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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#19
しおりを挟む「コロスゥウウウッ!!!!」
片言の公用語で叫んだゼヴィドールのアサシンは、ダガーを左手に持ち替えて、猛然と姉妹に襲い掛かって来る。左手のダガー、右爪先のナイフで姉妹に対抗する算段だ。無論、格闘では右手左足も使用する。
それに対し、メイアとマイアはもはや目も合わさない。以心伝心、揃ってアサシンに応戦した。間断なく次々と繰り出して来るアサシンの斬撃、蹴り、殴打。その悉くを姉妹は打ち防ぎ、防御した片方がアサシンに僅かな隙を作らせば、もう片方が攻撃を仕掛ける。
「ガァアアアッ!!」
苛立ったアサシンは雄叫びとともに、攻撃の速度を上げた。まるで野生動物だ。早送り動画のような目にも止まらぬ攻撃の速さに、二人掛かりであっても防戦一方になるメイアとマイア。いや、その防戦すらも追いつかず、二人は新たな傷を幾つも負った。
だが攻撃の速度を上げると、そちらに神経が集中する反面、防御が疎かになる。そこが姉妹の狙いだった。マイアは歯を食いしばると敢えて前へ出る。すかさずダガーを突き出すアサシン。その速度はダガーを握る左手が、無数に存在しているようにすら思えた。右脇腹、左肩、左頬とマイアの体が切り裂かれる。
だがマイアは怯まない―――
血みどろになりながらも、遂にアサシンのダガーを握る左腕にしがみつき、その動きを封じたのだ。そして、そのマイアの影の中から滑り出すように、同じ顔を持つメイアが音も無く姿を現した。メイアが手にするダガーの刃先が白く煌く。
「!!??」
咄嗟にアサシンは死角から出現したメイアに、右脚爪先のナイフで蹴り上げようとした。しかし一瞬早く、その爪先のナイフを踏みつけたメイアは、負傷した体に残る全霊をかけてダガーを振り上げる。ゼヴィドール星人のダガーは、その鋭さが仇となった。メイアが振り上げたダガーは、アサシンのボディアーマーを貫通し、その肉体深くまでを刺し貫いたのだ。
そしてアサシンが動きを止めた刹那、今度はマイアがブラスターライフルを、先程の攻防で破損したフルフェイスマスクの、ゴーグルに空いた穴に銃口を押し当ててトリガーを引いた。アサシンが目を見開いた直後、ほとばしる熱線に頭部は小爆発を起こし、フェイスマスクごと砕け散った。
頭部を失ったゼヴィドール星人の殺戮者は、糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちる。その屍体を見下ろして放心するメイアとマイア。
「メイア」
姉を呼ぶマイアに、メイアは小さく頷いて応じた。二人の見た目の違いは、メイアだけの口元左下のホクロだけだ。
「シャトルに向かいましょう。姫様の御命令は“死ぬな”だから…」
時系列は少々遡り、ゼヴィドール星人のアサシンと戦うメイアの元に、妹のマイアが駆け付けて来た頃、メイアのきつい諫言でシャトルに乗り込んだノアは、操縦席に向かわずに、その足で格納庫へ向かった。そこにある自分のBSHO『サイウンCN』へ乗り組むためだ。
ノア達のためにノヴァルナが借り上げてくれた、ガルワニーシャ重工の大型貨物シャトルには、うつ伏せの状態になった『サイウンCN』と、カレンガミノ姉妹の二機の『ライカSS』が搭載されている。旧サイドゥ家の兵達を激励するための式典に使用したものである。
ノアは自分の『サイウンCN』に駆け寄るとコクピットのハッチを開き、内部から操縦シートを引き出した。うつ伏せの機体から伸び出した伸縮式のバインドアームは、それが支える操縦シートを九十度回転させ、座れる状態となる。
シートに掛けられていたヘルメット着用したノアは、操縦シートに座ると、ベルトで体を固定して、体を下へ倒しながら機体内へ収納させた。コクピットのハッチが閉まると同時にメインのエンジン起動レバーを引き、貨物シャトルの操縦室にいるドルグ=ホルタを通信機で呼び出す。
