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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#23

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「ノア姫様。ご無事ですか?」

 そう呼びかけて来るメイアもマイアも、ノア同様パイロットスーツは身に着けておらず、ゼヴィドール星人のアサシンと戦った時のままの、傷口からは血が滴り落ちるほどの満身創痍の状態だった。ノアの援護に向かうため、止血処理すら行っていなかったのだ。

「ええ、ありがとう…」

 肩を揺らし、二度三度と大きく息をしたノアは、ようやく人心地ついた感じでメイアに応じた。そして自分からもカレンガミノ姉妹に問い掛ける。

「貴女達も大丈夫でしたか?…残った敵機は?」

「私とメイアで、全て倒しました。ご安心を」

 シャトルの襲撃に向かったガランジェットの部下達は、運悪くシャトルから発進したメイアとマイアの『ライカSS』と鉢合わせし、悉くが撃破されてしまった。

「わかりました。ではこれより基地を制圧し、ノヴァルナ様とキオ・スー城の連絡を妨げている、超空間通信妨害システムのコアを破壊します。イノス星系で戦っているノヴァルナ様に一刻も早く、私達が無事である事を知らせなければなりません」

「かしこまりました」

 メイアとマイアは声を揃えて、抑揚のない声で応じる。命懸けでゼヴィドール星人のアサシンと白兵戦を演じ、その時の傷から流れ続ける失血で苦しい状況だが、そのような気配は声からは察知できない。途中で離脱したノアは、姉妹がどれほどの傷を負っているかを知らず、ごく普通に命令を発してしまっていた。ただこれはその後、深手を負っていて申告しなかった事実を知ったノアに、姉妹はこっぴどく怒られる結果となったのだが。

「では行きます」

 ノアがそう言った直後、マイアが何かに気付いた様子で、「お待ちください」と引き留める。そして乗っている『ライカSS』に、超電磁ライフルを構えさせた。すぐさま姉のメイアも、妹が銃口を向けた方向へライフルを構える。

 その銃口の先にいたのは、ガランジェットの母艦『ザブ・ハドル』だった。指揮官のガランジェットを失った事で、報酬であった旧サイドゥ家の宇宙艦群も放置し、単艦で脱出を図ろうとしている。

「ガランジェットの母艦が逃走を図っています」とマイア。

「艦の推進力を奪い、拿捕して下さい」

 ノアが命じると、カレンガミノ姉妹は『ザブ・ハドル』の重力子ノズルに照準し、超電磁ライフルによる狙撃を行った。距離はおよそ2万メートルだ。姉妹の照準は傷からの出血が酷い状態でも完璧だった。艦尾の重力子ノズルを撃ち抜かれた『ザブ・ハドル』は、艦首を大きく上へ持ち上げ、たちまち速力が低下する。

 ところがその直後、『ザブ・ハドル』は閃光を発すると爆発してしまった。この状況に唖然とするノアとカレンガミノ姉妹。重力子ノズルを破壊されても、艦自体が爆発するなど通常はあり得ないからだ。

「自爆…したのですか?」

「そのように思われますが…」

 ノアの問いに、訝しげに応じるメイア。報酬目当てで動くだけの傭兵が、捕虜になる事を恐れて自爆するなど、およそ聞いた事の無い話である。

 傭兵達の母艦の爆発は不可抗力だったのかもしれない…と、ひとまずは意識の隅に追いやったノアは、解体基地の本体へ向かった。
 軍の基地ではあるが、言ってしまえば廃棄物処理場であるから、防御火器の類といったものは設置されていない。カレンガミノ姉妹を従えて易々と接近したノアは、『サイウンCN』の健在な右腕一本で超電磁ライフルを構え、全周波数帯通信で基地に呼び掛けた。

「クラード=トゥズーク、聞こえているでしょう。今すぐ通信妨害システムのセンターコアを停止し、降伏しなさい!」

 それに対して中央制御室にいたクラードは、神経質そうな顔を引き攣らせて拒否する。この男からすれば、イノス星系の戦いでカルツェの軍が、ノアを人質に取らなくとも、単独でノヴァルナに勝利する可能性を残している以上、簡単に降伏したくはないのだろう。

「こっ!…断る! ここでノヴァルナと、連絡を取らせるわけにはいかん!!」

「主家に対し、その不敬な物言いはなんですか!!」

 強い口調で言い放ったノアは、両側に控えるカレンガミノ姉妹に、「威嚇射撃」と短く命じた。「了解」と応じて二人は、超電磁ライフルを二発ずつ撃ち放つ。四発の弾は、解体基地本体の中央制御室付近を、掠めるように通過した。

「うひぇっ!…お、おのれ!」

 怯えながらも悪態をつくクラード。すると蜘蛛の巣のように広がる、基地のフレーム部分に無数に取り付けられている、イソギンチャクのような伸縮式の解体用ロボットアームが飛び出して来た。ノア達の機体を掴み取るつもりらしい。だが作業用のロボットアームに、BSIユニットを捕らえるような機敏さを求めても到底無理な話だ。近づくアームはメイアとマイアの『ライカSS』が、次々に打ち払う。

「そっちがその気なら、もういいです!」

 叩きつけるような口調で言ったノアは、残弾の少ない超電磁ライフルを撃った。本体の一部に命中した銃弾は、装甲もない基地の命中個所を粉々に吹っ飛ばす。さらに一弾、もう一弾。

「基地ごと通信妨害システムを破壊します。命が惜しいなら即時退去しなさい!」

「馬鹿な! この基地はウォーダ家の共有財産。それを破壊するなど…」

 顔面を蒼白にしたクラードが声を荒げるが、ライフルを撃ち続けるノアの心は、揺るがない。ノヴァルナが同じ状況でも、そうするに違いないからだ。ただ…それを他人が本人を前に口にするのは、如何なものであろう。

「む、無茶苦茶だ。こいつ…女ノヴァルナか!?」

 クラードがそう言った瞬間、ノアのこめかみに血管が浮かぶ。

「なんですってぇ!!??」

 血相を変えたノアは最後の銃弾をぶっ放した。ノヴァルナを愛してはいるが、それとこれとは別な話もある。

「あんなバカと、一緒にしないでよっ!!」

 解体基地のど真ん中に命中した弾丸が、中央制御室の天井を崩落させる。「ひええ!」と悲鳴を上げて、命からがら逃げだすクラード。この一撃でセンターコアは破壊され、ノアの戦いは勝利に終わったのであった………






【第9話につづく】
 
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