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第9話:退くべからざるもの
#17
しおりを挟むその日の夕刻、ようやく雨も上がり、夕映えが外壁を茜色に染めるキオ・スー城では、ノヴァルナの執務室において、改めてヴァルキス=ウォーダとの会見が行われていた。多くの者がいる謁見の間では当然、話せない事もあるからだ。
執務室にいるのはノヴァルナと副官のラン・マリュウ=フォレスタ。そして外務担当家老のテシウス=ラーム。そしてヴァルキス=ウォーダと彼の筆頭家老ヘルタス=マスマ。さらにヴァルキスの弟ヴァルマスがいる。
ヴァルマスは兄のヴァルキスとはあまり似ておらず、丸顔で温厚そうな顔立ちをしていた。また筆頭家老のヘルタスは、眉間に赤外線を感知する小さな“眼”を持ち、薄灰緑色の肌をしたボーラル星人である。
「あらためて、礼を申し上げるヴァルキス殿」
数時間前は母親のトゥディラが座っていたソファーに座るヴァルキスに、ノヴァルナは頭を下げた。
最初は敵対の可能性もあったヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家に対し、ノヴァルナはイノス星系会戦が始まる前に、その備えとして一門のウォルフベルト=ウォーダ麾下の第四艦隊を差し向けていた。
ところがヴァルキスはそのウォルフベルトに自分から接触、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家に恭順の意を示し、連絡将官という名目で、人質として弟のヴァルマスを差し出したのである。
これによりイノス星系会戦への援軍が可能となったウォルフベルト艦隊は、アイノンザン星系恒星間打撃艦隊に、モルザン星系への進出を依頼した上で、ノヴァルナ艦隊への援護を企図し、進路をイノス星系へ変更したのであった。そのおかげもあって、ノヴァルナ艦隊はカルツェとモルザン星系の連合部隊に逃走を許さず、戦いを事実上の勝利で終える事ができたのだ。
頭を下げたノヴァルナに、ヴァルキスは柔らかな物腰で告げた。
「何の、礼などご無用ですノヴァルナ殿。我等こそ今まで態度を鮮明にせずにいた事で、ノヴァルナ殿をはじめ、キオ・スー家の方々に、余計な疑念を与えてしまいました。申し訳ございません」
自らが口にした通り、ヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家は彼の父、前当主ヴェルザーの、サイドゥ家との『カノン・グティ星系会戦』での戦死を、ノヴァルナの父ヒディラスのせいだと恨んでいるという噂が流れていた。また実際にヴァルキスが当主を継いで以来、他のウォーダ家ともほとんど交流を断っていたため、事の真偽が確かめられなかったのである。
ただここに来て、そのアイノンザン星系が動き出した事が、かえってノヴァルナに、警戒感を抱かせていた。
「これからは、我等に協力して頂ける…そう考えてよろしいか?」
そう言うノヴァルナに、ヴァルキスはコクリと頷いて応じる。
「はい。巷で噂されていた我等の態度は、全てのウォーダ家の動きを見極めるためのもの。これはその結果…そうご理解していただいて結構です」
「結果…ですか?」
「はい。今のウォーダ家はバラバラ。対する周辺宙域が国政の安定化に努め始めた今、我等のオ・ワーリ宙域も早々に誰かが纏めて一つにまとまらねば、宙域国力は疲弊するばかりで、いずれは周辺勢力の後塵を拝する事になります。それらの考察に鑑み…参じた次第にて」
「なるほど…」
珍しく曖昧な反応を見せるノヴァルナ。このヴァルキスという男の人物像を、掴もうとしているようにも見える。
「それで…貴殿はこれから、どうすれば良いか、とお考えか?」
問い質すノヴァルナに、ヴァルキスは慎重な眼差しで応じた。
「今しばらくは国力の回復に専念すべきかと。ナグヤ家時代から引き継ぐ、昨年来の戦闘の連続でノヴァルナ殿のキオ・スー家は、かなり消耗しております。まずはその回復が先決かと存じます」
