上 下
348 / 352
第13話:新たなる脅威

#25

しおりを挟む
 
 ジョシュアの言う“覚悟はできている”の程度までは不明だが、しどろもどろな反応を見る限り、ジョシュア自身が思っているほど、死の覚悟など出来てはいないのが一目瞭然であった。いわゆる、“戦場のロマンチシズム”だ。

 星帥皇である自分が、自ら宇宙戦艦に乗って戦場で敵を覆滅する。星大名にとっては当たり前の戦い方であり、戦いの現実を知らない者であれば、華美な印象さえ受けるであろう。だがそれは、テレビの中で他国同士の戦争を見ているのと大差ない。言ってしまえば、絵空事と同じである。ノヴァルナが総旗艦『ヒテン』に乗り込む時の想いや、テルーザが『ライオウXX』の操縦桿を握る時の覚悟とは、全く別の意識なのだ。

 そして冷厳な現実を突きつけたのは、意外にも上級貴族筆頭バルガット・ヅカーサ=セッツァーだった。表情こそ穏やかなままだが、開かれた口から出る言葉に、詰る響きを感じさせる。

「陛下…陛下のお覚悟はご立派だと思いまするが、テルーザ陛下は実際に、戦場へお出になられて討ち死になされたのですぞ。陛下は本当に、同じ道を辿られるやも知れぬという事に、お覚悟がございますのでしょうか?」

「もっ!…勿論じゃ!」

 身を竦ませながらも言い張るジョシュア。セッツァーは「なるほど…」と応じ、さらに現実を突きつける。

「お覚悟は承りましたが、陛下はもし討ち死になされた場合、あとに残される民草の事は、お考えになられておられますでしょうか?」

 当然ながらその場の思い付きで発言したジョシュアに、そこまで頭を回しているはずがなかった。

「なに…民草のこと?」

「さようです。星帥皇陛下のお役目はNNLシステムを制御され、この銀河皇国すべての民の暮らしを守り、豊かにする事に尽きまする。まことに不敬な申し方なれどテルーザ陛下は、これをご軽視なされ戦場にて亡くなられました。その結果、皇国の政治はさらに乱れました」

「む…」

「ですが、それでも皇国にはジョシュア陛下がおられました。陛下が上洛を果たされ、新たな星帥皇となられた事で、その混乱も落ち着こうとしております。然るにここで万が一、陛下を失う事態にでもなれば、もはやあとを継いで頂く方は居られなくなります…ジョシュア陛下は我ら皇国臣民にとって、最後の希望なのでございます」

 この辺りは政治折衝に長けた、セッツァーの老獪さであった。些かわざとらしく聞こえる“最後の希望”という言葉だが、流されやすい性格のジョシュアには、充分響くものだったらしい。「余が…皇国の最後の希望…」と呟いて思案顔になる。
 
 単純なものだ。セッツァーが口にした“皇国の最後の希望”という言葉に、ジョシュアは新たなロマンチシズムを見出したらしい。

「余が、皇国の最後の希望と…そうか、そうなのだな」

 うつむき加減で呟くジョシュアは、まるで自分で独自の方程式を組み、そこから導き出された答えに納得したような表情になる。

 つまりは今しがたの“覚悟”というのも含め、自分が特別な存在である事への承認欲求の衝動が、ジョシュアを動かしていたという事だ。
 これには星帥皇となって約半年が経ったジョシュアの、自分に対する焦りが原因となっていた。自分の星帥皇としての、存在感の薄さに対する焦りである。

 兄テルーザが星帥皇となり、当時はまだミョルジ家に仕えていた、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガの庇護のもと、好きなだけ考古学の研究に浸っていた生活が一夜にして激変。今や銀河皇国の頂点に立つ身となったジョシュアだったが、本当に自分が星帥皇に足る人間であるのかを、常日頃から不安に感じていたのだ。言ってしまえば、自分という人間への承認欲求が全てだった。

 セッツァーはさらに説得の言葉を述べる。

「今は皇国全体が混乱のさなかにあって、揺らいでいる時。闇に怯える民衆にとって、陛下がおわすは彼等を導く、道標の灯でございます。何卒、ご自分のお命を軽んじなきよう…」

「ふーむ…」

 一応、考え込んでは見せるものの、ジョシュアの胸の内は決まっていた。少し間を置いて勿体ぶった演技を入れ、仕方なく…といった調子で、「相分かった」と頷きながらセッツァーの上奏を受け入れる。「お聞き入れ頂き、ありがとうございます」と深くお辞儀をするセッツァーは無論、心の中で舌を出していた。海千山千のこの男からすれば、ジョシュアのような世間知らずの青二才など、チョロいものである。

「いや、余も早計であった。余には墓にもっと、やるべき事がある。一時の気持ちの昂ぶりから、それを忘れるところであった。セッツァーよ、感謝する」

 礼と称賛の言葉を告げるジョシュア。当然ながらセッツァー当人の思惑は、別のところにあるのだが、結果だけを見ると、素人のジョシュアに最前線まで出て来られて、無謀な陣頭指揮を執られるよりかは、遥かにマシな話だ。

 セッツァーは「勿体なきお言葉」と感謝の意をジョシュアに伝え、「では早々に皇都ご退去のご用意を」と続けた………




▶#26につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

アンチ・ラプラス

朝田勝
SF
確率を操る力「アンチ・ラプラス」に目覚めた青年・反町蒼佑。普段は平凡な気象観測士として働く彼だが、ある日、極端に低い確率の奇跡や偶然を意図的に引き起こす力を得る。しかし、その力の代償は大きく、現実に「歪み」を生じさせる危険なものだった。暴走する力、迫る脅威、巻き込まれる仲間たち――。自分の力の重さに苦悩しながらも、蒼佑は「確率の奇跡」を操り、己の道を切り開こうとする。日常と非日常が交錯する、確率操作サスペンス・アクション開幕!

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

基本中の基本

黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。 もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

処理中です...