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第9話:退くべからざるもの
#01
しおりを挟む時間は遡り、『ルーベス解体基地』の中で、ノア達が脱出行動を開始した頃。
イノス星系でカルツェ/モルザン連合軍に対し、ノヴァルナ艦隊は激闘を繰り広げていた。『センクウNX』で『ホロウシュ』を率い、自ら出撃したノヴァルナは敵の迎撃部隊を突破、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータのBSI部隊へと、全速力で向かっている。
艦隊指揮では、腹心のナルガヒルデ=ニーワスが見事な手腕を見せ、戦艦部隊による敵中突破後は、各戦隊の分散機動で敵艦隊を翻弄していた。戦力的には不利であるが戦況は五分、それが現在のノヴァルナ軍の状況だ。
そうであるならば、強力な一手で不利な状況を覆せるのも道理である。そしてそれを為す可能性を持つ者がノヴァルナだった。
ライフルを撃つ『センクウNX』。吹っ飛ぶカルツェ軍の量産型『シデン』。光が流れる。星が流れる。目指すはカルツェ軍BSI部隊の真ん中にいる、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータだ。『センクウNX』の接敵センサーが、シルバータの乗る『シデンSC』のシグナルを捉え、戦術状況ホログラムに表示する。ランが、ササーラが、そしてその他の『ホロウシュ』達が撃ったライフル弾が、行く手の敵機を打ち砕いて、『センクウNX』に道を開けた。
「ゴーーーンロッグーーーーッ!!!!」
「おお、ノヴァルナ様か!!」
超電磁ライフルを二度三度撃ちながら、吶喊していくノヴァルナ。それに対するシルバータはいかつい風貌に似合わず、機体を軽快に機動させて銃撃を回避した。
するとシルバータ機の護衛についていた『シデンSC』の一機が、ポジトロンパイクを構えて、ノヴァルナに真正面から挑みかかって来る。
「邪魔すんじゃねぇ!!」
怒鳴るノヴァルナは、自らもポジトロンパイクを手に取ると、突っ込んで来た敵機とすれ違いざま、機体に捻りをかけながら斬撃一閃。相手を一刀両断に仕留め、脇目も振らずにシルバータ機に攻撃を仕掛けた。
「てめぇ! ふざけやがって!!」
叫びながら振り抜こうとするノヴァルナのパイクを、シルバータは自機のパイクを振るって受け止める。陽電子フィールドに包まれた互いの刃が打ち合って、激しくスパークした。
「むう、お強い!」
シルバータはBSIパイロットとして実戦を積んだ、同年代でもベテランの域にある武将である。それゆえノヴァルナの一撃を受け止めただけで、間合いと切っ先の鋭さから、ノヴァルナの高い技量を推し量る事が出来たのだ。無論これは、シルバータ自身も高い技量を有している事を示している。
振り上げる一撃と振り下ろす一撃、再び両者の刃が打ち合わされ、プラズマがほとばしる。そこからさらに突き進んで、ショルダータックルを喰らわせようとするノヴァルナの『センクウNX』。そうはさせじと、ねじ伏せようとするシルバータの『シデンSC』。
機体出力はBSIユニットの上位機種のBSHOである、『センクウNX』が優位だが、シルバータの親衛隊仕様『シデンSC』も、エンジン出力を大幅に強化しており、引けは取らない。
激しく競り合うノヴァルナとシルバータの周囲でも、『ホロウシュ』達の機体がシルバータの護衛部隊と、峻烈な攻防を繰り広げている。
「ぬおおっ!」
雄たけびを上げて、ポジトロンパイクを一閃するシルバータ。それを右手だけで握ったポジトロンパイクで打ち払ったノヴァルナは、素早く腰部に装備したクァンタムブレードを左手で抜き取って起動。逆手に持ったまま、一瞬でシルバータ機の内懐へ飛び込んで来た。
脇腹を斬り抉ろうとするノヴァルナの一撃を、咄嗟に回転させたポジトロンパイクの刃で打ち防いだシルバータのこめかみに、冷や汗が流れる。
シルバータはそこからすかさず蹴りを放ち、打撃でノヴァルナの動きを止めようとする。だがノヴァルナは、機体の前面に反転重力子フィールドの、オレンジ色をした光のリングを発生。その斥力で両機を反発させ、瞬時に距離を開いて蹴りを躱した。曲芸まがいの技だ。
しかも距離が開いたその時には、ノヴァルナの『センクウNX』は右手のポジトロンパイクを宇宙空間に放り出し、代わりに超電磁ライフルを握っていた。
