはノアも同様だった。皇国暦1589年のムツルー宙域で発見した、『超空間ネゲントロピーコイル』…その謎を知るためには休学中の母校、キヨウ皇国大学へ行く必要があるからだ。

「もちろん。あなたについて行くわ」

 淀みなく応じるノアに、「アッハハハ!」と高笑いするノヴァルナ。二台のバイクは夜明けの海岸線を駆け抜けて行った………





【第10話につづく】
 
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