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第1話:大義の名のもとに

#17

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 周囲は煙幕、その中に撃ち込まれて来る大量の砲火に、ナグヤの『シデン』は全く身動きが取れなくなった。チェイロ=カージェスの目論み通りだ。いや、身動きできないだけでなく、不運な『シデン』三機が砕け散っっている。

 ところが蛮勇というものは、時に思わぬ結果をもたらす―――

 爆炎の喧騒の中で、機体の操縦桿を引いたのは、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータであった。このままでは埒が明かぬと、「ぬうう…」と唸り声を上げ、うずくまっていた自分の『シデンSC』を立ち上がらせる。ポジトロンパイクを杖代わりに機体を立たせたシルバータは、怒声混じりに麾下のBSI部隊へ下令した。

「これより煙幕を抜け、敵陣へ吶喊する。我に続け、と伝えろ!」

 ECMパルスの影響下では、通常の通信は障害を受けるため、レーザー光線を用いた可変長符号光電信―――別の世界で言ういわゆるモールス信号で、簡単な内容の情報伝達しか出来なくなる。したがってシルバータの命令も、配下の『シデン』部隊へ伝達された言葉は単純明快だった。

「突撃、突撃、突撃」

 光電信を受けた機体のメインコンピューターが、シルバータの声ではなく、無機質な女性の電子音声で命令を伝達する。ただそのような電子音声の命令がなくとも、シルバータの兵達は、自分の指揮官の性格を熟知していた。シルバータの『シデンSC』が動き出した途端、その意図を理解して自分の機体も超電磁ライフルを手に、反重力ホバーを作動させて地表を滑るように走り出す。

 不意を突かれた形になったのはキオ・スーの機甲部隊だった。周囲の状況が掴めない煙幕の中で砲撃の雨を喰らうナグヤのBSI部隊は、自分達が発生させたECMパルスの障害が消えるまで、身を潜めるしかないはずだと考えていたのだ。それが一斉に、煙幕の中から飛び出して来たのだから、命知らずなこの突撃に驚くのも当然だった。

 案の定、多脚戦車『ハヴァート』と後方の浮遊砲台の狙撃を喰らい、四機、五機と破壊されていく『シデン』。だがナグヤの『シデン』は四十機以上が一気に出現して、煙幕を抜けるや否や、反重力ホバー機動を続けながら、手当たり次第に超電磁ライフルを乱射し始めた。そうなると戦況は互角となる。待ち伏せの稜線射撃を目的にしていた『ハヴァート』は、窪地に車体を潜めていた事が災いし、敵のホバー機動へ対応する動きが制限されたからだ。

「立ち止まるなァ!! 進め、進めェーーーーッ!!!!」

 叫ぶシルバータは、自らBSI部隊の先頭に立って、キオ・スー機甲部隊の只中へ突入して行く。と、その直後、左側の丘の下から車体を持ち上げた『ハヴァート』が一輌、超電磁キャノンの砲塔を旋回させて来た。

 ECMパルスの影響で映像状態が良くない全周囲モニターで、それに気付いたシルバータは咄嗟に超電磁ライフルを向け、目視照準でトリガーを引く。砲塔基部に命中したその一弾は爆発と共に『ハヴァート』を擱座させた。しかしその向こう側からもう一輌の『ハヴァート』が出現。こちらはすでにシルバータの『シデンSC』に、主砲の照準を定めているようだ。

「ぬぅ!!」

 反射的に操縦桿を引き、撃ち出された主砲弾を紙一重で躱したシルバータは、そのまま自分を狙った『ハヴァート』へ突進、素早く超電磁ライフルをポジトロンパイクに持ち帰ると雄叫びを上げる。

