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第3話:落日は野心の果てに
#02
しおりを挟む非常警報のサイレンが鳴り響くキオ・スー城、広い敷地の一角にあるシャトルポートの周辺からは、幾筋かの黒い煙が立ち上っている………
乾いた銃声は単発音と連射音が交差し………
鋭い爆発音に人間の絶叫らしきものが混じり込む………
うららかな春の青空の下では、芝生に出来た血溜まりが一層生々しい………
小型のBSIユニットを思わせる、装甲強化服を装着したヴァルツ=ウォーダ軍陸戦隊の重装機動歩兵が三名、立て続けに擲弾筒を発射する。その向こうでも三名の重装機動歩兵。また視界には捉えられないが、他にも六名の重装機動歩兵がいるはずだ。
擲弾の激しい爆炎が閉じられていた非常扉を吹き飛ばし、その両側でサブマシンガンを撃つ城の警備兵を、複数人ひとまとめに薙ぎ倒した。
するとシャトルポートに着陸し、後部ハッチを開けていた二機の輸送用大型シャトルから、ボディアーマー姿の特殊部隊が十二名ずつ駆け出して来る。輸送シャトルと高級将官用シャトルの中では、キオ・スー家から派遣されていた連絡将校が、軍用ナイフで首を掻き切られてすでに息絶えていた。特殊部隊は列を成して、重装機動歩兵が開けた非常扉へ突入してゆく。
とその時、シャトルポートを上から望む管制室横の張り出し部を越え、キオ・スー側の重装機動歩兵が三名飛び降りて来た。察知したヴァルツ軍の重装機動歩兵三名がそれに立ち向かう。塗装パターンこそ違うがどちらも同じWAMT―554『ゼランドン』。双方がほぼ同時にブラスターライフルを連射するものの、エネルギーシールドに弾かれる。
「白兵戦用意!」
三名一分隊の分隊長が命じ、三機の重装機動歩兵は揃って、やや肘を曲げた両腕を突き出した。すると装甲強化服の前腕部横側から、BSIユニットにも標準装備されているQ(クァンタム)ブレードが、薄っすらと紫色の光を放ちながら伸び出る。
このような騒乱の中、ヴァルツ=ウォーダは腕組みをしたまま、高級将官用シャトルの脇に突っ立っていた。いつ狙撃されたり、流れ弾を喰らったりするか分からないというのに、まるで運試しでもしているような豪胆さだ。
「ヴァルツ様、ここは危のうございます。そろそろご移動下さい!」
参謀の一人が訴えるが、ヴァルツは耳を貸さずに命じた。
「そんな事より制圧を急げ。ディトモス殿とダイ・ゼンだけは逃すな!!」
ノヴァルナがノアを連れ出した夜のツーリング―――その時ノアに吐露した心情こそ、ヴァルツ=ウォーダが会食の際に提案した、キオ・スー側に寝返ると見せかけて城に入り込み、ディトモスを捕縛してダイ・ゼンを殺害。城を奪取するという献策に対しての葛藤だった。
キオ・スー家が領民を人質とする策をとった直後、筆頭家老のダイ・ゼンからヴァルツに対して、ナグヤ家からの離反を勧められたのは前述の通りだが、ヴァルツはこれを利用し、キオ・スー城を奪い取る事を画策したのである。
一方ヴァルツからその話を聞かされたノヴァルナだが、これまで幾度も敵の裏をかき、悪ふざけのようなやり口で敵を翻弄こそして来たとは言え、ヴァルツの策に納得出来ないものがあった。それは会食の時にヴァルツに指摘された通り、まだ若者であるノヴァルナの持つ清廉さ、「格好良く戦おうとしている」部分だ。
ノヴァルナにとって敵の裏をかいたり、敵を翻弄したりするのは、最後は自らが命を懸けて戦うためへの布石であった。だが今度のヴァルツの策は、自分のこれまでのやり方とは似て非なるものだ。言ってしまえば、徹頭徹尾卑怯なやり方である。しかも自分は安全な後方に居て、叔父が上げる戦果を待つだけなのだ。