「ドルグ、出撃します。シャトルの格納庫を開けてください」
するとホルタがそれに応じる前に、機体のメインコンピューターがノアに警告を発した。
「警告。搭乗者がパイロットスーツ未着用です。エンジンを起動出来ません」
BSIユニットは宇宙戦闘が基本であり、陸戦仕様機の場合を除いて、簡易宇宙服でもあるパイロットスーツを着用しないと、エンジンが起動しない仕組みになっているのだ。ノアは通信に出たホルタが「姫様、危険過ぎます」と、諫言するのを聞き流し、幾つかのスイッチを切り替えながらコンピューターに命じた。
「コンピューター。スクランブルモード発動。コード、ノア249803B」
スクランブルモードとは、乗っている船が危機に瀕し、緊急脱出が必要な場合などに、パイロットスーツ無しで機体を操縦できるようになるものだ。
「コード承認」
メインコンピューターが無機質な声で応じると同時に、コクピット内の全てのインジケーターが光を放ち、全周囲モニターが起動。『サイウンCN』の対消滅反応炉が唸りを上げ始める。ヘルメットのサイバーリンクコミュニケーターが、脳内のNNL(ニューロネットライン)デヴァイスにシンセサイズリンクされ、ノアは自分の肉体と意識が『サイウンCN』と一体化したのを感じた。BSIユニットの最上位機種、BSHOに乗る事が出来る者だけが知る感覚だ。
「ノア姫様」翻意を促そうと呼び掛けるホルタ。
「命令です。格納庫を開けなさいドルグ。私がまず、警戒に出ます」
ノアに命令と言われては仕方ない。「かしこまりました」とホルタが応じ、シャトルの底部が開く。衛星ルーベスの赤灰色をした地表がノアの視界に入って来た。
「ノア。『サイウンCN』、発進します」
固定用フレームから切り離された『サイウンCN』は、解体基地のドッキングベイに係留されたままの貨物シャトルから、宇宙空間へと滑り出す。対消滅反応炉を緊急立ち上げしたため、機体の機能はまだ万全ではない。
『サイウンCN』の周囲は、大きな損害を受けてスクラップ同然となっている宇宙艦や、もはや原型を留めていない機械の塊が、さながら小惑星帯のように浮遊している。その間を時たま行きかうのは、解体機能を持ったロボットポッドだ。
すると起動シークエンスを終えたばかりの近接警戒センサーが、ノアのヘルメットの中でいきなり警告音を発した。
“BSIユニットの反応!?…味方じゃないわ!”
コクピット内の戦術状況ホログラムに、IFF(敵味方識別装置)が味方の表示を記さないマーカーを、十二個浮かべる。
“ここは戦うしかない!”
意を決したノアは操縦桿を握り締めた。今の自分の目的は、単にここから逃げ出すだけではない。敵の通信妨害システムを破壊し、今この瞬間もイノス星系で戦っているノヴァルナに、自分達が無事である事を知らせなければならないのだ。バックパックに固定されていた、超電磁ライフルを手に取ったノアの『サイウンCN』は、近くに漂う、前方部分を大きく破壊された駆逐艦の陰に潜り込んだ。
一方の『アクレイド傭兵団』BSI部隊。指揮官のハドル=ガランジェットは、簡易タイプではなく完全型の宇宙服を着こんで、自らのBSHO『マガツ』を操縦していた。『マガツ』はモルンゴール帝国製であり、人間より二回りほども大きなモルンゴール星人のサイズに合わせて作られている。したがって普通のパイロットスーツでは操作が安定しないのだ。
ガランジェットは部下達に命じる。
「いいな。狙うは姫様の機体だ。どうせバラして売っぱらうから、手足をもいでも構わねぇ。だが中の姫様には傷をつけるな」
それに対し、部下の一人が問い質す。
「ガランジェット。それならシャトルを制圧して、姫さんに降伏を迫った方が、話が早かねぇか?」
だがガランジェットはそれを却下した。
「だめだ。万が一、切羽詰まったシャトルに自爆でもされたら、全部がパーになっちまうぞ。なに、心配すんな。姫様を押さえりゃ、シャトルは逃げねぇよ」
▶#20につづく
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