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第2話:混迷は裏切りとともに
#13
しおりを挟む一般兵の救命ポッドを盾にするような離脱に、それを『センクウNX』のセンサーで感知したノヴァルナは、「ふん…」と鼻先でせせら笑う。だが敵の敗残兵をむやみに殺す気にはならないノヴァルナが、シャトルに乗ったソーン・ミ=ウォーダに脱出の機会を与えてしまったのは確かだった。『センクウNX』の傍らにやって来たヨリューダッカ=ハッチの『シデンSC』から、ノヴァルナの元へいきり立った声の通信が入る。
「あのヤロウ…構わねーから、ぶっ殺しちまいましょうぜ!」
そんなハッチが乗る『シデンSC』の後頭部を、ノヴァルナの『センクウNX』が、まるで漫才のツッコミのように、平手でぺん!と張り飛ばす。
「阿保ぅ!」
そう言ってノヴァルナは、厳しい口調でハッチに告げた。
「てめ、なんで俺が9戦の魚雷攻撃を止めたのか、理解出来てねーのかよ! ここでシャトルごと救命ポッドまで幾つも破壊しちまったら、意味ねぇだろが!!」
そして不機嫌そうに「てめーは、あとでランの説教な」とノヴァルナが付け加えると、ハッチは声を震わせて謝罪した。
「うええ、それだけはご勘弁ッス!!」
ヨリューダッカ=ハッチはナグヤ市のスラム街で暮らしていた、チンピラ上がりの『ホロウシュ』ではあるが、ノヴァルナにその才能を見込まれ、平民グループの出世頭と目されている。それだけにエリート武人のラン・マリュウ=フォレスタを、お目付兼教師役に宛がわれていて、厳しく教育されていた。
そんなハッチが不用意な発言でノヴァルナの不興を買ったとなれば、説教を仰せつかったランがどのような態度を見せるかは想像に難くなく、ハッチを心胆寒からしめるのも無理はない。
そうこうするうちに、ソーン・ミ達を乗せたシャトルは、一番近くにいた駆逐艦が開けた収容ポートの中に飛び込んだ。すかさず駆逐艦は、最大加速をかけて離脱を図る。さらにその駆逐艦を、周囲の僚艦が分厚く囲んで護衛態勢をとった。この辺りの機敏な動きはさすがキオ・スー軍の精鋭である。
「追うぞ!」
ノヴァルナはそう命じ、『センクウNX』で追撃に入った。ただここまでの攻撃で、対艦徹甲弾はほとんど撃ち尽くしている。しかも敵艦に取り付いてポジトロンパイクで攻撃するにも、まだ周辺には、『レイギョウ』から脱出した救命ポッドが無数に浮かんで、接近の妨げとなっていた。
ソーン・ミのシャトルを収容した駆逐艦は、一目散に、至近距離にいる味方の戦艦へ向かった。すぐにそちらの戦艦に移乗するため、ソーン・ミ達艦隊首脳部はシャトルに乗ったままである。戦艦の方も駆逐艦からの連絡を受け、ナグヤ艦隊旗艦の『ヒテン』との撃ち合いを中止して、針路をこちらへ変更しつつあった。
「徹甲弾が残っている奴は、護衛駆逐艦の重力子ノズルを破壊して引き剥がせ」
ノヴァルナの命令で『ホロウシュ』達は、残りの対艦徹甲弾を駆逐艦群へ撃ち込む。速力が低下して次々と脱落する護衛艦。ノヴァルナの『センクウNX』も最後の対艦徹甲弾を放つと、ついに駆逐艦はソーン・ミのシャトルを積んだ一隻のみとなった。同時に『レイギョウ』から射出された、救命ポッドの群れからも抜け出る。
「俺が仕掛ける。通常弾で構わねぇから援護しろ!」
ノヴァルナはポジトロンパイクで、ソーン・ミを収容した駆逐艦に直接攻撃を行おうとした。だがそれは危険すぎる行為だ。斬撃を浴びせるにはまず、迎撃火器を破壊しておく必要があるのだが、そのための対艦徹甲弾が無い。いくら高機動を誇るBSHOでも、斬撃を放つ瞬間は停止しなければならず、これではCIWS(近接迎撃火器システム)のいい的になるだけだ。
「おやめください。ノヴァルナ様!」
「無茶が過ぎます!!」
ササーラとランが『センクウNX』の前に立ち塞がって、慌てた口調で止めに入る。そこへロックオン警報。素早く回避行動をとった三機がいた場所を、ビーム砲撃が通り過ぎて行った。駆逐艦からの砲撃ではなく、それに合流しようと向こうからやって来る、戦艦からの援護射撃だ。
「クソッ! もう来やがったか!!」
この状況にノヴァルナは悪態をついた。戦艦の援護圏内に入られては、駆逐艦への接近戦はますます困難になる。対するソーン・ミは駆逐艦内でシャトルに乗ったまま、この報告を聞いて安堵していた。
「うぅむ、よし。どうやら逃げ延びられそうであるな」
ノヴァルナのBSI部隊は対艦徹甲弾が尽きたらしい…との参謀の言葉に、二度三度とソーン・ミは頷く。ところがここにソーン・ミにとっては敵、ノヴァルナにとっては味方が、思いもよらぬところから現れた。見失ったノヴァルナを探し、ともかく推定位置を目指してやって来たキッツァート=ユーリス以下、シヴァ家のBSI部隊である。
