3 / 508
第1話:大義の名のもとに
#02
しおりを挟む電子双眼鏡に映し出される映像の中では、白い反重力クルーザーを中心に置き、左右に二隻ずつの護衛と思しき小型艇が随伴している。その中の一隻は大きなドーム状のアンテナを有しており、電子戦仕様艇の類らしい。攻撃を受ける五隻がいまだ直撃を受けずに、艇の周囲にばかり水柱が起きているのは、その電子戦仕様艇がいるために違いない。
すると海上に広がる春の朦気の向こうから、追手が姿を現した。低空を飛ぶ四つの航空機だ。底が平たいリフティングボディ形態からして、大気圏内飛行の可能な宇宙攻撃艇のようである。ノヴァルナはその攻撃艇をよく知っている。ウォーダ家が配備している『フラードラ』型攻撃艇だからだ。
そしてさらに攻撃艇の後方から、急速に近づく大きな艦影、宇宙艦である。星系防衛艦隊所属の『ラグレア』型砲艦の一隻だった。低空にまで降りて来ているため、艦の周囲に張り巡らせた反転重力子フィールドが、海水を巻き上げている。
この状況を見たノヴァルナは、一旦双眼鏡を離し、スマートフォンに似た形のNNLの通信用ホログラムを左手に展開すると、電話でもかけるような仕草で通信回線を開いた。
「ラン。どうだ?」
ノヴァルナが回線を繋いだのは、彼の親衛隊『ホロウシュ』の女性、ラン・マリュウ=フォレスタだった。狐の耳と尻尾を持つ、美しいフォクシア星人だ。
「間もなく到着!」
ノヴァルナはその短い返答だけ聞くと、左手を軽く振って通信用ホログラムを消し、再び双眼鏡を目に当てた。そのやや後ろでは、ノアとノヴァルナの二人の妹が、不安そうに海を眺めている。彼女達は電子双眼鏡は持ってはいないものの、海上の緊迫した様子は伝わっているらしい。
そして双眼鏡からは、波止場と距離が近づいた事もあって、逃走している五隻と攻撃艇の間で、熾烈な砲火が交差するのが見て取れた。双方ともいまだ命中弾はないようだ。
とその時、後方から迫る砲艦が五発の対艦誘導弾を発射した。逃走中の船は一斉に対空砲火をそちらへ向ける。四発は空中で爆発。だが一発の誘導弾だけは爆発せずに、コースだけが変わり、逃走船の前方の海に落ちて炸裂する。それまでの攻撃艇からの砲火のものとは比べ物にならないほど、巨大な水柱が発生した。そこに運悪く一隻の護衛艇が突っ込んでしまい、跳ね飛ばされるように転覆する。
転覆した護衛艇は海面を滑りながら砕け、炎に包まれる。巻き上がる赤い閃光を見て、フェアンとマリーナは身をすくめた。その直後、ノヴァルナ達のいる上空、空を覆う薄い雲のさらに上を轟音が通り過ぎると、超電磁ライフルを両手で抱えた、三機の人型機動兵器が降下して来る。『ホロウシュ』が使う親衛隊仕様のBSIユニット、『シデンSC』だ。
三機はノヴァルナ達のいる波止場から三百メートルほど離れた、西の海岸近くの海面へ降りた。着水寸前にバックパックから反転重力子を放出して、ブレーキを掛けたため、小さな竜巻状に大量の水飛沫が舞い上がり、ノヴァルナ達のいるところへも海水が驟雨のように降り注ぐ。「キャーキャー」と叫び声を上げて逃げ惑うフェアン。ノアもマリーナも迷惑そうに手をかざすが、ノヴァルナは動じる事無く前方を見据えままである。
先頭に立つ紫色を基調にした『シデンSC』はランの機体。その左の緑のラインが入った機体はトーハ=サ・ワッツ、右側の大鎌を振り上げた死神のマーキングは、モス=エイオンの機体だ。エイオンの機体だけ降下した位置の足場が悪かったのか、僅かに後ろにのけぞったが、すぐに体勢を立て直す。
