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第7話:失うべからざるもの
#03
しおりを挟む人材を求めるノヴァルナの意識は、ラン・マリュウ=フォレスタの身内にも及ぶ。
「そういやラン。おまえの弟達はどうなんだ? 一番上あたりは、そろそろ出仕出来るようになる頃だろ?」
「はい。カリュスはBSIパイロットの訓練課程を、先日終えました。次の戦いあたりでお披露目出来るかと」
ランには五人の弟がおり、長男となるカリュス・デヴァン=フォレスタは、間もなくノヴァルナ軍に加わるようであった。フォレスタ家は当主サンザーに薫陶宜しく、ランを含めて全員が忠義を尽くし、ノヴァルナのウォーダ家のために死ぬよう命じられている。尤も、ノヴァルナ自身はそんな事は望んでいないのだが。
「そっか。楽しみだな。ササーラは末っ子だったか?」
ノヴァルナの『センクウNX』の左側に控える、黄色のラインが入った『シデンSC』に乗るササーラは、恐縮して応じる。
「は…申し訳ございません」
「いや、なんで謝んだよ!」
苦笑するノヴァルナ。厳つい顔つきのガロム星人であるナルマルザ=ササーラには、マルザーグとゴルマーザという歳の離れた二人の兄がいる。
二人ともノヴァルナの父ヒディラスの代から仕えており、宙雷戦隊司令として、父ヒディラスの勢力拡大に貢献しており、また次男のゴルマーザは数ヵ月前のヴァルツ=ウォーダ殺害事件の際、ナグヤ城内から逃走しようとした、犯人のマドゴット・ハテュス=サーガイを、銃撃戦の上に射殺した人物だ。
“そうなんだよな…男兄弟ってのは、こんなもんが普通なんだよなぁ”
ランやササーラと、さらに兄弟について話しながら、ノヴァルナは思った。弟や兄の事をごく当たり前のように話す、それが当たり前なんだろう…と。
それに比べ、自分はどうなのか―――
二人の妹は可愛いばかりだが、兄と弟については日頃、傍若無人、豪放磊落を演じているノヴァルナであっても、語るには歯切れが悪くならざるを得ない。
兄…父ヒディラスのクローン猶子であり、義兄扱いとなるルヴィーロ・オスミ=ウォーダは、アージョン宇宙城攻防戦でイマーガラ家の人質となり、深層意識に洗脳を施された結果、父親のヒディラスを殺害するに至った。
しかもその深層意識洗脳はいまだ完全には解けておらず、温厚な人柄を取り戻してノヴァルナを補佐してはいるが、心の片隅では常に、ノヴァルナを殺害したい衝動と戦っている状態なのだ。
そして弟のカルツェ・ジュ=ウォーダについては、ノヴァルナとの確執について言うまでもない。ノヴァルナとしてもカルツェの本心を知りたいのだが、掴みどころがない上に取り巻き共が騒がしいため、今は一応の、協力関係が築けた程度に過ぎない状態だ。
“いつから…こうなっちまったんだろなぁ…”
ノヴァルナは、フォークゼムとミルズの模擬戦を眺めながら、思考を巡らせた。思い出すのは子供の頃の記憶だ。最初はノヴァルナが七歳、カルツェが五歳の頃である―――
「わあああああああん!」
赤い花の咲く植え込みが美しいフルンタール城の中庭で、膝をひどく擦り剥いたカルツェが、大樹の下で尻をついて泣き叫んでいる。
すると大樹の上から、幹にしがみついて降りて来る兄のノヴァルナ。ノヴァルナは地面に降り立つと、泣き続けるカルツェに歩み寄って、その額を平手でペチン!と叩いた。
「泣くなカルツェ。なんだ、それぐらいのケガ!」
兄に頭を叩かれた上に、きつい口調で叱りつけられたカルツェは、さらに大きな声で泣き出す。
「うわぁあああああああああ!!!!」
「泣くなって言ってんだろ! 星大名の子が、ピーピーうるさい!」
そう言ってまたカルツェの頭を叩こうとするノヴァルナ。それはノヴァルナが父ヒディラスから受けた躾であり、父が多忙で留守がちとなった今は、代わりにカルツェを鍛えるのが自分の役目だと思っているからだ。
とその時、手を挙げたノヴァルナの耳に、母のトゥディラのヒステリックな怒声が飛び込んで来た。