「おおおおっ!!」

 突き出された陽電子の鉾《ほこ》が、多脚戦車『ハヴァート』の車体を貫く。シルバータの親衛隊仕様『シデンSC』は、エンジン出力に強化の重点が置かれている、いわば怪力自慢のBSIだ。『ハヴァート』を刺し貫いたまま、ポジトロンパイクを持ち上げたシルバータの『シデンSC』は、その車体を先に銃撃で擱座させた、もう一輌の『ハヴァート』へ叩きつける。

 グシャン!と一瞬でガラクタに変わった、二輌の『ハヴァート』を一瞥したシルバータは、戦場のECMパルスの効果が薄れて来たのを、センサーやモニター画面の様子から感じ取った。このままでは敵の狙撃精度が再び上がり、後退させた浮遊砲台がまた大きな脅威となって来る。ならばここは一気に混戦に持ち込むしかない。

「狙うは敵の野戦司令部。我に続け!!」

 そう言って再び走り出すシルバータの命令をレーザー電信で受け、コクピットで電子音声が「後続セヨ、後続セヨ」とだけ告げる『シデン』は、42機まで減っている。しかし止まっていても不利になるだけだという認識を、指揮官と共有している彼等に怯む様子はなかった。六機の『シデン』が後ろを振り向き、なだらかな丘に身を伏せさせると、こちらに群がり始めた多脚戦車へ、足止めの射撃を開始する。そして残りの『シデン』は、シルバータに従い、キオ・スーの野戦司令部に向かって前進を始めた。

 カッツ・ゴーンロッグ=シルバータは、“猪武者”と揶揄される事が多い武将だ。難しい戦術は好まず、目の前の敵に手持ちの全戦力を叩きつける戦い方は、本人の単純な性格と相まって、身内のナグヤ家でも非難される事が多い。

 しかしその突破力は本物であった。それを見込んでノヴァルナは、カルツェが自分の軍の指揮官にシルバータを選んだ事を是としたのである。

 陸戦仕様の『シデン』の特徴である、反重力ホバーによる高速機動を利用した突撃は、多脚戦車『ハヴァート』の機動力を上回る。その高い機動力の利用と六機の足止め隊を残し、シルバータの部隊はキオ・スーの機甲部隊を振り切った。さらにやがて、戦場を覆っていたECMパルスの効果が消失する。

 障害が失せてセンサー類や通信機器がクリアになると、たちまち『シデン』のコクピット内に、最新情報を映し出した大量の小さなホログラムが次々浮かび上がり、瞬く間にコクピット中央の戦術状況ホログラムへ統合されてゆく。その中でもシルバータにとって一番重要な情報は、浮遊砲台に関するものだ。

「浮遊砲台、前方およそ六キロ。回避運動を行いつつ、射撃を加えろ!」

 感度が回復した通信機に向かって、叩きつけるように命じたシルバータは、自らも『シデンSC』を不規則蛇行に入らせて、超電磁ライフルを構えた。するとそれを見計らっていたかのように、ロックオン警報が飛び込む。敵の浮遊砲台から早速、機能を回復した射撃照準センサーの照射を受けたのだ。その直後、不規則蛇行で大きく左に移動した機体の、元居た位置に巨大な爆炎がそそり立った。

 爆発に巻き込まれずに済んだシルバータは、自分を狙って来た浮遊砲台に向けて超電磁ライフルを撃ち放つ。だがその弾丸は命中したものの、角度が浅く、浮遊砲台が表面に展開したエネルギーシールドの反発力場に弾かれて、空の彼方へと飛んで行った。

「チィ!」

 舌打ちしたシルバータは、頭に血が上りそうになるのを抑え、敵砲台の砲撃を躱しつつ再照準する。その間に、右側を離れて走っていた部下の『シデン』が、浮遊砲台の攻撃をまともに喰らって粉微塵になった。砲台の主砲は重巡航艦並みであり、その威力は半端ではない。部下の仇とばかりに再び銃撃を放つシルバータ。その銃弾は、今度は角度も見事に浮遊砲台のエネルギーシールドを貫き、表面装甲も突き破って内部で爆発した。




▶#18につづく
 
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