ここで唖然としてしまい、銃弾を浴びてしまうのが普通のパイロットである。しかしシルバータはやはり、ひとかどの武将であった。即座にパイクの刃を盾代わりにし、刃を覆う陽電子フィールドで銃弾の貫通を防いだ。
亜光速で放たれた銃弾に、シルバータのパイクの刃は粉々に砕ける。だがその隙にQブレードを起動させたシルバータは、一瞬後、『センクウNX』に斬りかかっていた。それをノヴァルナも左手に握るQブレードで打ち防ぐ。
「ゴーロッグ!!!!」
シルバータの『シデンSC』と切り結んだまま、ノヴァルナは通信回線を開いて怒鳴りつけた。
「てめぇ! そんだけの腕がありながら、その見識の無さはなんだ!!??」
緊迫の状況での思わぬ叱責に、目を白黒させるシルバータ。
「てめぇほどの男が、周りに流されてこの有様たぁ、どういう了見か訊いてんだ。答えろ、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータ!!」
さらに詰問して来るノヴァルナに、シルバータは困惑する。
「わ、私はカルツェ様のために―――」
その言葉を口にした途端、ノヴァルナの怒りが爆発した。
「馬鹿野郎ッ!!!!」
雷鳴のようなノヴァルナの声に、カッ!…と目を見開くシルバータ。
「―――てめぇの役目はなんだ!? カルツェの奴が道を踏み外さないよう、導いてやる事だろうが!! それをミーマザッカやクラードのやりたいようにさせるなんざ、バカかてめぇは!! いい加減、目を覚ましやがれ!!!!」
「!!!!」
自分の内心で渦巻いていた葛藤をノヴァルナにズバリと言い当てられ、シルバータはひどく動揺した。自分の想いは側近のミーグ・ミーマザッカ=リンやクラード=トゥズークのように、自らの立身出世のためではなく、カルツェ・ジュ=ウォーダこそがキオ・スー=ウォーダ家の当主に相応しいと、判断しての事だという自負がある。
ただその自負も、最近では霞みがちであった。それは当のカルツェが政治面で、ミーマザッカやクラードを重用し始め、自分が用いられるのは軍事面に限定されるようになったからだ。
いいや―――それこそが、自分に対する言い訳ではないのか………
逡巡がシルバータの心に隙を生む。それはこのような接戦の場では、あってはならない隙である。そしてそんな隙を見逃すノヴァルナではない。
「うおおおっ!!」
雄叫びを上げたノヴァルナは機体を回転させ、左手のクァンタムブレードを全力で振り抜いた。下方から切り飛ばされるシルバータ機の右腕。さらにノヴァルナは間髪入れず、右手の超電磁ライフルを脇に抱えて至近距離で発砲する。残った左腕も破壊され、シルバータは攻撃の手立てを失った。
“くッ…ここまでか”
覚悟を決めるシルバータ。だがノヴァルナは、シルバータ機のバックパックをQブレードで浅く突き刺し、故意に対消滅反応炉を緊急停止させると、とどめを刺さないまま背後から蹴り飛ばす。
「!?」
シルバータが乗る『シデンSC』は行動力を失い、生命維持優先の非常用電源で宇宙を漂い始めた。その通信機にノヴァルナからの、叩きつけるような声が飛び込んで来る。
「俺はカルツェの頭を冷やすのに忙しいんだ、そこら辺に浮いとけ!!」
そう言い放ったノヴァルナは、そのままシルバータ機を放置して飛び去った。その時にはすでに、シルバータの護衛の機体も半数は『ホロウシュ』に撃破され、残りは散り散りにされている。
「むぅ、これほどであられたとは…」
行動不能となった『シデンSC』のコクピット内で、シルバータは独り言ちた。ノヴァルナと敵対する事に逡巡する、もう一つの理由…それはカルツェの命によりここ最近、ノヴァルナの指揮下で戦った事で、ノヴァルナが秘めていた将としての器の大きさを知ったためである。それを知っていながらなお見て見ぬふりを続け、カルツェを当主にすべきという考えに固執してしまっていたのだ。
使い物にならなくなった操縦桿を握り締め、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータは、胸の内で呟いた。
“うつけは、俺の方であったか―――”
▶#02につづく
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