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第7話:失うべからざるもの
#16
しおりを挟むイノス星系で戦端が開かれて約三十分。ノヴァルナから分艦隊の指揮を任されたナルガヒルデ=ニーワスは、振るわぬ戦況に赤い唇を噛んだ。カルツェ艦隊が思いのほか手強いからだ。
「艦隊左回頭、同航戦!」
命令を下したナルガヒルデの乗る、第2戦隊旗艦の戦艦『ゼルンガード』が主砲から、黄色い曳光粒子を纏った陽電子ビームを放ち、漆黒の宇宙空間で左に舵を切る。それに後続する四隻の戦艦も同様だ。回頭に合わせて、各戦艦がやや左側前面に置いていた、遠隔操作式のアクティブシールドが六枚、右側へと移動する。
敵であるカルツェ艦隊は、ナルガヒルデ分艦隊の倍の艦数であり、砲戦力で圧倒しながら、ノヴァルナ直率部隊へ向かおうとしていた。ノヴァルナ直率部隊までの距離は約8千万キロ。ナルガヒルデの役目は、カルツェ艦隊の足止めであるから、敵のこの動きは容認できるものではない。
「全艦速度上げ。敵の先頭へ集中砲火」
ナルガヒルデは口調は落ち着いたまま、次の命令を出す。分艦隊の速度を上げてカルツェ艦隊の先頭を行く艦を叩き、頭を押さえるつもりだった。だが戦艦の数だけを見ても、ナルガヒルデ分艦隊が五隻に対し、カルツェ艦隊は十一隻、どうしても撃ち負けてしまう。ナルガヒルデの『ゼルンガード』に、ミーマザッカの座乗戦艦『サング・ザム』からの砲撃が襲い掛かり、それを防ぐアクティブシールドが猛烈なプラズマを発生。『ゼルンガード』の艦橋にいた者は、その光芒に目をくらませた。
とその時、オペレーターが緊張した声で報告する。
「第11戦隊が敵に肉迫して行きます!」
「!?」眉をひそめるナルガヒルデ。
第11戦隊は重巡航艦六隻で編成され、司令官はノヴァルナの『ホロウシュ』筆頭代理を務めるナルマルザ=ササーラの兄、ゴルマーザ=ササーラだ。
「11戦隊旗艦『アズレヴ』より通信。ゴルマーザ司令です」
オペレーターの言葉に、ナルガヒルデは「繋げ」と短く応じる。すぐに艦橋内に通信用ホログラムスクリーンが立ち上がり、ササーラより顔の堀が深い、ガロム星人のゴルマーザの顔が映し出された。
「ナルガヒルデ殿、援護射撃を頼む」
開口一番、援護射撃を要請するゴルマーザ。つまりは自分の戦隊で突撃を仕掛けようという腹に違いない。ナルガヒルデは表情を変えずに翻意を促す。
「無茶な真似はやめて頂きたい。ゴルマーザ殿」
「だがカルツェ様の軍を、殿下のもとへやる訳にはいかん!」
「重巡六隻では、的になるだけです」
「心配するな。こちらの被害は最小限に抑える!」
そう言って通信を切ってしまうゴルマーザ。ナルガヒルデは表情にこそ出さないが、内心で舌打ちし、相変わらず落ち着いた口調で命じた。
「全艦、11戦を援護射撃。BSI部隊も護衛に当たれ」
重巡航艦とは砲撃戦の主力である戦艦と、魚雷戦やBSI部隊への迎撃戦闘を主体とする、軽巡航艦の中間に位置する艦種である。
総合艦隊戦における重巡航艦の主な任務は、戦艦部隊や空母部隊に攻撃を仕掛けて来る宙雷戦隊の排除、戦艦部隊の火力補填、さらに戦艦が参加しない戦闘の場合では、主戦力として艦隊の中核を構成するなど多岐にわたる。
だが防御力を考えると、戦艦部隊に正面から挑むのは危険過ぎる。
「全艦、艦列を解き、任意のコースで突撃!」
第11戦隊司令のゴルマーザは、敵の攻撃を分散させるために、単縦陣を組んでいた六隻の重巡航艦に命じ、各々が自分の判断で突撃するよう命じた。ただ狙うのは、カルツェ艦隊の先頭を進む戦艦である事は共通の認識だ。
「コースを320度マイナス05に!」
「針路変更、258プラス13!」
「右砲戦を行いつつ増速! 針路このまま」
各艦の艦長が自分の判断で命令を出す。一見すると統制が取れていないようでもあるが、第11戦隊はノヴァルナの父ヒディラスの代から編成が変わらない、ベテラン揃いの重巡戦隊であった。ヒディラス時代のナグヤ=ウォーダ家が勢力を大幅に拡大する発端となった、ミ・ガーワ宙域における『第一次アズーク・ザッカー星団会戦』でも大きな戦果を挙げている。
「なんだあの重巡部隊、バラバラに散ったぞ」
カルツェ艦隊第17重巡戦隊司令のスケード=クアマットが、ゴルマーザの重巡部隊の動きを見て、怪訝そうに言う。そのクアマットと通信回線を開いていた第21重巡戦隊の司令官、ジェッソ=ハーシェルは小馬鹿にしたような声で応じた。
「BSIユニット小隊の、散開攻撃でもあるまいし…フン、破れかぶれか」
すると丁度、同じくゴルマーザ戦隊の動きを見ていたらしいミーマザッカから、二人のところへ指示が来る。
「ミーマザッカ=リン様より御下命。第17、第21戦隊は、接近中の敵重巡部隊を撃滅せよとの事です」
戦艦部隊と宙雷戦隊はノヴァルナ様の首を狙うのに忙しいから、おまえらで始末しろという話らしい。しかし“排除”ではなく“撃滅”とは、ミーマザッカ様も気持ちが昂っておられるようだ…とクアマット。だが重巡の数はこちらが二倍、やってみせねばカルツェ様の不興を買いかねない。
「目標を絞れ、二隻で敵一隻を叩くのだ」
「うむ。では行こう」
通信を終えたクアマットとハーシェルは、ゴルマーザ戦隊の重巡の動きに合わせて、自分達の重巡を動かし始める。ゴルマーザ戦隊とカルツェやミーマザッカの戦艦部隊の間で、壁になる位置だ。しかしそこにナルガヒルデの戦艦部隊による、援護射撃が開始された。
▶#17につづく
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