膝の辺りまで海水に浸かった三機の『シデンSC』は、超電磁ライフルを狙撃モードで構え、白いクルーザーを追う連中に向けて射撃を開始した。さすがにランは初弾から、追手の攻撃艇に命中させて撃墜する。
だがサ・ワッツとエイオンの銃弾は、狙った攻撃艇の至近を通過したものの、当てる事は出来なかった。まだ地上戦での狙撃に慣れていないのだろう。二人の状況を窺い知ることは出来ないが、主君ノヴァルナの見ている前で弾を外してしまい、焦っているような空気が機体から感じ取れる。再装填し、次弾発射。しかしこれも回避行動に入った攻撃艇に躱される。
その間にランだけは、さらにもう一隻の攻撃艇を撃ち落としていた。すると追手の攻撃艇の後方にいた砲艦が、速度と高度を上げ始める。その艦体が一瞬青白く輝いたのは、防御用のエネルギーシールドを展開したためだ。攻撃目標を『ホロウシュ』に切り替えたようである。ランの『シデンSC』は超電磁ライフルを腰だめに構え直し、照準を砲艦に変更すると連続射撃を開始した。しかし銃弾は対艦徹甲弾ではなく通常弾であるらしく、エネルギーシールドを破れないでいる。
だがランは無為無策に砲艦に銃撃を浴びせていたのではない。砲艦の注意がランの機体に向いたところに、ノヴァルナ達のいる場所の上空、斜め後方の曇天を切り裂き、大口径砲から放たれたと思しき、黄緑色のビームが砲艦へ命中した。
間近に雷鳴を聞くような凄まじい音がして、砲艦の舳先に青白いプラズマの奔流が激しく輝く。エネルギーシールドが崩壊したのだ。その衝撃に、砲艦は頭を叩かれでもしたように、舳先をガクリと下げる。
砲艦は恒星間航行能力が無いとは言え、重巡並みの攻撃力と防御力を有している。そのエネルギーシールドを一撃で消失させるのは、大型戦艦の主砲ぐらいである。そしてその主砲の持ち主が、薄灰色の雲の合間から降りて来た。ノヴァルナの専用戦艦―――先日のムラキルス星系攻防戦で喪失した総旗艦『ゴウライ』に代わり、新たにナグヤ=ウォーダ宇宙艦隊総旗艦となった、宇宙戦艦『ヒテン』だ。
前方部分のエネルギーシールドを失った砲艦―――キオ・スー家の『ラグレア』型砲艦『ヴェロレア15』は、慌てて反転を始めた。総旗艦級戦艦に砲艦一隻で、歯が立つはずもない。追跡者たちが怯んだ機を逃さず、サ・ワッツとエイオンは残った二隻の攻撃艇を撃墜した。
さらに『ヒテン』は主砲を砲艦『ヴェロレア15』へ発射。わざと狙いを外した威嚇の主砲ビームは、数キロ沖の何もない海上に着弾、まるで核兵器の爆発のような、巨大な水蒸気のキノコ雲を作り出した。
追っていたクルーザーを諦め、ほうほうの体《てい》で逃げてゆく砲艦と、この波止場に向かって来る反重力クルーザーを交互に見遣り、ノヴァルナは再びスマートフォン型通信ホログラムを左手に立ち上げる。
「ラン。ご苦労だった」
ランが「ありがとうございます」と礼を述べると、ノヴァルナはサ・ワッツとエイオンとも回線を開き、ぶっきらぼうに告げた。
「サ・ワッツとエイオン。おめーらは、あとでナグヤ城の外周を二十周な」
狙撃を外した罰を課せられた二人の『ホロウシュ』は、恐縮した口調で「り…了解であります」と応答する。もしあのまま手間取っていれば、波止場にノヴァルナがいる事を気付かれ、危険な目に遭う可能性もあったからだ。ノヴァルナとしては、居たのが自分だけであったなら気にするつもりはないのだが、大切なノアや妹達が一緒にいたとなれば、その辺りは筋を通しておく必要があった。
▶#03につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる