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第5話:燃え尽きる夢
#18
しおりを挟む「敵艦隊発見! 探知方位059プラス41! 距離約8万4千!」
ノヴァルナの総旗艦『ヒテン』の艦橋に、オペレーターの声が響く。宙域国境を越えてすぐ、オウラと呼ばれる植民星系外縁部へ向かい、ギルターツ軍の哨戒網にわざと引っ掛かって敵を呼び寄せた形だ。
報告を聞いてノヴァルナは司令官席の前で仁王立ちになり、戦術状況ホログラムを見据えて不敵な笑みで言い放った。
「おう、いいねぇ。やる気満々じゃねーか!」
この時現れたのは、モリナール=アンドア率いるイースキー家第4艦隊である。ドゥ・ザンとの戦いの方へ参加しているリーンテーツ=イナルヴァ、ナモド・ボクゼ=ウージェルと共に、“ミノネリラ三連星”の異名を持つ強将だ。そして数カ月前はノヴァルナの味方として、ミズンノッド家の救援のため遠征に出掛けたノヴァルナに代わり、ナグヤ城を防衛してくれた因縁の相手でもあった。
「さらに新たな敵。探知方位238マイナス15。距離約9万」
「探知方位081プラス37にも敵艦隊。距離はおよそ7万3千」
「オウラ星系内からも艦隊。星系防衛艦隊と思われる」
あとから現れた二つの艦隊は、おそらく国境封鎖のための警備艦隊だろう。オ・ワーリへ逃れて来たノアの二人の弟が途中で襲撃を受け、重傷を負わされた相手だと思われる。
そこに敵第4艦隊司令官のモリナール=アンドアから連絡が入った。その律義さに機嫌を良くしたノヴァルナは回線を開かせる。『ヒテン』の通信用ホログラムスクリーンが展開され、ノヴァルナも見知った黒髪丸顔の男が映し出された。
「ご無沙汰しております、ノヴァルナ殿下」
慇懃な物言いで挨拶するアンドア。対するノヴァルナはあっけらかんと陽気な声で応じる。
「おう。アンドア殿、壮健そうで何より。いつぞやは世話になった!」
「いえ…」
全く敵愾心を見せず、ドゥ・ザンの家臣として友好関係にあった頃と同様の雰囲気で、言葉を返すノヴァルナに、生真面目なアンドアは心苦しそうな表情に変わった。
「ノヴァルナ殿下」
「おう」
「多くは申しません。もはやドゥ・ザン様の命運は尽きました。殿下におかれましては、このままお引上げ頂くわけには、参りませんでしょうか?」
「やなこった!」
お得意の言葉で即答するノヴァルナ。
「ここで尻尾を巻いて逃げ帰ったりすりゃ、俺の嫁になる女の親御に、義理を欠くってもんだろ。そっちこそ道を開けな!」
「どうしてもご翻意いただけませんか?」
「くどいのは嫌いだぜ」
「…わかりました。ではここは互いに、武人の意地を通す事に致しましょう」
「おう!」
そこでアンドアからの通信は終了し、ノヴァルナは全艦に命令を発した。
「全艦、敵が有効射程圏内に入ったと同時に、撃ち方はじめ。続いて加速前進開始!」
ノヴァルナ艦隊とアンドア艦隊が戦闘を開始したのは、それからおよそ三分後の事であった。
有効射程の長い大口径ブラストキャノンを主砲とする、戦艦部隊が双方で火蓋を切る。視認用に着色発光された曳光粒子を纏う、反陽子ビームが飛び交いはじめ、遠隔操作で艦の周囲を自由に移動させられる、アクティブシールドに着弾して高密度エネルギーの壁を波打たせる。
「的確な射撃だ…兵をよく鍛えられておられる」
イースキー家第4艦隊司令のアンドアは、交戦開始後すぐに至近弾、さらに次弾で早くもアクティブシールドに命中弾を与えて来たノヴァルナ艦隊―――特に主君ノヴァルナ直率の第1艦隊の練度に、感嘆の言葉を漏らした。
“ノヴァルナ様はやはり、うつけなどではない…”
胸の内で呟いたアンドアは、さらに思考を進めた。傍若無人が見せかけであり、本当は理に適った行動を原則としている事は、すでに承知している。そうであるならば今回のノヴァルナの、ドゥ・ザンに対する救援行動も、義理を立てる事が第一目的であるはずだ。
アンドアの見識は、理屈としては正しい。
もはや戦力的にドゥ・ザン様の敗北は必至であり、ここで我等が足止めしておけば、ノヴァルナ様が遠征された信義も通り、それで話は済む。ノヴァルナ様もそう思っているはず。互いに無駄に損害を出す必要はない―――アンドアはそう考えて配下の艦隊に、射撃開始と同時に前進を開始したノヴァルナ艦隊と、距離を取るように命じた。