いつもコソコソとした敵対者を、“気に入らねぇ!”と言ってぶっ飛ばして来た自分自身が、その“気に入らねぇ”人間になってしまった気分に、ノヴァルナの葛藤は如何ほどのものであったろう。
無論、時にはそういう策謀が必要である事は、ノヴァルナも承知している。いや、むしろそういう策謀に満ちた世界へ、身を置いている事も承知している。
それに今回は、人間の盾同然であるキオ・スー市の領民の、安全が掛かっていた。さらに滅亡寸前のキオ・スー家の兵も、無駄に殺したくはないと来れば、ヴァルツの策が気に入らないからといって、却下出来るようなものではない。
だがやはり、納得出来ないものは納得出来ないノヴァルナだった。人並み以上に感受性が強いがゆえに葛藤も大きくなる。そこでノヴァルナは納得出来ないままの自分の気持ちを、ノアに打ち明けたのだ。そのおかげもあって、どうにか自分の気持ちを割り切る事が出来たノヴァルナは、何食わぬ顔でキオ・スー城への移住を冗談交じりに、口にする事も出来るようになったのである。
「これがほんとの、“果報は寝て待て”ってヤツだ!」
自分の葛藤は割り切った事と意識の隅に押しやり、ノヴァルナは冗談を言い放って私室へ向かう。
ナグヤ艦隊でキオ・スー城へ奇襲の艦砲射撃を仕掛けようとしたのは、無論、ヴァルツと打ち合わせを行った上での欺瞞行動だった。ナグヤ艦隊とヴァルツ艦隊の撃ち合いも、演習用のビームによる見せかけであり、ノヴァルナの『ヒテン』などは、冷却ガスを艦の数か所から放出し、被弾・爆発したように演出したのである。
私室へ着き、扉を開くノヴァルナ。広い居間の真ん中では、キノッサがこちらを向いてちょこんと立っていた。
「お風呂は現在準備中です。間もなく完了かと」とキノッサ。
「おう」
そう言うノヴァルナはもう服を脱ぎ始めている。するとノヴァルナは部屋の中の物が、幾つか見当たらない事に気付いた。お気に入りのアンティーク調の棚や、寝そべって『iちゃんねる』でネット民と口論する、いつものソファー。そして絵柄が16パターンに変化する『閃国戦隊ムシャレンジャー』のホログラムポスターなども無くなっている。
半裸になりながら、不審そうな目をあちこちに向けるノヴァルナに、キノッサは背筋を伸ばして告げた。
「ノヴァルナ様が執務室に閉じ籠っておられた間に、ご愛用のものを選び、すでに荷造りを終えておりますです」
「は?…荷造りだと?」
「キオ・スー城へ移られるのに、持って行かれるであろう物でございます」
「それを、てめーが選んだってのか?」
胡散臭そうに反応するノヴァルナ。キノッサはNNLを使って、目の前に小さなホログラムスクリーンを展開すると、「これがリストでして」と言って指先でスクリーンを押さえ、ノヴァルナへ向けて滑らせた。ノヴァルナは飛んで来たホログラムスクリーンを、同じように指先で押さえて止める。
スクリーンにはキノッサが判断して荷造りした物のリストが、箇条書きされていた。確かにノヴァルナが普段こだわりを持って使っている物から、半ば無意識のうちに手に取っているような物までが、過不足なく選ばれているように思える。
「ふん…」
よく見てやがる…と感心する気持ちを鼻を鳴らして誤魔化し、ノヴァルナはぶっきらぼうにキノッサに命じた。
「このリストに、てめーの名前も書き込んどけ。向こうの城で、何か新しい職務を与えてやっからよ」
それを褒美と受け取ったキノッサは、笑顔でペコリと頭を下げた。
▶#03につづく
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