当たり障りのない回答…だが正論でもある。ただノヴァルナはこれまでにも、国力を回復しようとはしていた。しかし次々に起こる問題で、それに関しては一向に進んでいないのが現状だ。
そしてノヴァルナには、ヴァルキスに聞いておかなければならない事がある。
「ヴァルキス殿は、オ・ワーリ宙域を一つに纏めねばならないと言われた。ならばなぜ我等キオ・スー家を選ばれた? イル・ワークラン家と手を組むという選択肢も、あったと思われますが?」
するとヴァルキスは、僅かに身を乗り出してノヴァルナを見据え、「非礼を承知で、今の我が本心を申し上げても宜しいか?」と切り出した。本音で語る事を好むノヴァルナに、異論はない。
「もちろん」
ノヴァルナが短い言葉で了承すると、一拍置いたヴァルキスは、表情を変えぬまま自分の考えを吐露した。
「ノヴァルナ殿…あなたは馬鹿な御方です」
それを聞いてテシウス=ラームは顔を強張らせ、ラン・マリュウ=フォレスタは一気に、攻撃的な眼になった。ところが当のノヴァルナは、「ふふん…」と鼻先で笑っただけで、「それならイル・ワークランの連中は?」と尋ねる。
「イル・ワークラン家が我等に何度か、協力を要請して来たのは事実です。ですがご当主のカダール殿は…馬鹿なだけでなく、愚かです」
あっさりと切って捨てたヴァルキスに、ノヴァルナは不敵な笑みを見せた。それを肯定と受け取ったらしいヴァルキスは、言葉を続ける。
「ノヴァルナ殿…貴殿が馬鹿なのは、やたらと敵を作り過ぎる事。もっと世渡りを上手くすれば良いものを…と、常々思っておりました」
そう言うヴァルキスに、ノヴァルナは「へえ…」とだけ答える。さらに自分の考えを述べるヴァルキス。
「ですが、ご貴殿の馬鹿な振る舞いは、御家の安定のためを思い、御家内部とその周辺宙域から、早期に“敵対者という名の膿”を絞り出すためでありましょう。それに引き換えカダール殿は、ご自分のみの権勢を伸ばす事しかおられません」
「…というと?」
「粛清にございます」
イル・ワークラン=ウォーダ家当主カダール=ウォーダは、本来なら当主を継承する事のない人間だった。実父である前当主ヤズル・イセス=ウォーダが次期当主に選んだのは、自分のクローン猶子であるブンカーだからである。
それが当主の座に就く事が出来たのは、優柔不断であったヤズルの治政に、不満を募らせていた家臣達によって担ぎ上げられ、謀叛を起こしてヤズルとブンカーを追放した事によるものだった。
しかもカダールが家臣達の支持を得たのは昨年、水棲ラペジラル人絡みでノヴァルナの仕掛けた罠に嵌り、結託していたロッガ家と無理矢理戦わされる羽目になった事が、意外にも領民からの人気を高める結果となったのであるから、ノヴァルナも無関係というわけでもない。
ヴァルキスの話では、イル・ワークラン家の当主となったカダールは、次第に粗野な本性を現しはじめ、最近では謀叛の際に自分を支持してくれた家臣でも、反抗的な態度を取るようであれば、粛清の対象となっているらしい。
そのためカダールの周辺には、いわゆる“イエスマン”しかいない状況で、独裁の道を歩んでいるという。
独裁なのはどこの星大名も同じなのだが、意見を具申する家臣が存在し、それを吟味する器量があってこそ、政権を維持する事が出来るのである。
「愚者は…己のみを信じ、他者の意見に耳を塞ぐもの。その行きつく先は、破滅にございます」
ヴァルキスがそう言うと、ノヴァルナはニタリ…と口元を歪めて尋ねた。
「それで貴殿は、下手に手を組んで巻き込まれたくない…と?」
「さようです」
簡単に言い切るヴァルキスに、ノヴァルナは笑みを大きくする。そしてこれまで以上に、砕けた口調で問う。
「…で? あんたは馬鹿か? それとも馬鹿で愚か者か?」
▶#18につづく
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