「ノヴァルナっ!! 何をしているのッ!!??」
侍女を置き去りにする程の勢いで駆けつけて来たトゥディラは、ノヴァルナを突き飛ばして、カルツェの前で体を屈める。普段は二人の妹とナグヤ城に住んでいるトゥディラだが、今日のように月に数回は、ノヴァルナとカルツェが暮らすフルンタール城へやって来るのだ。
「カルツェっ、どうしたの?…まあぁ、ひどいケガ。血が出てるじゃない」
カルツェの手当てを、ようやく追いついて来た侍女に任せ、トゥディラは立ち上がると、険しい表情でノヴァルナに振り向いた。
「ノヴァルナっ!! こんなケガまでさせるなんて! どうしてカルツェを虐めるのッッ!!??」
頭ごなしに怒鳴りつけられたノヴァルナだが、怯える様子は微塵も見せず、妙に落ち着いた口調で事情を告げる。それはまるで今のカルツェが、よく見せる態度のようであった。考えようによっては、この頃にはすでにノヴァルナは、母親との間に壁を作っていたとも取れる。
「虐めてはいません。二人で木登りをしていて、カルツェが一人で枝から落ちたのです。ケガはその時にしました」
「頭を叩いていたではないの!!」
「星大名の一族に、泣いている時間はありません。泣いているぐらいなら、早く立つように言いたかったのです」
落ち着き払ったノヴァルナの言葉が、トゥディラの怒りの炎に油を注ぐ。
「おだまりなさい、乱暴者!」
「奥方様。いかがなされました!?」
トゥディラの怒声を聞きつけて小走りにやって来たのは、二人の兄弟の御守役であるセルシュ・ヒ・ラティオだった。振り向いたトゥディラはそのままの勢いで、セルシュまで叱りつける。
「セルシュっっ!!」
「は、ははっ!」立ち止まって頭を下げ、畏まるセルシュ。
「おまえは一体どんな躾を、ノヴァルナにしているのですかっ!!」
「は…?」
セルシュが目を怪訝そうに瞬きさせると、トゥディラは無造作にノヴァルナを指差して、強い口調で言う。
「カルツェを虐めて怪我をさせたのよ、ノヴァルナが!!」
それを聞いてセルシュの瞳に一瞬、“またか…”という光が浮かんだ。一陣の風が吹いて、ノヴァルナとカルツェが登っていた木の枝が、ザワザワと揺れる。セルシュはふぅ…とひと息ついて、ノヴァルナに問い質した。
「若、本当なのですか?」
セルシュの問いに、ノヴァルナは正面から見据えて、きっぱりと答える。
「違う。カルツェが木登りをしてみたいと言ったから、一緒に登った。そして落ちた。泣くから、泣かないように叱った」
当時から我儘放題で、手の付けられないノヴァルナだったが、決して嘘を言い訳に使ったりする事は無かった。しかしそういう事か…と理解したセルシュが何かを告げるより先に、トゥディラが甲高い声を発する。
「嘘をおっしゃい!!」
「………」
口をつぐんで母親を見上げるノヴァルナ。
「大人しいカルツェが、そんな危ない事をするはずがないでしょう! おまえが無理矢理、登らせたのに決まっているわ! そうでしょう!!??」
詰問するトゥディラに、ノヴァルナは譲らない。
「違います」
その見ようによっては、大人のような太々しい態度を取られ、トゥディラはいよいよ腹に据えかねたようだった。
「いいえ、そうに決まっているわ!!」
一方的に断定したトゥディラは、今度はようやく泣き止んだばかりのカルツェに振り向く。母親の殺気立った眼光に、まだ五歳のカルツェは身をすくめ、侍女のロングスカートにしがみついた。そんなカルツェにトゥディラは「そうよね!?」と、きつく問い詰める。
「ノヴァルナがあなたを無理に、木に登らせたんでしょ!?」
「………」
怯えて再び涙ぐむカルツェに、トゥディラはさらに詰め寄った。
「正直に言いなさい、カルツェ!! ノヴァルナが登らせたのよね!?」
「……はい」
母親の剣幕に押され、事実を捻じ曲げて同意した弟の姿に、ノヴァルナは口を真一文字にした。
▶#04につづく
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