銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第7話:失うべからざるもの

#21

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 メイアとマイアのカレンガミノ姉妹は、元々は民間人であった。しかも当時サイドゥ家が支配していたミノネリラ宙域へ、皇都宙域ヤヴァルトから流れて来た難民の家系に生まれた子供である。姉妹の他にも二人ずつの弟と妹がいる。

 ヤヴァルト皇都宙域で約百年前に発生した、有力貴族間の内乱『オーニン・ノーラ戦役』は激戦ののち、やがては消耗戦へ移行。皇都惑星キヨウも荒廃し、ヤヴァルト宙域の多くの住民が、住む場所を失って他の宙域に逃れた。

 だが銀河皇国の版図拡張政策に従って宇宙に散らばり、植民星を開拓して来た正統移民に対して、無秩序に流れ込んで来た上に、銀河皇国の国民である証とも言えるNNLの使用権まで失っていたこれらの難民は、どこの宙域でも白い目で見られて、貧民として差別を受けるようになっていた。

 メイアとマイアはそんな貧民の子として、打ち捨てられた初期植民時代の廃棄住宅街に、日々の食べ物にも困るような環境の中で暮らしていた。

 そんな二人だったが運動神経は素晴らしく、一般人の居住エリアへ行っては食べ物や金銭を盗み、猿のようにアクロバティックな身軽さで路地や、地下通路を逃げ回っては追跡を逃れていたのである。無論、生きるためであって、二人に悪い事をしているといった気持ちは無い。奪ったものは家族と分け合った。危険と隣り合わせだったが、それなりに楽しい日々であった。

 そんなカレンガミノ姉妹を悲劇が襲う。街中を素早く逃げ回る二人を見掛けたある男が、居場所を突き止めてやって来たのだ。姉妹が見た目も美しくなり始めた十一歳の時だった。その男は怪しげなプロモーターで、姉妹をアクロバットパフォーマーとしてスカウトしたい、という話を両親に持ち掛けた…少なくはない金額で。

体のいい厄介払いだった―――

 四人の弟と妹を加え、六人もの子供を育てる余裕などない両親は、こちらで引き取って養育するという、プロモーターの男の言葉に渋々同意する。しかしメイアとマイアは両親のそれが下手な演技であり、内心では安堵している事を感じ取っていた。つまりは口減らしが出来るのだから。

プロモーターの男は、出逢った時に感じた怪しさ通りの人間だった―――

 男の経営しているパフォーマンス集団は、ヒト種の他に幾人かは異星人…そのほとんどが女性。皆、カレンガミノ姉妹と似たような境遇で集められていた。

 集団は確かに、観客の前で様々なパフォーマンスを行った。マジックや舞踊、さらにカレンガミノ姉妹を含んでのアクロバティックなもの。小道具も揃え、訓練もちゃんと積んでの上演である。肌の露出が多くて美しい衣装と、可憐な化粧を施されて、自分の持てる技を披露する。

 観客は地元の有力企業や裏社会の実力者、また武家階級の『ム・シャー』や行政官僚など、逆に一般人はほとんどいない。演じるのは内輪のパーティーで、規模も様々、人数もその時次第だ。

 そして演技を披露したあとに待っているのが…客を取らされる事であった。

 階段陰の暗闇から、音も無く飛び出したマイアは、身近にいた方の見張りが振り向くより早く後ろに回り込み、アーミーナイフで喉を掻き切った。


子供の頃、人混みの中で誰かの財布を、スリ取った時の要領だ―――


 首筋から噴き出す血飛沫に目を見開き、声も上げずに倒れていく仲間に気付いたもう一人が、マイアの姿を視認する。だが遅い。マイアはブラスターライフルを構えようとするその見張りの内懐に素早く踏み込み、左手で相手の口を塞いで、右手に握ったアーミーナイフで、ライフルを持つ右手首を下から深く切り裂いた。


十三歳のあの日、己の歪んだ性癖を満たすため、メイアをベッドに縛り付けて拷問していた『ム・シャー』の男の、首を刺した時と同じ要領だ―――


 右手の腱を切られた見張りのライフルが床に落ちた次の瞬間、マイアのナイフは口を塞いだままの見張りの喉を、顎の下から脳に達するまで鋭く突き刺す。驚いたような顔をする見張りの男の瞳が、瞼を開いたまま生気を失うと、マイアは無表情でその屍を床に転がした。



そう…私達姉妹に光を与えて下さったオルミラ様、その光であるノア姫様に危害を加える者は、何人なんびとたりとも生かしてはおかない!―――



 マイアの姉のメイアが爆発させた最初の手榴弾は、敵を引き付けるためと、宇宙港の外部に異変を知らせるためのものであった。真夜中の爆発音は遠くまで響く。ここから一キロほど離れたキオ・スー=ウォーダ軍の施設でも、居眠りでもしていない限り、今ごろ夜間警備が気付いているはずだ。

 ノア達が脱出を始めた際に点いていた、廊下の間接照明は消されている。非常口誘導灯だけが点いて、ノア達が今いる二階廊下と同じ状況であった。四階にまで上がって来た敵が消したのだ。向こうは暗視装置を装備しているのだろう。

 ただメイアにとっては、非常口誘導灯の明かりでも充分だった。ノア姫の身辺警護に就くための一端として、夜目を鍛える訓練を徹底的に積んで来たからである。マイアと共に、月明かりしかない部屋の中に侵入して来た羽虫型ロボットを、悉く銃で撃墜したのがその証だ。

 自分の役目は敵を集め、足止めする事だ。激しく抵抗すれば、ノア姫がまだここにいると思わせる事も可能だろうし、そうしなければばらない。

 メイアはすでに敵を二人射殺していた。一個目の手榴弾を爆発させ、最初に偵察に来た二人を、階段上の横で待ち伏せしていたのである。こちらは牽制も目的の内であるから、二階のマイアのように敵に声を上げさせないで始末する必要はなく、むしろ銃声や悲鳴を上げさせた方が良い。

 壁にぴたりと背中を張り付けていたメイアは、階段を上がって来た敵の銃口が、ゆっくりと自分の前に突き出て来たところを片手で掴み取り、もう片手に握ったハンドブラスターを三発、四発と相手がいる位置に撃ち込んだのだった。
 そして手応えと、相手がブラスターライフルを握る力を失ったのを感じると、瞬時に陰から飛び出して、まるで早撃ち対決のように、もう一人が構えたライフルより早く、ハンドブラスターの引き金を引いた。




▶#22につづく
 
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