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第3話:落日は野心の果てに

#08

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 ノヴァルナ不在の夕闇迫るキオ・スー城。その広い敷地はナグヤ城の1.5倍はある。およそ一年前にノヴァルナが妹のフェアンを連れて大暴れし、銀河皇国星帥皇室から賜った『金花の松』を『センクウNX』の脚でへし折った中庭も、今は作り直され、三日月形の池は夕日に染まって茜色の水を湛えていた。

 そこから離れてはいるが、同じ敷地内の一角に建てられている大きな洋館―――それがシヴァ家の現在の本拠地である。

 シヴァ家はこのアイティ大陸南部に領地があり、そこにも小振りな居城があったのであるが、先日のキオ・スー家の襲撃で破壊されて使い物にならなくなっていた。

 シヴァ家の館では新たな当主カーネギー=シヴァが、ノヴァルナの手によって取り戻された、今のシヴァ家の領地から得られる税収の予想算定書に目を通している。

 かつてオ・ワーリ宙域の全てを支配していた時に比べ、その税収は千分の一にも満たない。しかも以前のキオ・スー家の庇護下にあった頃は、安全保障費としてそこからさらに三割が吸い上げられていたのだ。

 無論、十七歳のカーネギーには、全盛期のシヴァ家の栄華ぶりなど想像もつかない。あのイマーガラ家同様、星帥皇室の一門に連なる一族だというのにである。全盛期と今現在の税収の差を見比べるだけでも、シヴァ家の衰退ぶりは目を覆いたくなるレベルだ。

 算定書を映し出すホログラムを眺め、「ふう…」とため息をつくカーネギーは、豊かな銀髪を指で掻き撫でた。そこに「ご心配事ですか?」と若者の落ち着いた声が掛かる。先日のキオ・スー家とノヴァルナの戦いで、敵の艦隊司令官ソーン・ミ=ウォーダを討ち取るという功績を上げた、キッツァート=ユーリスだ。

 キッツァートはこの功績で、カーネギーの側近―――事実上の筆頭家老の地位を手に入れていた。かつての重臣達が、キオ・スー軍の襲撃で全て戦死していた事にもよる。

「いえ…そういうわけではないのよ」

 カーネギーはキッツァートの問いに、躊躇いがちに答えた。

 確かにそういうわけではない。これまで毎年のようにキオ・スー家に削られて来た残り少ない領地は、新たな支配者ノヴァルナによって元の広さまで回復する事が出来たのだ。ノヴァルナに感謝こそすれ、反感を抱くような事など一切ないはずであった。

 ただ、これで済んでよいのか…とカーネギーは思うのである。

 ノヴァルナによってキオ・スー=ウォーダ家の体制が大きく変わる今こそ、シヴァ家も家勢を回復するチャンスとなるのではないか、とカーネギーは考えた。

 没落したとはいえ、シヴァ家が星帥皇室アスルーガ家の一門である事に変わりはなく、その血筋に利用価値は残っているはずだ。キオ・スー家のディトモスらが自分達を滅ぼそうとしたのも、ナグヤ家にその血筋を利用させまいとした結果であろうし、またナグヤ家がキオ・スー家を打倒した際は、父ムルネリアス=シヴァの敵討ちを大義名分とした。

 そして新たな当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダは、自分と同い歳の若者だ。上手く取り入り、自分の皇国貴族としての血筋の更なる利用価値を訴えていけば、必然的にウォーダ家内の存在を大きくしてゆく事が出来るはずである。

 一点を見詰めて考え込み、全く動かないカーネギーに、傍らに控えたままであったキッツァート=ユーリスが、怪訝そうな表情で声を掛ける。どこか体の具合が悪いのではないかと思ったのだろう。

「姫様、大丈夫ですか?」

 するとカーネギーはその問いには答えず、逆にキッツァートに尋ねた。

「キッツァート。この先、ノヴァルナ様の脅威となる相手は、どこだと思います?」

 キッツァートは少し考えながら告げる。

「…そうですね、当面はやはりもう一つのウォーダ宗家、イル・ワークランでしょう。ご当主のカダール様は、ノヴァルナ様と因縁がお有りのようですし。ですが―――」

「ですが?」

「一番の脅威は、イマーガラ家で相違ないと考えます」

「隣の星系のイル・ワークラン家は、一番の脅威ではないと?」

 主君たる姫君の言葉にキッツァートは一つ頷いて応じた。

「はい。ノヴァルナ様はノア様とご婚約され、ミノネリラのサイドゥ家と盟約を結ぶ事に成功されました。イル・ワークラン家に勝ち目はないと申せませんが、その戦力差は歴然たるものがあります。これに対しイマーガラ家は単独でも、ウォーダ・サイドゥ連合軍に打ち勝つだけの力を持っております」

「イマーガラ家…そうですか」

 イマーガラ家はシヴァ家同様、星帥皇室一門の貴族。その伝手をたどってノヴァルナの役に立つ事が出来れば、さらにシヴァ家の価値を高める事が出来るのではないか。

折角の機会、このままでは終われない…終わらせない―――

 そう考え、カーネギーは強い意志に瞳を輝かせた………




▶#09につづく
 
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