銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
99 / 508
第5話:燃え尽きる夢

#12

しおりを挟む
 
 その夜、カーネギー=シヴァはショートドレス姿で、月明かりが差し込む。キオ・スー城の廊下を急いでいた。月日は八月。季節がら夜も暑いものではあるが、海の近くの高地に建てられたキオ・スー城には良い風が吹き、それほどの不快さはない。

 カーネギーが急ぐ理由。それはノヴァルナから、会いに来て欲しいという連絡があったからだ。

 夜に突然の呼び出し。予期せぬ出来事…いや、そうではない。カーネギーはこうなる時を待っていた。期待していたと言っていい。
 ノヴァルナのもとへ亡命して来て、ノヴァルナとノアの不仲説が広まり始めて以来、事あるごとに側に寄り添い、時には追従口を利き、距離を少しでも近づけようとして来たのは、ノヴァルナにとって、自分がこのような存在となるための布石だった。



キオ・スー=ウォーダ家と、シヴァ家が一つになれば―――



 胸の内で呟く言葉の、その先を飲み込んで、カーネギーはノヴァルナとの待ち合わせ場所へ足を踏み入れた。キオ・スー城本丸の中ほどに突き出たテラス。白い半円形のテラスは、月の光を浴びて青紫色の光に浮き上がっている。

「ノヴァルナ様」

 カーネギーはテラスの手摺に肘を置き、キオ・スー市の夜景を眺めるその人物の、背中に向けて声を掛けた。前をはだけさせ、両腕の袖を捲り上げた紫紺の軍装姿のノヴァルナが、カーネギーに振り向く。

「ああ、カーネギー姫。急に申し訳ありません」

「い、いいえ」

 今日ぐらいは対等に口を利いて欲しいのに…と、いつまで経っても自分に対してだけは敬語のままのノヴァルナに、カーネギーは一瞬だけ残念そうな表情をぎらせた。

「ノヴァルナ様からのお呼び出しとあらば、何をさて置いても駆け付けます」

 僅かに頬を染め、媚びる目で歩み寄るカーネギー。このまま一夜を共にして、“既成事実”を作ってしまうのも一つの手だ。対するノヴァルナは「それは光栄です」と笑顔で応じ、穏やかな口調で続ける。

「実はカーネギー姫に、折り入ってお願いがあるのですが」

「はい!」

 告白の期待を抱き、勢い込んで返事をするカーネギー。ところがノヴァルナが口にした“お願い”は、カーネギーが期待したものとは全く違っていた。

「私がドゥ・ザン=サイドゥ殿の救援のため、ミノネリラ宙域へ遠征している間、一時的に、シヴァ家に我々の主君へ復帰して頂きたいのです」



「え?………」



「姫もご存知の通り、私を狙っている者は内外におります。叔父のヴァルツが亡くなり、遺憾ながら私が遠征で留守にすると、そのあとを任せるに足る人材に欠けるのが現状。そこで先日、キラルーク家と友好協定を結ばれた姫のシヴァ家に、一時的に領主となって頂く事で、キラルーク家の後ろ盾であるイマーガラ家を、味方につけておこう…というわけです」

「………」

 期待した告白とは、百八十度違うノヴァルナの言葉に、二の句が継げないカーネギー。それに対してノヴァルナの方は別段、他に何かを隠している様子もなく、この計画の報酬を付け加えた。

「お引き受け頂けましたならば、姫には叔父のヴァルツに譲る予定であった、植民星系のうちの一つを進呈致します。独立管領からの再スタートになりますが、現状よりは税収も大幅に増えるはずです」

「く…」

 それを聞いてカーネギーは、小さく歯を食いしばった。自分が欲しいのは、こんな程度のものじゃない。たかだか星系一つ、手に入れたって―――

「あの、ノヴァルナ様!」

 真顔になって呼び掛けるカーネギーに、ノヴァルナは小首を傾げて応じる。

「はい?」

「ノヴァルナ様は、ドゥ・ザン=サイドゥ様へのご支援はなさらないのではなかったのですか? その…言い方は悪いのですが…お見捨てになられる、というお話では?」

 するとノヴァルナは、いとも簡単にその言葉をひっくり返した。

「ああ。あれは嘘です」

「うそ…なのですか?」

 ノヴァルナがドゥ・ザン=サイドゥを支援する事は、ギルターツの謀叛により、ドゥ・ザンが首都惑星バサラナルムをわれたのを知った時点で、すでに決意していた話である。ただそれを内外の敵対勢力に早々に知られると、その頃のノヴァルナはまだ、キオ・スー家当主としての立場が不安定であった事から、下手に支援に動けば足元を掬われる恐れがあった。
 そのためにノヴァルナは表向き、ドゥ・ザンへの支援は行わない事を公言。一方で協力者の『クーギス党』には、ミノネリラ宙域の動静の監視を依頼し、ギルターツがドゥ・ザン討伐に動き出すギリギリまで、内政・外政と軍の再編整備に集中していたのである。

 そして今日、モルタナからギルターツが動き出したとの情報を得、以前から考えていた最後のピース―――カーネギー=シヴァを一時的に領主に復帰させ、ノヴァルナを当主の座から追い落そうとする者達の、その目的自体を奪い取るというピースを当て嵌めようというのだ。

 カーネギーをこんな夜に呼び出したのも、サンザーやナルガヒルデにその事を告げ、直前まで最終的な打ち合わせをしていたためである。それらの事をノヴァルナの口から告げられると、カーネギーは不本意な結末に頬を引き攣らせた………




▶#13につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...