銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第9話:退くべからざるもの

#04

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 カルツェの軍が動きを変えた事は、総旗艦『ヒテン』とデータリンクしているノヴァルナの『センクウNX』でも確認された。

“全軍で移動…最外縁部方向だと?…ヤツら、ノアの誘拐に失敗したんで、作戦を変更したか”

 内心で呟くノヴァルナに呼応するように、『ホロウシュ』筆頭代理のナルマルザ=ササーラが連絡を入れて来る。

「敵の動きが変わりましたな。どう致しますか?」

 思考を巡らせたノヴァルナはササーラに応じる前に、『ヒテン』に通信を入れて確認する。

「こちらウイザード・ゼロワン。重力子のチャージまで、あとどれぐらいだ? 一番時間のかかる艦のデータでいい」

 ノヴァルナ艦隊は現在、次のDFドライヴのための重力子をチャージ中である。それはこのイノス星系へ同時に転移して来た、カルツェの第2艦隊も同様で、完了までにかかる時間も同じはずだ。すぐに『ヒテン』の艦隊参謀から応答がある。

「チャージ完了までは、最長で53分にございます」

 それに対しノヴァルナは「さんきゅー」と返して通信を切る。戦術状況ホログラムでカルツェの軍の位置を見ると、星系最外縁部までは目分量で三十分ほどに思える。


撤退…いや、今度は惑星ラゴンそのものを、人質にするつもりか!?―――


 その推察に行き当たった時、ノヴァルナの表情に微かに苦みが混じった。

 カルツェの軍からすれば、イノス星系に留まってノヴァルナ艦隊と戦う理由は、ほとんど存在しない。罠に使用するためだけのものであって、星系防衛艦隊も機動要塞と交戦中で、戦力的には居ないのと変わらない。

「ササーラ、敵の追撃速度を上げる。連中、ラゴンを狙ってるのかも知れねぇ」

「はっ!?」

 ノヴァルナの思わぬ言葉に、ササーラは声を上擦らせた。

「毒を喰らわば皿まで、だか、窮鼠猫を嚙む、だか…ってヤツさ。ノアの誘拐に失敗して、いっその事、自分達の艦隊でラゴンそのものを、包囲する気じゃねぇかって話だ」

「そ、それは…」

「あり得ねぇってか? 戦場ではなんでもアリだろ。それに今のラゴンには、まともな防衛戦力はぇからな。星系防衛艦隊もアテにならねぇし」

 イノス星系の防衛艦隊が旧キオ・スー派であったように、オ・ワーリ=シーモア星系の防衛艦隊も半数は旧キオ・スー派だ。この状況でまた分裂したり、日和る可能性がある。ササーラにそう言ったノヴァルナは、艦隊の指揮を代行しているナルガヒルデ=ニーワスをはじめとする、配下の全軍に命じた。

「全艦隊、これより敵の追撃戦に移る。BSI部隊は全機一時母艦に戻り、補給を済ませろ。最外縁部で再度攻勢を仕掛ける。俺も『ホロウシュ』と共に機内待機で補給すっから、艦隊指揮は引き続きナルガが執れ」

 ノヴァルナ艦隊が補給のためにBSI部隊を収容したのを知り、カルツェも艦隊との相互支援に配置していたBSI部隊を収容し、補給を命じた。双方が艦載機を戻した事で、状況は速度重視の純粋な追撃戦となる。
 両艦隊とも遠距離砲撃を行うが、目立った効果は無く、ノヴァルナ達は星系外縁部での、カルツェ艦隊のDFドライヴまでの約二十分で決着をつけるつもりで、補給を急いでいた。

 ノヴァルナも『ヒテン』に帰還したはいいが、『センクウNX』から降りている時間は無い。整備員が慌ただしく補給と応急修理を行っている中、コクピット内でヘルメットを外し、自らも計器をチェックしつつ、スクイズボトルに入ったイチゴ味のアイソトニックドリンクを、喉に流し込んでいた。さらにそうしながら、最外縁部に達した時の戦術にまで考えを回す。

