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第7話:失うべからざるもの

#08

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「それにしても、随分と嫌われたものね」

 艦隊の出動命令を発したその日の夕刻。ノヴァルナと向かい合ってキオ・スー城内で夕食を取りながら、ノアはあっけらかんとした口調で言い放った。モルザン=ウォーダ家のシゴア=ツォルドと交渉させるために派遣したテシウス=ラームが、交渉の機会も与えられずに、捕らえられた事に対する言葉である。

「あ!?」

 さすがにノヴァルナも、この状況をあまり弄られたくないのか、不機嫌そうな声を漏らす。しかしノアはノヴァルナの反応を気にするふうも無い。

「ねぇ、なんでそのシゴア=ツォルドさんに、そんなに嫌われてるの?」

「知るかよ。ヴァルツの叔父御おじごを、俺が例のなんとかサーガイってヤツに命じて、殺させたって噂でも鵜呑みにしたんじゃねーの?」

 それはNNL(ニューロネットライン)の世界から発信され、近頃では冒頭に“一説によれば”という言葉が付帯されるような、“有力情報”にまで進化した噂話であった。
 ノヴァルナの勢力が拡大するにつれ、それを補佐して来た叔父のヴァルツも、必然的に大きな権限を得るようになったのだが、自分より人望のあるヴァルツの勢力伸長を、今度はノヴァルナ自身が恐れるようになり、ヴァルツの家臣マドゴット・ハテュス=サーガイを使って暗殺、マドゴットも口封じに殺害した…という、悪辣な内容である。

 無論、事実は全く違うのだが、話として変に筋が通っており、世間一般が思うノヴァルナの乱暴なイメージと相まって、説得力を得てしまっていた。
 それもあるのかシゴア=ツォルドは、ヴァルツ=ウォーダの死をノヴァルナの責任とし、たもとを分かってイマーガラ家を後ろ盾にした、独立勢力となろうとしている―――それがキオ・スー家の分析だ。

 ただしその分析の中には、ミーグ・ミーマザッカ=リン達、カルツェ支持派の暗躍という要素は含まれていない。幾ら平均以上の能力を持つノヴァルナでも、全てを見通せるわけではないのだ。

「それで艦隊を出撃させるの? 力でねじ伏せるつもりで?」

 ノアがそう尋ねると、ノヴァルナは「そうはしたくねぇ」と首を振った。

「テシウスが駄目なら、俺が直接ツォルドと話す。艦隊を連れて行くのは、あくまでも向こうが先に、手を出して来た時のためだ」

「うわぁ…なんか、ノバくんの苦手そうな話。交渉なんて出来るの? なんなら、私もついて行ってあげようか?」

 そんなノアの言葉に、ノヴァルナは不貞腐れた表情で文句を言う。

「うるせー、保護者ヅラすんな。てか、ノバくん言うな!」

 もっともノアの方も、本当について行こうと考えたわけではなかった。彼女は彼女で、行かなければならない所があったからである。
 
「じゃあ、明々後日しあさってはごめんだけど、見送りに出られないから」

「おう、気にすんな。俺の方こそワリぃな」

 ノヴァルナの艦隊の出港は三日後であった。本来なら明後日にでも出港できたのだが、ウォルフベルト=ウォーダの第5艦隊ではなく、弟カルツェの第2艦隊の同行に変更されたため、その準備に一日の遅れが出たのである。

 一方ノアの方は、明後日にキオ・スー城から出掛ける予定だ。行き先はアイティ大陸南部―――先日の『ナグァルラワン暗黒星団域会戦』で敗れ、この惑星ラゴンまで逃亡して来た、約三万人ものサイドゥ家の敗残兵達のために、居留地として開放した南部の開拓区画を三日の間、訪問するのだった。

 ノアに同行するのは彼女の二人の弟、つまり敗残兵達の亡き主君ドゥ・ザン=サイドゥの遺児である、リカードとレヴァルとなっている。亡き主君の姫と二人の弟君の来訪は、最後までドゥ・ザンに従い、奮戦虚しく敗れてしまった彼等にとり、大きな励みとなるに違いない。

「てゆーか、『サイウン』も持って行くって、マジか?」

 ノヴァルナが尋ねたのはそのノアの訪問に、彼女のBSHO『サイウンCN』まで連れて行くという話だ。

「ええ。マイアとメイアの『ライカSS』も一緒に。歓迎式典に花を添えたいと、ドルグが…ね」

「BSIユニットが花かよ」

 そう言ってノヴァルナは軽く笑った。歓迎式典の責任者は、旧サイドゥ家のドルグ=ホルタと聞いている。
 確かにノアの『サイウンCN』は、クリムゾンレッドの機体が美しく、マイアとメイアのカレンガミノ姉妹の『ライカSS』も、ローズピンクとジェットブラックに塗り分けた機体色が、展示映えはするだろう。

「わかった。三機バラバラに運ぶのは面倒だから、ガルワニーシャ重工に頼んで、カーゴシャトルを借りてやるよ。重巡航艦でもいいが、大袈裟だからな」

「うん。ありがと」

 笑顔を見せて素直に礼を言うノアを見ると、思わぬ事態に晒されていたノヴァルナも、苛立ちが癒されるというものであった。

「ノバくんも気を付けてね」

「だからノバくん言うなってーの!」

 いつものやり取りに落ち着く二人だったが、カルツェ支持派とイースキー家の間でノアと二人の弟を狙う動きがあるのは先に述べた通りである。それを暗示するかのように、ノアが向かうであろう遥か南の空では、次第に暗雲が風に吹かれて流れ込み始めていた………




▶#09につづく
 
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