銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
79 / 508
第4話:忍び寄る破綻

#15

しおりを挟む
 
 シェイヤ率いる六個にも及ぶイマーガラ家の大艦隊が、ノヴァルナの一個艦隊を袋叩きにするために、ロンザンヴェラ星雲へ潜り始めたその頃、トゥ・エルーダ星系第五惑星ウノルバではカーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見が始まろうとしていた。

 トゥ・エルーダ星系は、公転惑星が六つしかない小さな恒星系である。銀河皇国科学省のデータによると、数十億年前まではもっと多くの惑星があったようだが、公転軌道が不安定だったため、次々に自由浮遊惑星となって軌道を飛び出して行ったらしい。
 ただそのおかげで、残った六つの惑星は公転軌道が安定し、第五惑星ウノルバは人類の生存に適した環境を有するようになったのである。

 一説ではトゥ・エルーダ星系が誕生したのが、ノヴァルナとシェイヤが今まさに戦おうとしているロンザンヴェラ星雲であり、数十億年をかけて現在の位置に移動して来たのだが、その間、ロンザンヴェラ星雲の高い重力勾配率の影響を受け続けたために、惑星の公転軌道が不安定になったと言われている。

 第五惑星ウノルバはやや紫ががった色の青空が特徴的で、植民星としての歴史は二百年ほど。人口は約八千万人。前述の通り戦略的に重要ではない位置にあるため、これまで戦場となった事はない。

 行政府の中の、重要会議などに使用される大広間を、豪華な装飾で貴族調に整えたのが会見場だった。

 中央には向かい合うように、カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの机と椅子が用意され、その両者を見渡す審判のような位置に、この会見の仲介役であるギィゲルト・ジヴ=イマーガラと、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの席が設けられている。さらにギィゲルトの左隣には、当然現在空席であるがノヴァルナの席、さらにノヴァルナの外務担当家老のテシウス=ラームの席があった。そしてその他にも、会場の両側にはイマーガラ家とキオ・スー=ウォーダ家の関係者が座る傍聴席が並んでいる。

「それではこれよりキラルーク家、シヴァ家による、友好協定の締結に向けての両家代表の会見を行います」

 ウノルバ行政府の女性重役がアナウンスを行い、会場に両家の代表が二名ずつ入って来る。シヴァ家は当主カーネギー姫と側近のキッツァート=ユーリス。キラルーク家は当主のライアンと、年老いた男性の側近だ。これが初見のライアンは、面長で顎の大きさが印象的な二十代の若者だった。

 カーネギー=シヴァとライアン=キラルークがそれぞれ席に着くと、最初に口を開いたのは仲介役のギィゲルトであった。穏やかな笑顔で挨拶を述べる。

「本日はカーネギー姫もライアン殿もよう参られた。銀河皇国の御三家がこうして一堂に介するのは、何年ぶりであろうか。そのうえ互いの領有する宙域の間で、今一度友誼を確かめ合う事が出来るとは重畳である。いや、芽出度い。芽出度い」

 その言葉にカーネギーとライアンは、ギィゲルトに振り向いてお辞儀をする。しかしこの二人の現在の実情を知る者からすれば、ある種の滑稽さを感じずにはいられなかった。

 シヴァ家は家臣であったウォーダ家に簒奪を許して国を奪われ、キラルーク家は家勢が衰えてイマーガラ家の庇護下に甘んじているのである。いわばこの邂逅は、和平という名の空手形を交換するだけの、儀式のようなものだ。
 ただ空手形であったとしても、同じ貴族のイマーガラ家には有効なはずだった。そうであるからこそ、カーネギーはノヴァルナに取り入るために、この会見をキラルーク家やイマーガラ家へ持ちかけたのである。

「…では、まずは両家のご挨拶から、始めたいと思います」

 進行役のウノルバ行政府女性重役の言葉で、互いに向き直ると再び礼をした。





 同時刻、惑星ラゴン。深夜のナグヤ城―――

 背徳の熱いひと時を終えた男と女が、汗ばんだ肌を重ねて余韻に浸っている。城主ヴァルツの不在に付け込んで私室にまで入り込み、半ば強引に事に及んだ結果であっても、一度燃え上がった二人の炎は、身も心も焼き尽くすほどであった。

「カルティラ様…」

「マドゴット…」

 裸で抱き合う広いベッドの上、互いの名を呼び合う二人。

「カルティラ様…なぜヴァルツ様は、私を再びカルティラ様付きの補佐官に、して頂けないのでしょう?」

 マドゴットがそう尋ねるとカルティラは白い裸身をくねらせ、マドゴットの腕の中で、気だるげな表情を浮かべて答える。

「またその話?…前にも言ったでしょう? 全てはヴァルツ様の思惑次第、私には窺い知れないと。それより今はこうして会えたのだもの、それでいいでしょ?」

 そして背中に手を回したカルティラが、胸板に頬を預けながらしっとりと縋りついて来ると、マドゴットもつい情にほだされて、今の自分の不遇さを追及する言葉を失ってしまう。

 ノヴァルナがカーネギー姫を、キラルーク家との会見に連れて行ったのに従い、新生キオ・スー家の副将格であるヴァルツは、ノヴァルナの留守中に起きるかもしれない不測の事態に対応するため、第4宇宙艦隊を率いてイル・ワークラン=ウォーダ家の抑えに出動していた。
 そのヴァルツの不在を狙って長期の休暇をとり、表向きは政務補佐官の任務としてナグヤ城を訪れたマドゴットは、スーツを着用して、さもモルザン星系からの連絡事項があるかのように、堂々とカルティラの経済界のパーティー帰りを待ち伏せたのである。

 パーティーを終えてナグヤ城に戻ったカルティラは、職員に交じって自分を出迎えたマドゴットの姿を見て驚愕した。
 だがそれも一瞬の事で、カルティラはすぐに、マドゴットがいるのを当然のように振る舞い始めると、彼を私室へと招き入れた。その理由は無論、周囲にいたナグヤ城の職員達に不審な目を向けられないためであり、この辺りは以前住んでいたモルゼナ城で、何度も繰り返して来て慣れたものだった。

 そして二人きりになると、無視され続ける事を激しく詰りながら迫って来るマドゴットに、カルティラはいつものように何度も詫びと言い訳を告げながら、自分の体を使ってマドゴットの荒ぶる気持ちを宥めていったのである。

 マドゴットは腕の中のカルティラを抱きしめて、髪を撫でながら囁く。

「愛していますカルティラ様…どうか、こうまでして貴女に会いたい、私の思いを分かってください」

「マドゴット…ええ、もちろん分かってるわ。私だって貴方が愛おしいの」

 そうは言いながらカルティラの中では次第に、マドゴットの気持ちを重く感じるようになって来ていた。出逢った頃はもっと、お互いにとって“都合がいい”存在であったはずなのだ。

「でしたら、私を再びカルティラ様のお傍に―――」

「それも分かってるわ…だけどもう少し待って。私もヴァルツ様も、まだ今の環境に慣れられていないの。何もかもモルザンとは勝手が違って、戸惑う事が多くて…」

 何度も聞かされた歯痒い言葉に、舌打ちしそうになるマドゴット。するとそんな情夫の心の動きに勘付いたのか、カルティラは自分からマドゴットを求めていく。

「だからマドゴット…せめて今夜は…ね」

 それに釣られ、劣情に溺れ始めるマドゴット。ただ今夜のマドゴットは、情欲の中でも見失う事のない目的があった………




▶#16につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...