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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#22
しおりを挟む「まずは両腕を引きちぎってやるぜ、お姫様!」
脳が揺れそうなほど激しい衝撃を二度も喰らえば、いくら強気なノア姫でも戦意を失っているはずと考えたガランジェットは、『マガツ』の両腕で『サイウンCN』の両腕を掴み上げた。対消滅反応炉の出力を上げ、『サイウンCN』の腕を肩の関節部から捻じ切ろうとする。
アラーム音がけたたましい『サイウンCN』のコクピット。ダメージレポートホログラムが、両肩関節駆動部の映像を映し出し、過負荷状態にある箇所を赤く染めている。メインコンピューターが機外退避を推奨するが、パイロットスーツを着ていないノアに、脱出は不可能だ。そしてホログラム表示だけでなく、空気に満たされたコクピット内にも、肩関節部が軋む音が聞こえて来た。
「ワハハハハハ! ほぅら、肩がミシミシ言ってるんじゃねぇか? あ!?」
オートレジスト機能が働いて『サイウンCN』も出力が上がり、『マガツ』の力に抵抗しようとする。だがモルンゴール帝国製の『マガツ』のスペックは、ほぼ全ての面において皇国製のBSHOを凌駕していた。NNL神経系断裂警報と、駆動部サーボモーター破壊警報がアラーム音に加わる。
追い詰められたこの状況にノアは―――だが、怯んではいない!
歯を食いしばったノアは、過負荷が大きくなるだけの両肩のオートレジスト機能を切ると、出力を前方への推進機能へ回した。
“こんなところで…こんなところで、ノヴァルナと引き裂かれるわけにはいかない!私は…私は、あのひとの帰る場所なんだから!!”
スロットルを全開にしながら、ノアは叫んだ。
「ふざけるんじゃ、ないわよッ!!!!」
オートレジストが切られ、急に抵抗が消えた『マガツ』が前のめりになったところで、背中に重力子の黄色い光のリングを発生させた、『サイウンCN』が飛び出す。そして次の瞬間、ノアは『サイウンCN』で『マガツ』の頭部に頭突きを喰らわせた。
宇宙空間に飛び散る双方の頭部の破片。双方のコクピット内を覆う全周囲モニターの、前面部分がブラックアウトする。頭部の光学センサーカメラが破壊されたのだ。
「なにっ!!」
驚きの声を上げるガランジェット。光学センサーカメラをはじめ、メインの探知装置が集約されている頭部は装甲を厚く出来ない分、機体の中では脆い箇所だった。しかしそれはBSIユニットでは共通した事であって、それゆえに双方に被害が出る頭突きは、BSI乗りからすると無茶苦茶で非常識な攻撃手段なのだ。
しかしノアはそれをいとも簡単にやってのけた…ノヴァルナとの初めての出逢いで戦闘になり、『センクウNX』に頭突きを放ってノヴァルナを驚かせた時のように。
ノアの『サイウンCN』は前面のモニターが消えた状態で、『マガツ』の胸板を蹴りつけて相手の腕から脱出すると、即座にクァンタムブレードを起動して引き抜いた。対する『マガツ』のガランジェットは、抑えていた感情を爆発させる。
「女がぁああッ!!」
いや、喚くだけではない。ガランジェットも前面モニターが死んだ状態で、機体を前進させてPBSの鈎爪を振り抜いた。しかし僅かな差であったが、ノアが一枚上手だ。ノアは前蹴りで『マガツ』の腕から脱する時、同時に機体運動に横回転を加えたのだ。そのため、前が見えない状態で振り抜いた『マガツ』のバインドスラッシャーは、虚しく空振りしただけであった。
そして『サイウンCN』は両手に握ったQブレードを、『マガツ』の外殻でも装甲の薄い左腕の腋へ突き刺す。左腋を貫いたブレードは首の付け根まで達し、照準システムに深刻なダメージを与えた。
このような視界不良の状態の中でノアが優勢だったのは、前述の通り、初対面でいきなり戦ったノヴァルナの『センクウNX』に対し、同様に頭突きをくれてやり、やはり全周囲モニターを壊したからだ。その時の経験が生きた…という事である。
