銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
97 / 508
第5話:燃え尽きる夢

#10

しおりを挟む
 
 思い立ったら一直線、“今やるべきと思った事をやる”というノヴァルナの信条は、キオ・スー家の当主となっても変わらない。

 雨脚がさらに強くなったキオ・スー城を、ノヴァルナは一人、軍装にヘルメットを被っただけの恰好で反重力バイクに跨り、飛び出して行った。慌てて後を追おうとする『ホロウシュ』などほったらかし、目指したのは大きな町ほどもあるキオ・スー城の敷地内の、重臣達の屋敷が建ち並ぶ区画である。そしてその中の一軒の広大な屋敷の前にバイクを止めて、門をくぐった。それほど長くバイクに乗っていたわけではないが、散々雨に降られて濡れ鼠のノヴァルナだ。

「おおーい。シウテの爺はいるかぁー!!??」

 まるでかつての、イェルサス=トクルガルの屋敷に遊びに来た時のように、玄関先で大声を出すノヴァルナが訪れたのは、筆頭家老シウテ・サッド=リンの屋敷だった。シウテは今日は非番であり、キオ・スー城から自分の屋敷に戻って来ていたのである。

 対応に出て来た年老いた使用人が、予告も無しにいきなりやって来た自分達の主君に、腰を抜かしそうになりながら奥へ引っ込む。するとすぐに血相を変えた…いや熊のような姿のベアルダ星人の顔は、短い茶色の毛に覆われていて、顔色は分からないのであるが―――シウテが転がり出て来た。

「わ、若殿! 突然のご来訪とはまた!…いえ、それよりもそのお姿、ずぶ濡れではございませんか!!」

 そう言って、使用人達を大声で叱りつける。

「これ! はよぅ、若殿のお体を拭くものを、持って参らぬか!」

 そのシウテのあたふた感に、ノヴァルナは水滴を滴らせながら「アッハハハ!」と高笑いして、あっけらかんと言う。

「気にすんな。すぐ帰っから、どうせまたずぶ濡れだ!!」

「そのように申されまして、お風邪など引かれたら、なんとされます!」

 しかしノヴァルナは気にする様子もない。シウテに正対すると胸を張って告げた。

「んなもん、どーもしねーよ。それよかシウテ、おめぇに命じる事がある!」

「ははっ、何なりと!」

 主君からの下知と知り、シウテは即座にその場で片膝をつく。このベアルダ星人もカルツェ支持派の一人であったが、筆頭家老の地位もあって、主君からの直々の命令となれば素直に従うだけの、器量は持ち合わせている。

「筆頭家老シウテ・サッド=リン!」とノヴァルナ。

「はっ!」

「明日よりナグヤ城、城主を命ずる!」

「は……はぁ?」

 思いも寄らぬ命令に、間の抜けた声を漏らすシウテ。その戸惑った様子に、ノヴァルナの表情が人の悪い笑みになる。

「正式な辞令は明日、城で渡す。以上だ! 帰る!!」

 強い口調で言い放ったノヴァルナはくるりと踵を返し、本降りになった雨の中をさっさと帰って行った。

 これは自分の聞き間違い…いや、ノヴァルナ殿下のいつもの悪ふざけに違いない…と、突然降って湧いた話が信じられず、シウテは翌日、半信半疑でキオ・スー城へ登城した。

 ただいくら破天荒なノヴァルナとて、わざわざ雨の中をバイクを飛ばしてまで、そんな悪ふざけを仕掛けるほど酔狂ではない。

 朝の重臣達への拝謁に姿を現したノヴァルナは案の定、昨日の雨の中のバイク走行で風邪を引いたのか、まずはくしゃみを三連発したあと盛大に鼻をすすり、重臣達の前で正式にシウテのナグヤ城主就任を命じたのである。

 シウテがノヴァルナに批判的で、ノヴァルナよりその弟カルツェの支持派である事は、新キオ・スー家にとってナグヤ=ウォーダ家時代からの公然の秘密だった。
 それだけに誰も予想しなかったこの発表で、謁見の間がざわつく中、いまだ半信半疑なシウテは「恐れながら―――」とノヴァルナに確認する。

「城代ではなく、城主でよろしいのでしょうか?」

 城代というのは、主君の代理として城の管理を行う役職だ。つまりはノヴァルナなりカルツェなりが正式な城主で、自分はその代理であるのが本当で、ノヴァルナは勘違いして辞令を出そうとしているのではないか、というシウテの疑念がそこにあった。

 それに対しノヴァルナは「おうよ!」と、あっさりと言い放つ。

「おめーらリン一族は、昔っからウチの筆頭家老家として、尽くして来てくれたろ。そろそろこのラゴンに、城を持ってもいいと思ってな」

 シウテらリン一族はオ・ワーリ宙域の、カースガル星系第二惑星ベアルダを母星とする種族だ。ウォーダ家に仕えているとは言え、その領地はカースガル星系に限られていた。それがキオ・スー=ウォーダ家の本拠地、惑星ラゴンに城を持ち、主要都市ナグヤ市とその周辺を領地とする事になれば、これは大きな栄達と言える。

「………」

 望外の褒美に思案を巡らせ、すぐには言葉を返せないシウテに、ノヴァルナは機嫌を損ねるふうも無く尋ねた。

「なんだ、不服か?」

「いっ…いえ、そのような事は! ありがたくお受け致しまする!」

 取り下げられては大変だと、慌てて礼の言葉を口にするシウテ。

「おう。じゃ早速、ナグヤ城受領の準備に入ってくれ。なんならこのあとすぐ、カースガル星系へ帰ってもいいぞ」

「御意…」

 ノヴァルナのいつになく気を利かせた言葉に、シウテは目まぐるしく入れ替わる感情を押し殺して、重々しく頷いた………




▶#11につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...