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第7話:失うべからざるもの
#15
しおりを挟むカーナル・サンザー=フォレスタの判断は間違いではなかった。
ノヴァルナが初っ端から『センクウNX』で戦場に飛び出すのを予想し、それを狙っていたのがカルツェの側近、ミーグ・ミーマザッカ=リンだ。
この男はザクバー兄弟の密告によって、このイノス星系の罠とノア姫の拉致計画が発覚してしまった事を逆手に取り、焦ったノヴァルナが現状を打開するため、初手からBSHOで出撃して来る場合に備えていたのである。
「出て来ませんな、ノヴァルナ様」
ミーマザッカのもとへ通信を入れて来たのは、パイロットスーツを着たカッツ・ゴーンロッグ=シルバータだった。厳めしい顔をヘルメットに収め、自身の『シデンSC』のコクピットに座っている。
「ふん。それならば炙り出すまでのこと。窮地に追い込めば、我慢できずに飛び出して来るに決まっている。期待しているぞ、ゴーンロッグ」
そう応じるミーマザッカは、ノヴァルナが『センクウNX』で飛び出して来たのなら、二百五十機を超える艦隊の全てのBSI部隊を、シルバータの指揮で発進させるつもりでいた。ナルガヒルデ=ニーワス指揮の半個艦隊をミーマザッカらで引き付け、シルバータのBSI部隊で、ノヴァルナの『センクウNX』ただ一機に、集中攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。
ちなみにカルツェ・ジュ=ウォーダの第2艦隊の編成は以下の通り。
第3戦艦戦隊:司令官カルツェ・ジュ=ウォーダ
戦艦6隻
第4戦艦戦隊:司令官ミーグ・ミーマザッカ=リン
戦艦5隻
第17重巡戦隊:司令官スケード=クアマット
重巡6隻
第21重巡戦隊:司令官ジェッソ=ハーシェル
重巡6隻
第5航宙戦隊:司令官カッツ・ゴーンロッグ=シルバータ
打撃母艦(宇宙空母)6隻・軽巡4隻・駆逐艦4隻
第9航宙戦隊:司令官マルジェロ=サンコー
巡航母艦(軽空母)6隻・軽巡4隻・駆逐艦4隻
第2宙雷戦隊:司令官シャクス=フノン:
軽巡3隻・駆逐艦10隻
第7宙雷戦隊:司令官トラッド=オルヴァク
軽巡3隻・駆逐艦10隻
各戦隊司令とも、カルツェ支持派の側近…いわば子飼いの武将であり、各々の思惑はどうであれ、ノヴァルナを排してカルツェをキオ・スー家の当主に据える事では、目的が一致している。
“それに無理はする必要がない。ノア姫の拉致に成功したという連絡が、クラードから届くまで粘れば勝ちだ”
ミーマザッカは胸の内で呟いてほくそ笑む。明敏である一方、甘さというか、いまだ青い所がある我等の主君カルツェ。あの若造がノア姫を人質にする計画が進んでいる事を今知れば、卑怯な真似を嫌って兄ノヴァルナと、和解しようとするかも知れない。そう、引き返せない所まで事が進むまでは、隠しておかねばならない。
先に戦端を開いたノヴァルナ直率部隊と、モルザン星系艦隊の様子をモニターで見詰めながら、ミーマザッカの口元が歪んだ。
「これも貴方様の栄達のためなのです…カルツェ様」
同夜、アイティ大陸南部、旧サイドゥ家兵士居留開拓区―――
居留地となる都市整備を急ぐ建設機械の動きは、深夜になっても続いている。ただ同じく建設中であっても、宇宙港は工事を中断して、しんと静まり返っていた。ここのメインターミナルの四階に、ノア姫一行が宿泊しているからである。
「外部と連絡が取れない?」
ノアは机の上に展開していた、明日の訪問地のデータを映すホログラムスクリーンから目を離し、報告にやって来た侍女兼護衛役のマイア=カレンガミノを見上げて、怪訝そうな顔で言った。
「はい。この宇宙港を含む一帯のエリアが、朝までNNLをはじめ、全て連絡不能となるそうです」
「初めて聞く話だけど、どういう事ですか?」
ノアは顔を見上げるだけでなく、座る椅子を回転させてマイアに向き直る。
「なんでも、このエリアのネットワーク統合システムに、プログラムエラーが発見されたとかで…今夜中にシステムを再構築するので、明朝よりの使用には問題が無いとの報告です」
「通常の無線通信も含めてなの?」
「システム上、中継局も一時的に停止する必要があるそうです」
「そう…」
それを聞いてノアは表情を曇らせた。プログラムをはじめとする、初期設定時のシステムエラーの発生は、速度優先の植民星開拓では珍しい事ではない。しかし今は、ノヴァルナがイノス星系まで出動中だ。もし向こうで何か異変が起きた場合、キオ・スー城からの連絡が支障をきたす事になる。
マイアを「貴女ももうお休みなさい」と告げて下がらせ、やれやれ…といった目で窓の外に目を遣るノア。彼女達が泊まっている宿泊施設の部屋の窓からは、白い光が点々と灯る広い駐機場が見えた。三機のシャトルがある。
手前の二機は植民星開発会社の貨物シャトル。その先のやや離れた位置に置かれているのは、ノア達が乗って来たガルワニーシャ重工の大型輸送シャトルだ。ノアのBSHO『サイウンCN』と、カレンガミノ姉妹の『ライカSS』が収納されていた。
シャトルを目にしたノアは、ふと、一旦キオ・スー城へ戻ろうかとも思う。一時間もあれば着くから、連絡不能の間だけ城に戻り、朝に戻ってくればいい。ノヴァルナとの繋がりを途切れさせたくないという気持ちからだ。
しかしノアはその考えを、すぐに頭から振り払った。すでに時間は日を跨ぎつつあり、リカードとレヴァルの二人の弟は近くの部屋でぐっすりと眠っている。それを無理矢理に起こして連れ回すわけにはいかない。それではまるでノヴァルナのやる事だ。
“私、あんな馬鹿野郎じゃないし…”
そう思ってノヴァルナの顔を思い浮かべ、小さく苦笑いするノア。自分が心配しなくとも、あのひとなら上手くやるだろうという苦笑だ。
そんなノアがそろそろ寝ようと立ち上がった部屋の下、ターミナルの一階部分では壁伝いに歩く、人影の一団があった………
▶#16につづく
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