“ここはノヴァルナ様の顔を立てて―――”
そう思ったアンドアだったが、その直後、旗艦の窓の外で強烈な閃光が走る。
「!」
さっ!と表情を緊張させるアンドアに、オペレーターの報告。
「軽巡『ゴランドラ』爆発!」
「なにっ!?」
そう叫んだのはアンドアではなく、彼の参謀だった。参謀達もアンドアのノヴァルナに対する考えを共有しており、ある種、馴れ合いの戦いで終わるはずだと、安直に考えていたのだ。その意味で味方軽巡の爆発は、目を覚まさせる発端だった。
さらにオペレーターの新たな報告が入る。
「重巡『レン・ザスール』中破!」
戦艦同士の遠距離での撃ち合いなら、強力なアクティブシールドで防御する事が出来るため、ある程度までは命中弾を受けても大した損害は出ない。つまり互いの戦艦のアクティブシールドを故意に狙って撃ち合えば、見せかけの会戦で時間を潰す事が出来、ノヴァルナがドゥ・ザンの救援に来た体裁も整うはずだった。
ところがノヴァルナ艦隊は、シールドを張っていても戦艦の主砲弾を喰らえばひとたまりもない軽巡航艦や、アクティブシールドでも防御しきれない重巡航艦にまで、射撃を加えて来たのである。
「アッハハハ! ボケっとしてるヤツぁ、命が幾つあっても足んねーぞ!!」
全周波数帯で高笑いを交えて、これが本気の戦いである事を言い放つノヴァルナの声に、アンドアは自分と対峙する若者が予想の範囲に収まらない、破天荒を持って鳴る若者だという事を思い知った。
「アンドア様!」
如何致しますか!?―――という質問を言外に含ませて呼び掛ける参謀に、アンドアは苦虫を嚙み潰したような表情で告げた。
「警備艦隊とオウラ星系防衛艦隊に、ノヴァルナ殿の軍の横腹を突かせろ! 一旦引き剥がして、態勢を立て直すのだ!」
イースキー側はアンドアの艦隊を迎撃戦の主力として、ノヴァルナ艦隊の正面に対峙させ、二つの警備艦隊とこのオウラ星系の防衛艦隊を、別動隊として両翼に置いていた。
これは艦隊数こそ四個同士でノヴァルナ艦隊と同数だが、警備艦隊は重巡を主力とした、艦数が基幹艦隊の三分の一にも満たない小艦隊であり、また星系防衛艦隊も砲艦と宙雷艇部隊を中心とした編成で、どちらもアンドアの基幹艦隊と連携が取りづらいという、運用上の難点があったためだ。
だがこのアンドアの軍の動きを、戦術状況ホログラムで確認したノヴァルナは、即座に反応した。味方側の第4艦隊を指揮するウォーダ家一門の、ブルーノ・サルス=ウォーダに通信回線を開く。
「ブルーノ殿」
「はっ!」
ホログラムスクリーンに映るブルーノ・サルス=ウォーダは、年齢は四十一歳。オルダイ星系独立管領にして、ノヴァルナの父ヒディラスの代から仕えるベテラン武将だ。
「麾下の第4艦隊を二つに分け、敵の別動隊を叩いてもらいたい」
「御意!」
ノヴァルナの命令でブルーノ艦隊は統制された動きで、接近して来るイースキー家の別動隊に対して、二つに分離しながら立ち向かって行った。ノヴァルナが第4艦隊を選んだのは、この艦隊が重巡航艦を中心とした、機動力重視の編成となっていたからである。
たちまちブルーノ艦隊からの猛撃が始まり、戦力的に劣る別動隊は行く手を阻まれてしまった。
「よし。このまま、敵の主力を押し込む。艦載機発進準備!」
ノヴァルナは司令官席の前で腕組みをして立ったまま、胸を反らして命じる。敵将モリナール=アンドアは元来、防御戦に長けた武将だった。であるならば、向こうの油断で機先を制したこの好機を生かさねばならない。
だがアンドアも、“ミノネリラ三連星”の一人としての力量は確かだった。
「宙雷戦隊に下令。統制雷撃用意!」
叩きつけるように告げられるアンドアの命令に、参謀長が訝しげに問う。
「突撃も命じずに、このタイミングで統制雷撃ですか!?」
「敵の前進速度を遅らせるのだ。間合いをとって、防御陣形を立て直す。統制雷撃後、ただちに全艦載機を発進させよ。敵より先にだ。急げ!」
前に進もうとする者と通させじとする者―――ノヴァルナとアンドアの意地は、真空の宇宙で激しく火花を散らしていった………
▶#19につづく
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