「この!…なめやがってぇえええええ!!!!」
ノアの小癪さに怒声を発したガランジェットは、左手で腰のQブレードを鞘から抜き、斜めに薙ぎ払う。だが『サイウンCN』は半壊した頭部を前を向けたまま、ノールックでその斬撃を己がブレードによって受け止めた。恰好をつけたのではない。頭部を向けると逆に全周囲モニターの見えない部分に入ってしまうからだ。
「おのれぇええッ!!」
もはやノアを捕らえる任務を忘れ、ガランジェットは本気でノアを殺しに来た。互いのQブレードが切り結んだまま、力任せに正面へ回り込んだ『マガツ』は、右手のPBSを縦に振り抜いた。その斬撃はノアのいる『サイウンCN』のコクピットを襲う。
切り裂かれる腹部のコクピットハッチ。だが前方が見えない分、『マガツ』の踏み込みが甘かった。パイロットスーツを身に着けていないノアであるから、スラッシャーの刃先がコクピット内部に達するだけで命はなかったのだが、踏み込みの差により、僅か3センチのところで、ノアの命を奪う事は叶わなかった。
「貴方の力はその機体のおかげ…貴方自身はあのひとほど―――」
出力を全開にした『マガツ』が力押しで、『サイウンCN』の左腕を手に握るQブレードごと捻じ切る。しかしノアの『サイウンCN』は残った右手で、『マガツ』がもう一本腰に差していたQブレードを引き抜いた。
「強くはない!!!!」
機体ごとぶつかって行った『サイウンCN』。その手に握る『マガツ』のブレードが、本来の持ち主の機体を刺し貫く。コクピットまで貫いたその刃は、宇宙服を着たガランジェットの脳天に喰い込んでいた。 だが頭からとめどもなく続く流血に、ヘルメットの中を血の海にしながらも、ガランジェットはまだ生きている。
「ぬあああああああ!!!!」
叫び声をあげたガランジェットは、『マガツ』の左腕で『サイウンCN』が右手に握っていたQブレードを払い飛ばし、右腕で首を鷲掴みにすると、背後に回って羽交い絞めにした。
「!!!!」
不意を突かれた形のノアは、『サイウンCN』の右手で『マガツ』の腕を引き剥がそうとしたが、如何せんパワーが違い過ぎてびくとも動かせない。
「こ…こうなったら、おまえを道連れに、自爆してやる!」
常人ならすでに絶命しているであろう深手を負った、今のガランジェットを突き動かしているのは怨讐のみであった。
「く! 放しなさい!!」
無論、狂気を身に纏ったガランジェットに聞く耳は無く、コクピット内で『マガツ』の自爆シークエンスを起動させる。
「ウハハ…お、俺を貶めた、オルミラに報いを受けさせてやる。ふっ…復讐だ。恨むんなら姫様! あんたの母親を恨むんだなァああ! ウハハハハハ!」
常軌を逸した、調子外れの声で言い放つガランジェット。ノアはそんな言葉を捨て置き、機体の出力を、すべて右腕に回して必死に脱出を試みる。しかしそれでも『マガツ』の腕は振り解けない。
「さぁ、地獄で再会しようぜ。あんたの母親も呼んでなぁ!」
自爆シークエンスが完了したガランジェットは、起爆レバーと化したスロットルに手を掛けた。もはや万事休すか、ノアの脳裏に、不敵な笑みを浮かべたいつものノヴァルナの顔が浮かぶ。
“ごめんなさい。あなた…”
無念さにノアが歯を食いしばったその時、二つの光が宇宙の闇を貫くように、一直線にノアのもとへ飛来した。
メイアとマイアが操縦する二機の『ライカSS』だ!
「ガランジェットーーーっ!!!!」
二機の『ライカSS』は両手に握るポジトロンパイクで、左右から『マガツ』の胴体を刺し貫いた。それは自分達が少女であった頃の恨みを晴らすためではなく、ただノア姫を―――自分達にとっての光を守りたいがための一撃である。
両側からポジトロンパイクで刺し貫かれた『マガツ』は、コクピットも全壊し、ガランジェットの体は、スロットルに置いた左手だけを宇宙服ごと残して、パイクの刃を包む、陽電子フィールドの中で分解されていった………
▶#23につづく
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