キッツアート=ユーリスとその部下、量産型『シデン』五機とASGULの『ルーン・ゴート』七機からなる『チャリオット中隊』は、ヘルメットの中の顔を蒼白にしながら、ノヴァルナを探していた。敵味方双方の艦隊が入り乱れる混戦となったこの戦場で、初陣でありながら部下達を一機もはぐれさせずに引き連れている手腕は、褒められて然るべきである。もっともここまで、ノヴァルナを探して飛び回っていただけで、一度たりとも戦闘を行ってはいないのだが。
「ユ、ユーリス様!」
部下の乗る『シデン』の一機から連絡が入る。
「どうした?」硬い口調で応答するキッツァート。
「ノヴァルナ様の位置信号を、再受信しました!」
「本当か!?」
ノヴァルナ達の現在の状況も分からないままに、キッツァートは探していた相手が見つかった安堵で、声を上擦らせる。
「はっ! 今、そちらへ転送致します」
コクピットの戦術状況ホログラム上に、金色に輝く『流星揚羽蝶』のマーカーが表示されて、ノヴァルナの位置が判明すると、キッツァートは別の意味で緊張の度合いが高まり始めた。ノヴァルナに直掩を命じられていながら、途中ではぐれてしまった事を咎められるのではないかと不安になったのだ。
しかしともかく、今はノヴァルナ様と合流する事が先決だ―――
ノヴァルナ様が戦場で見せたあの攻撃的な性格からして、いきなり怒られるのではないだろうか…という思いを生唾と共に飲み下し、キッツァートは部下達に「私に続け」と命じようとする。
ところが次の瞬間、そのノヴァルナから突然通信が飛び込んで来た。
「おまえら、すげーナイスタイミング! そこの駆逐艦を撃破しろ!!」
突拍子もなく本題から入るノヴァルナ流の物言いに、キッツァートは操縦桿を握り締めたまま目を白黒させる。
「おまえらの左下にいるヤツだ。対艦徹甲弾は残ってんだろ、やれ! 急げ!!」
言われるままに戦術状況ホログラム、さらに全周囲モニターに包まれたコクピットの左足元に目を遣れば、惑星ラゴンの昼と夜の境界面を背景に、一隻の駆逐艦が猛スピードで視界を横切ろうとしている。さらにノヴァルナから叩きつけるような口調の通信。
「ぐずぐずすんな! 戦艦は俺達で引き付けておく!!」
もう何が何だか分からない。ともかく自分が命じられた事をやるだけだ。キッツァートは喚くように部下達に叫んだ。
「弾種、対艦徹甲! 全機突撃、我に続け!!」
一方のノヴァルナと『ホロウシュ』達はソーン・ミの乗る駆逐艦を追い抜いて、合流を目論むキオ・スーの戦艦へ接近する。
「ウイザード中隊。全機、スパイラルフォーメーション!」
ノヴァルナは『ホロウシュ』達に、対大型戦艦用のフォーメーションを指示した。狙う艦をBSIユニットで渦巻き状に包囲し、集中攻撃を浴びせる技だ。
「ですが、対艦徹甲弾が尽きています」
と、ヨヴェ=カージェスが意見する。エネルギーシールドを貫通する対艦徹甲弾が無ければ、スパイラルフォーメーションも効果は無い。ただノヴァルナも、そんな事は百も承知であった。
「通常弾で構わねぇ、やるぞ!!」
ウイザード中隊の目的は、戦艦の攻撃を引き付け、戦闘に不慣れなキッツァート達の攻撃を援護する事だ。対艦攻撃のフォーメーションを見せれば、戦艦は自分の身も守ろうとするはずで、その分、チャリオット中隊への攻撃が減る事になるに違いない。
そしてその結果は―――ノヴァルナの諦めない姿勢と、キッツァート達の無我夢中の攻撃は、正しく報われた。
チャリオット中隊が放った量産型『シデン』の超電磁ライフルと、ASGULの『ルーン・ゴート』の対艦誘導弾は、半数以上が狙いを外れたり、迎撃されたりしたものの、その残りの分だけでも、駆逐艦一隻を葬るには充分であったのだ。
キオ・スー艦隊司令官のソーン・ミ=ウォーダは、搭乗したままのシャトルの中で駆逐艦の爆発に巻き込まれて戦死。本来ならキオ・スー=ウォーダ家当主、ディトモス・キオ=ウォーダの座乗艦である総旗艦『レイギョウ』も失われた。
総崩れとなったキオ・スー艦隊の残存艦が、月の『ムーンベース・アルバ』へ向け逃走を開始する様子を眺め、ノヴァルナは回線を通じてキッツアート=ユーリスへ告げる。口調も今しがたの戦闘中の時とは違い、丁寧で穏やかなものに戻っていた。
「ユーリス殿、お見事。さ、勝ち名乗りを挙げて下さい」
それを聞き、まだ震えている両手を見詰めたキッツァートは、その手を拳にして、声を振り絞るように叫んだ。
「敵将ソーン・ミ=ウォーダ、シヴァ家家臣キッツアート=ユーリスと、その配下が討ち取ったりぃいーー!!!!」
▶#14につづく
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