“数的劣勢ん中でニ十分でカタをつけるとなりゃ、各戦隊旗艦に集中攻撃をかけるしかねぇな…だが問題は、モルザン星系艦隊だ。あれがカルツェ艦隊の盾になったりすると、厄介なんだが…対艦装備のBSIを増やして、サンザーの直轄でモルザン星系艦隊に当たらせるか…”

 対応策を決めたノヴァルナは、艦隊指揮を代行しているナルガヒルデに連絡するため、コクピットの通信モジュールを操作しようとした。ところがその時、不意に『センクウNX』らがある格納庫内に警報音が鳴り始め、艦内放送が始まる。

「警戒警報、敵艦隊接近! 警戒警報、敵艦隊接近!」

「なに!? どういうこった!」

 辺りを見回したノヴァルナは、通信の相手をナルガヒルデではなく、『ヒテン』の艦橋に変更して回線を開く。

「ノヴァルナだ。敵艦隊の接近とはなんだ!? カルツェの艦隊が引き返して来たってのか!?」

 ノヴァルナの問い掛けに、応対した艦隊参謀が緊張した声で報告する。

「いいえ。イノス星系の防衛艦隊です」

「は!? 星系防衛艦隊だと!? そいつらはザクバー兄弟の機動要塞と、交戦中じゃなかったのか!?」

「それが、戦場を放棄して、急行して来たようです」

 チッ!と舌打ちしたノヴァルナは、艦橋から送られてきた、戦術状況ホログラムの更新データを睨み付けた。探知されたイノス星系防衛艦隊は、カルツェ艦隊を追撃中のノヴァルナ達を、左横から突く形で急接近して来る。

「機動要塞はどうした? 行動不能か?」

 幾分声の調子を落ち着かせて、ノヴァルナは艦隊参謀に尋ねた。

「いえ、まだ行動可能ですが、星系防衛艦隊は要塞砲と我が艦隊の、軸線上を接近しておりますので、砲撃が出来ないようです」

 つまり機動要塞がイノス星系防衛艦隊へ砲撃を行えば、ノヴァルナ艦隊に流れ弾が向かって来るという事だ。巧妙なやり口にノヴァルナは再び舌打ちする。

「ふん。ミーマザッカのクマ野郎にしちゃ、上出来だぜ…」

 機先を制された事にノヴァルナは、わざと負け惜しみを口にした。隙を突かれた自分の迂闊さを戒めるためだ。ただノヴァルナは、いまだ敵艦隊の指揮を弟のカルツェではなく、ミーマザッカの指揮だと誤解していた。そしてこの状況に対して、無策であるはずのノヴァルナではない。

「整備班長!」

 ハッチが開いたままの『センクウNX』のコクピットから身を乗り出し、ノヴァルナは自分の機体の整備責任者を大声で呼んだ。その声を聞いて大急ぎで駆けて来る整備班長は、ファンタジー世界のドワーフ族を思わせる、恰幅が良く豊かな赤髭の男であった。

「何でありましょうか!?」

 整備班長の応答にノヴァルナは、格納庫内の喧騒に負けない声で命じた。

「忙しい時にワリィけど、俺と『ホロウシュ』の連中の機体を、対艦攻撃仕様に換装してくれ! 他のヤツがいる戦艦にも連絡を頼まぁ!!」

 それを聞いた整備班長は懸念を伝える。

「敵部隊が出現したとの事。換装に時間を掛けても、宜しいのでしょうか!?」

 そう言う整備班長の言葉に、ノヴァルナはニヤリと笑みを浮かべた。実戦を何度も経て来たベテランらしい提言だ。“兵は巧緻より拙速を尊ぶ”とは古来より、兵法の至言の一つとされて来たものである。手段を選ぶ事ばかりに時間を掛ける事によって、勝機を逃し、結果的に敗北を招く…という意味を成す。

「いや。心配には及ばねぇ―――」

 と応じたノヴァルナは、不敵な笑みと共に言葉を続けた。

「艦隊指揮をナルガに任せてる。あの姐さんなら上手くやるさ!」




▶#05につづく
 
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